星光次第の孤独者(ひとりごと)

阿万野翔星

第1話 蒼穹より堕ちたる少年の夢

『楽園の島』――

 古き時代産まれし『妖精』と呼ばれる種族が扱えし、神秘の秘法――『魔導マギア・ロウ』。焔、風、雷……人の手では成し得ないその秘術の行使に、人は畏怖と拝啓を抱いた。

 やがて絶滅せし『妖精』の中で、妖精のみが扱える無限ある『魔導』の全てを継承せし始まりの人――その名を、『耀星魔導共感覚者フェリアス・シンクロナイザー』。彼は、その中の一つである不老魔導によって、凡そ500年以上のときを、生きながらえていた――


 午前0時。リーンゴーン、と、神聖なる鐘の音が響く。

 夜天の宙そらには、タッセル状に幻想的に淡く光り輝く、七色の光の帯。


 それは、この惑星フェリアスせかいの視る夢の鳴動……『耀光燐音夢世界フォースフレセンス』。

 その光景は――凡そ人には、神秘的な光景と言えた。


(――…………………………………………綺麗、だ)


 秋口の頃。山奥の一軒家で、義祖父と二人慎ましやかに暮らしていた黒髪の少年は、木製の家扉の前に立ち、夜天宙そらを見上げた。夏を過ぎ、先週より少しばかり肌寒くなってきたその頃、心に沁みる冷たさの在る深い夜に、彼は、義祖父から呼び付けられた。


「誕生日、おめでとう……カイルよ」

「じぃちゃん!…………ああ、今日で俺ってば、16歳になったぜ」


 義祖父……『耀星魔導共感覚者フェリアス・シンクロナイザー』でもある老賢者は、赤子かりし頃、騎士王より預かった我が子も同然の子に、彼が古き時代に身に付けたその『魔導マギア・ロウ』の全てを託そうと、燐光の鳴る冷たい時刻に少年かれを家の庭へと――

 

 神聖なる儀式、とだけ、義祖父に聞いていた黒髪の少年は、少しの間、家の庭……義祖父の目前で目を閉じたままでいただけのそのなんでもない夜の出来事を――生涯忘れる事は無かった。


「……………………じぃちゃん、俺――」

「ほっほ、なんじゃ、こんな夜更けじゃ……お腹でも空いたのかのぅ…………アルルカイルよ」


 少年かれを慈しみ、そしていたわる老賢者。

 黒髪の少年――アルルカイル。

 彼の心の真中にある揺らぐ事のない夢は、世界の視る夢と……然程、変わらない。


(…………………………俺は、……俺の夢は、)


 騎士王。

 それは、この世界を危機に陥れた人類の敵……『悪魔』から、滅亡しかけた世界を救いし、英雄の名でもあった――



      ⚫︎

 


「おい起きろ!起きろって言ってん、やん…………ちょ、アンタどこ触って………………あんっ!」


 紅凛こうりんとした眼光。腰まで伸びる長い赤髪を揺らす女騎士エマは、眼下で気絶したままの黒髪の少年の両掌に脚首をいやらしく触られ、性感帯であるその脚首の気持ちよさに思わず聴く者の情欲を誘う快感の声を上げ身悶える。


(こ、コイツ……!私の気持ち良いトコ触って…………!ころ、あん………………!!)


「むにゃ…………くふふ…………俺ってば……ぜってぇー、騎士王になってやるんだ……ふひひ………………」


 リーンゴーン、と、どこからともなく響き渡る神聖なる鐘の音の様な響き。それは、この惑星フェリアスせかいの視る夢の鳴動……『耀光燐音夢世界フォースフレセンス』。6時、9時、12時……決まって3時間置きに鳴り響くその世界のいびきは、昼日中では、耀光鳥フェリアス・バードが羽ばたき、蒼穹の青空そらを飛び回る。

 

 黒髪の少年は、深く深く、長い夢にいた。

 レジューヌ川を渡す大橋の真中。石畳の地に寝転がった少年は、夢半ばでいるのかにやけ面で、枕代わりと赤髪の女騎士の右脚ブーツを両腕で抱き触る。余程心地良い夢にいるのか口元から垂れた涎は、だらりと、彼女の右脚の騎士靴を汚す。


「…………はぁ、もう、関わる事はないと決めて、旅をしていたと言うのに…………皮肉ね」

「じぃちゃん……俺、トマトは食べられねぇって言ったじゃねぇかよ……………………………………むにゃ」

「――起きろっ!」


 彼女の騎士脚ブーツを抱き、そしてさわさわと性感帯を突くその黒髪の少年を、赤髪の女騎士は苛立たしげに蹴球ボールを空高く蹴り飛ばす様に美しく振り抜く。

 黒髪の少年は、彼らを取り囲んでいた複数の見物人の渦の中心に放物線を描いて飛び込んだ。筋骨隆々の大漢おおおとこにがしと抱きかかえられた彼は……しかして、それでもまだ、夢から醒めなかった。


「……おい、おい!坊主!良い加減に起きろ!」


 筋骨隆々の大漢おおおとこは、黒髪の少年の頬を平手で強く叩く。

 しかし……それでも少年は、目を覚さない。


「……ええい、ならば、これで!」

「うばしゃっ……………………??え、な、なんだってんだ……………………?」


 筋骨隆々の大漢おおおとこは一刻も早く黒髪の少年を起こそうと、これから得意先に届ける筈だった氷が浮かぶ冷水の入るバケツを少年の頭に勢いよくぶち撒けた。少年かれの頭上から脚先まで全身を隅々まで濡らす冷水。大漢が放り投げたバケツはカラカランと石畳を転がり、暗いしみを作る。

 

 そうして……ようやく少年は、楽園の島――現世うつしよことわりに足をつけた。


「あ、あれ……?ここ、どこ…………?俺……ってば…………何、してた……………………?」

「――『聖剣解放リベラティオン』セットハートオンジファイア!!」


 赤髪の女騎士エマは、右掌を左腰の宙空をさらりとなぞる様に構え、そして虚空を裂く勢いでもって、腰付近の異空間に時空魔導によって収められていた自身の聖剣を、果敢にも引き抜く――

 

 そして――その真の力を、解放した。


「ママ、あの騎士さま、聖剣のちからをかいほうしたよ?」


 聖剣解放。

 それは、聖剣の真名まなを口にする事で、聖剣に内包されている『魔導マギア・ロウ』の力を常世とこよへと解放させる為に在る、起動呪文。


「な…………?!え……え〜〜と…………??アンタ…………誰……………………?」

「……問答は要らないわ。何故……アンタみたいなガキが、聖王国最強と謳われた聖剣を持っているかなんて知りたくもないの…………痛い目に遭いたくなかったら、とっとと大人しく、その聖剣を寄越しなさい」


(え〜と………………??何……言ってんだ、コイツ………………?俺の、聖剣…………………………??)


 聖王国デウス・エクス・マキナスを統治する騎士王を夢見志す黒髪の少年――アルルカイル。

 神聖皇国暗部組織を裏切り、自らの人生の意味を問う旅を続ける赤髪の女騎士――エマ。

 耀星ようせい歴1024年5月――二人は出会い、

 

 そして――物語は、始まる。



      ⚫︎

 


 元より世界とは、二つしか存在しない。

 ――惑星フェリアス。

 そしてもう一つは、惑星フェリアスの大地から見上げた遥か天の宙そらの上に無限に広がる世界――『天獄界』。

 惑星フェリアスには広大な大海たいかいの中に唯一つ浮かぶ陸島……『楽園の島ブリテンとう』のみが存在し、島外は果てのない大海がただ広がるのみ――

 太古の昔……いにしえより人々が見上げる遥か天の宙そらの天獄界。

 

 夜空に煌めく星々の煌めきを、人々は『星旅人ステラリアン』と呼んだ――

 

楽園の島ブリテンとう』は、二つの国から成る。

 騎士王ローランが統治する北部の国――聖王国デウス・エクス・マキナス。

 そして……神聖騎士王アーサーが治める南部の国――神聖皇国セイントレッドドラゴン・ブリタニア。

 

 二つの皇国は、僅かばかりのいさかいにより、祖国の聖騎士団に所属する聖騎士パラディン同士が聖剣を手に取り、試合となる事もたびにあった。



      ⚫︎

 


「………………ぐ、…………あと、ちょっと…………もう、少し…………………………っ!!」


 雲一つない蒼穹の蒼空そらを、翔んでいる。

楽園の島ブリテンとう』より遥か千二百メートル上空――天宙そらの天獄界にまで届きそうな程の高度を、一人の少年が、魔獣と呼ばれる巨大な怪鳥の背に乗り、ふらふらと飛行する。

 黒髪の少年の名は、アルルカイル。母親譲りの漆黒の髪に、父親譲りの紅きまなこ。黒と白のジャケットに身を包んだ少年は、その魔鳥が少年から奪い、くちばしに咥えた聖王国最強の聖剣――キングダムソードをその身へと取り返そうと、必死に、右掌を魔鳥のくちばしへと伸ばす。


「………………とと、取った!…………って!………………わわっ!あぶ、ねぇ………………ってばよ!!」


 ごわごわした魔鳥の背の毛を左手で掴みながら、もう片方の手を力の限り伸ばし、ついに己の聖剣もちものを取り返す事に成功するアルルカイル。

 しかして、それも束の間……魔鳥はニンゲンから手に入れたお宝を再び取り返されたと、暴れ狂い、高度1200メートル上空……宙空を乱高下する。


「わ、わ…………ちょ、っと…………!まて………………!うわぁぁぁ………………!!」


 暴れ狂う魔鳥の飛行によって、背から振り落とされた黒髪の少年アルルカイル。取り返した自身の聖剣キングダムソードをその身に抱き抱えたまま、その高度から、未だ街並みが米粒にしか見えぬ程遥か下の世界――『楽園の島ブリテンとう』へと、少年かれは落下していく――


「が、がぜが………………!い、いでででで………………っ!」


 銀灰の蒼穹そらと、煌碧こうへき深海うみ

 まるで惑星フェリアスという世界が、黒髪の少年アルルカイルを拒むかの様。

 地表から舞い上がる鎌鼬かまいたちが、その身を裂かんばかりに、彼の白黒のジャケットを襲う。


「…………?!き、キングダムソードが………………?!」


 彼がしっかとその身に抱き抱えた聖剣キングダムソードは、落下する彼の生命いのちの危機に際して、黄金色おうごんいろに光輝く。

 

 ――黒髪の少年アルルカイルは、思い出す

 

 幼少期、義祖父と共に16年の間、山奥に建てられた煙突の煙る一軒家で、彼と二人きりで過ごした日々を

 

 書庫に収められていた聖騎士パラディン物語の絵本を読んで、聖騎士の王に憧れた、幼子だったあの頃を――



      ⚫︎

 


「ぎゃいーん!どどどどど!」


 煙突から香る川魚の焼ける匂い。

 家の庭の切り株の上で黒髪の幼子――アルルカイルは、鎧甲冑の騎士人形と、角と尾の生えた黒い異形の人形を、両手で持って、無邪気に戦わせていた。


(…………小さい頃から、じぃちゃんとずっと二人で暮らしてて…………ともだちなんて、一人もいなかったんだっけ…………………………)


「クハハハ!!おろかなニンゲンどもめ!皆んなまとめてすてらりあんにしてくれるわ!!」

「まぞくどもめ!!我がおうこくさいきょうのせいけんをくらえ!じゃきーんどどどど!」

「ぐわあああ!やーらーれーたー!」


 幼く小さな左手に持つ剣を構えた騎士人形が、片方の右手の黒い異形の人形を無造作にばしと弾く。右掌から零れた異形の人形は、切り揃えられた庭の短い草の原へと消えていった。


「ほっほ、……楽しそうじゃな、アルルカイルよ」

「じぃちゃん!!……うわぁー!!美味そうだなぁ!」


 老賢者マーリンは、庭先のブランコの端……木製の真白いウッドテーブルに二人分の魚料理を置くと、黒髪の幼子の頭を、優しく撫でた。


「さぁ、飯にしよう」


 長椅子に向かい合わせで座るアルルカイルとマーリン。二人は食前に一度手を合わせると、銀のスプーンで川魚の白身を割って、口へと運ぶ。


「…………じぃちゃん、」

「……なんじゃ、カイルよ」


 黒髪の幼子アルルカイルは、ちちち、と小鳥の囀りの中で眉尻を下げ、淋しげな声色でその無垢な瞳を潤ませ……しかして、それでも無心で目前の白身魚を解していく。

 

「……おれさ…………もう、マーリンじぃちゃんがいなくても、一人でも……魚、取れるようになったよ」

「……そうじゃのぅ」


 義祖父マーリンは、幼子かれがこれから口にするであろう哀しき台詞を前に、それでも心から慈しむ瞳でもって、幼子の語る言葉を待ち、じっと耳を傾ける。


「…………じぃちゃん……おれさ、ともだちが欲しい。もう……絵本も……一人で人形で遊ぶのも……魚取りも…………あきちゃったよ」


 魚を解す手を止めて俯いたアルルカイル。涙を堪えたそのいたいけな仕草に、幼子かれの義祖父マーリンもまた目尻を潤ませる。

 彼の自己中心的エゴとも言うべき、身勝手な願いで育てた我が子も同然の幼子は……親を知らず、友を知らず、恋を知らず……ずっと独りきりで、生きていくと言うのか――――

 

 耀星歴1024年、4月――

 秋口の頃、黒髪の少年アルルカイルが16歳になってから、凡そ半年程が過ぎた。

 黒髪の少年が夢見た騎士王……冒険の旅に出ると、義祖父マーリンに誓った日。

 

 桜舞う小春日和に、黒髪の少年は、義祖父マーリンからとある一振りの聖剣を託された。


「…………じゃあさ、行ってくるぜ、じぃちゃん!!」

「……ほっほ、アルルカイルよ……その聖剣キングダムソードは……お主の魂に呼応して、真の力を発揮する……聖剣の聖剣力オーラをその身に纏えば、どんな衝撃にも耐えうる、頑強なる肉体となろうぞ?」

「……それって、例えば、二階のベランダの屋根から、落っこちても……か?」

「ほほ、ああ」


 ――旅立ちの日。

 森奥の一軒家で、老賢者と過ごした日々。

 たった一人の家族――義祖父マーリンとの別れの日に聴いたその言葉が、黒髪の少年アルルカイル耳朶じだに、鮮やかに、鮮明に……蘇る。


「……そうか!、…………分かったぜ、じぃちゃん!…………行くぞ!『聖剣解放リベラティオン』――キングダムソード!!」



      ⚫︎



 私は――何の為に生まれてきたんだろう?

 記憶を、失くしてまで

 私の心の片隅に刻まれた小さき未知の紅き影――『シャオ・クリムゾンハート』は…………


「お待たせしました」


 宿場街ユハイル。中央センター通りを南西に抜けた宿場通りの坂を進んだ先にある喫茶店ライクアサウンドオブレイン。時刻は正午過ぎ。客層はまばらで、どちらかと言えばカップルではなくビジネスマンが魔導書類に魔導筆ペンを走らせる姿がそこかしこに見られる。落ち着いた雰囲気の店内。店内窓際隅に座る赤髪の女騎士エマは、後ろ髪を団子状に結えた女性店員が運んできた珈琲ブレンドと、湯気立つ出来立てのクォーターサイズのピッツァを眼下に据えた。

 アレがない。

 苛立った女騎士エマは、トントンと右手の人差し指と中指を眉間に当てると、そそくさときびすを返した女性店員を厳しい顔つきで呼び止めた。


「ちょっと」

「……はい?」


 エマのその苛立った口調に自身の不始末を感じた女性店員は、恐る恐るといった所作で振り返り、声のした先……女騎士エマの座る窓際隅のテーブルへ。


「……この店は、ピッツァにタバスコすら付けずに、客に提供するのかしら?」


 眉間に皺を寄せたまま、人差し指と中指でトントンと彼女の座る焦茶のテーブルを叩く女騎士を前に、女性店員は謝意を示そうと慌てて頭を下げた。


「も、申し訳ありません……すぐに、お持ちいたしますので……」


 お団子頭の女性店員は彼女エマの叱責に、申し訳なさそうに慌てて階下へと降りた。しばらくして直ぐに盆に乗せたタバスコの小瓶をそのお団子頭の女性店員は赤髪の女騎士エマの座る焦茶のテーブルへと置くと、もう一度改めて謝意を表した。

 もういいわ、と機嫌を直したエマは、紅色のマグマの様な粘性の液体の入った瓶の蓋を開けると、少しばかり冷めたクォーターサイズのピッツァの上まで持っていき、そして、ゆっくりと上下に垂らした。右手でピッツァを持って一口食べた後、左手でブレンドの香る白いコーヒーカップを持ち、唇に付ける。蒸留したての珈琲の風味は、直様すぐさま、彼女の咥内で芳しい色合いを魅せる。


(さて……これから、どうするか……)


 白いコーヒーカップをゆっくりとソーサーの上へ置くと、赤髪の女騎士エマは、これからの自身の身の振り方について、もう一度思いを巡らせる。


(……もう、戻る事はない…………けれど、行く当ても、目的も、何もない…………結局、私は、人として生きる意義を見出せないままこの国せいおうこくを放浪した挙句、組織の裏切り者として、何処かで無様に、野垂れ死んでいくのかしら――?)

 

(――アハハ、逃げるのかい?沢山の罪のない人をその剣で傷つけておいて、今更真っ当な人の道に戻れるとでも思っているのかい?)


 暗部組織にいた頃、最期に聴いたその侮蔑の言葉が、孤独の道を往くエマという肉体に宿る心の芯を貫く。


「おい、アレ……見ろよ、赤髪の」


(……いいえ、そうね……私には、野垂れ死ぬ資格さえない……残された人生で、私がこの世界に生まれた意義を見つける……それが、私という肉体に宿った、自我の贖罪しょくざいだから………………)


 バジルとチーズ、そして円を描く焼けたハムとトマトの乗ったピッツァに、彼女はさくと齧り付く。サクサクとした焼き立てのパン生地の食感と、タバスコの辛味と酸味が、鳴いていたエマの食欲を満たす。

 木製のシーリングファンがゆっくりと廻る店内。テーブルを一つ挟んだ向こう側に座る別の客の、自らの噂話が彼女の耳に入るが、それも今の彼女にとってはお構いなしだった。

 

「……近頃、噂になってる。この間も、街道に現れたはぐれの魔獣を退治して、危うく魔獣に殺されかけた行商人を助けた、とか…………」

「赤髪の女騎士、か……だがしかし、何故、赤髪なんだ……?」

「大方、騎士王にでもなったつもりなのさ。何を考えてるのか知らんが、目立ちたいのだろうな……そんなカラーリングにして」

「赤髪の女騎士……確か半年程前までこの国にいたな。かつて騎士王が、『悪魔大戦』の最終決戦で谷底に落として無くした聖剣を探し、人を斬っていた奴が」

「いや……その女とは、別人らしい」


 若木の木製のテーブルを二つ挟んだ斜向かいの席から彼女を盗み見る二人の男の姿。こそこそと自分の噂話をされてあまりいい気分にはならない。だが、かといって話をやめろとテーブルを立って怒鳴りつける程、彼女は暇人ではない。珈琲の湯気立つ店内の空間は、備え付けられた時空魔導のスピーカーから薄く響くジャズの音色で充満する。午後のひと時。その穏やかさを破ったのは、荒い息と、革靴の音だった。


「お、おい……!大変だ!ひ、人が……!人が……空から、お、落ちてきた…………!」


 二階建の喫茶店の上階にいた赤髪の女騎士。静かで落ち着いた空間にひびを入れたその革靴男に対して、彼女はむっと怪訝な表情をする。


「……はは、なんだなんだ?おいおい、人が落ちてきた、だって……?まさか、天の宙そらの向こうの天獄界からの使者だ、とでも、言うつもりか?」

「いや、それが…………!あ、アレは、まさしく、15年前に見た騎士王の聖剣の能力チカラだった、と…………!」


 騎士王。

 その言葉ワードを聴いたエマは、直様すぐさまテーブルを立つ。ガチャンと、コーヒーカップとソーサーの擦れ震える金属音。

 その音に、革靴男と話を聞いていた男も、気を取られる。


「な、なぁ、アンタ…………どう思う?身体を纏う聖剣力オーラ能力チカラ……それはまさしく、15年前の『悪魔大戦』の時の、あの騎士王ローラン様の能力チカラじゃないか?」

「…………そいつの特徴は?男?女?」


 恐ろしい形相で革靴男を睨め付けるエマ。

 鬼の剣幕で、更に怯える革靴男に、彼女は歩を詰め寄る。


「お、おとこ……だったぜ。まぁ、まだ大人って訳じゃなくて、十代の、若い、少年って顔つき、だったが……」

「……で、その少年ガキは、今、何処に?」

「……レジューヌ川を渡す大橋の真ん中で、今も、気絶おねんねしてると思うが……ここいらじゃ珍しい、黒髪の少年だ。ありゃ、メイキョウの血が混じってるのかもな」


(メイキョウ…………?あの、南東の…………)

 

「……教えてくれて、感謝するわ。ありがとう」

「あ、ああ…………?」


 怯える革靴男に謝意を告げると赤髪の女騎士は、その場でまごつく二人の男を尻目にまだ熱の残る珈琲とピッツァを残して、急ぎ階下へとくだり店外へ。カラコロンと無機質な小鐘こがねの音色は、一分一秒さえ惜しい今の女騎士エマの神経を刺激する耳障りな音色でしか、なかった――



      ⚫︎



「……ま、待てってばよ…………!!オマエってば、いきなし突っかかってきて……一体、何が目的なんだよ…………?」


 レジューヌ川を渡す石畳の大橋の真中。

 黒髪の少年アルルカイルと赤髪の女騎士エマは、何事かと騒ぎを聞きつけた見物人の輪の中心で、睨み合っていた。

 否――睨みを効かせていたのは、赤髪の女騎士エマだけだった…………

 

「15年前のあの『悪魔大戦』を終結させた……聖王国デウス・エクス・マキナスに在りし、史上最強の聖光魔導の聖剣……キングダムソード…………私はかねてから、その最強の聖剣を求めて、旅を続けてきた………………」


 赤髪の女騎士エマは、業と燃え盛る右腕に備えし聖剣セットハートオンジファイアの剣先けんさきを、黒髪の少年アルルカイルの額へと向け……更に眼光を加え、少年かれを頑とその紅色のまなこで威圧した。


「……や、やらねーぞ……!!この聖剣は、俺のモンだ!俺には……夢がある!この聖王国最強の聖剣キングダムソードでもって、この聖王国……デウス・エクス・マキナスの騎士王になってやるって、……夢がな!」

「…………ッッ!問答無用と言ったッ!!」


 聖剣セットハートオンジファイアを手繰るエマは、剣先を突きつけられ、慌てふためきながらも、その夢を誇示した黒髪の少年の右手に持つ聖剣キングダムソードをその掌から弾き飛ばす目的でもって勢いよく足裏で石畳を蹴る。その場から弾け飛んだエマの肉体は聖剣の聖剣力オーラであるほむらを纏いて、黒髪の少年アルルカイルへと突撃する。応戦する黒髪の少年は、ただがむしゃらに聖剣を振り回すも、所詮剣術素人の腕では、騎士であるエマには……到底、歯が立たない。


(くっ…………?!こ、コイツってば、ホンモノの騎士……ってヤツか……?や、ヤベェ…………!俺には、騎士王になってやるって夢があるってのに、こんな所で、くたばる訳にゃ…………?!)


 ――宿場街ユハイル。

 その中央通り。

 街の中心部にある、今は廃業し、人の出入りのない三階建の古い建築物ビル

 明かりライトかよっていない、薄暗い室内。

 床に散乱した、割れた硝子窓が踏まれ、砕ける音。

 神聖皇国、そして聖王国。『楽園の島』――ブリテン島北部と南部にわかたれた二つの国の国章の上から、ひびを入れる様に縦三本のラインの入った黒き仮面を付け、正体を隠した黒装束の男は、ランプの灯らない薄暗い一室に幽鬼の様に佇む。岩程ある巨大な立方体の爆破魔導石は、工事用の白い麻布に紐で縛られ、覆い被せられている。

 ――『楽園』。

 歓迎する罪なき人々の悲鳴を想像し、彼は口元を、邪悪に歪ませる。


「ククク、さて…………始めるか」



      ⚫︎


 

 レジューヌ川を渡す大橋の石畳の真中で、赤髪の女騎士に真剣の試合を挑まれた黒髪の少年アルルカイル。突如、二人の真横から網膜に響く轟音。二人の鼓膜をつんざく様なその爆発音に、二人は自身の聖剣を手繰る手を止め、黒煙の上がる方角へと意識を移した。


「な、何…………あれ…………?!」

「ば、ばくはつ…………?!じ、事故、か…………?!」


 大橋の上からでもくっきりと見える、蒼穹の蒼空そらへと立ち昇るその大きな黒煙。直後、あちこちから聴こえ始めた宿場街ユハイルに住む人々の助けを乞う絶叫に近い悲鳴。人々の逃げ惑う足音オーケストラ

 これは――事故ではなく……悪人の起こした所業。


「お、おい……!……やべぇぞ!!直ぐに逃げ遅れた人を助けに行こう!きっと、悪人がいるはずだ!!」

「でも……!私の目的は……アンタの…………!」

「……ッ!今は、そんな事言ってる場合じゃないだろ?!俺達にしか悪人を退治出来ねぇってんなら、俺達がここにいたのも……運命だ!!」


 黒髪の少年の悲痛なるおもてで訴えかける説得に、歯痒く奥歯を噛み締める赤髪の女騎士エマ。しばしの逡巡。しばらくして女騎士は……アルルカイルへ了承を取る様に、こくりと小さく頷くと、黒煙の立ち昇る爆発の街の市街地……中央噴水広場……爆心地へと、駆け出した。

 鬼気迫るエマの揺れる赤く長いストレートの髪。

 黒髪の少年アルルカイルは、その長く揺れる赤髪を追う――



      ⚫︎



 東通りのレジューヌ川を渡す石畳の大橋から西へ進んだ銀のアクセサリー等を売る露店が立ち並ぶ中央噴水広場。

 突如、人の出入りしなくなった建築物ビルが、大きな爆破魔導石が放つ爆破の衝撃によって、ガラガラと周囲を巻き込みながら崩れ落ちていった。黒き仮面を被った黒装束の男は、時空魔導石によって開かれた時空扉ワープゲートの中へと、命からがらに逃げ惑う中で、その場から逃げ遅れた人々を次々にその開いた時空扉の中へと放り込む。

 暗黒空間が広がる時空扉ワープゲートの先……その先は、一体何処に繋がっているのか…………?


「た、助け…………ひぃぃ…………っ!!」


 黒装束の男あくにん……この場を混沌に巻き込んだ犯人に襟首を掴まれたフードを被った老婆は、逃げ惑う周りの人々へ向けて、必死の形相で助けを求める。しかして、それも虚しく、黒装束の男はぶんと機械的に、老婆を時空扉ワープゲートの奥へと投げ入れた。


「クク、さて…………次は、お前だ…………!!」


 黒装束の悪人は、その黒き右腕で、地面に倒れ、脚に怪我をして動けない若い女性の襟首をひん掴む。

 そして、もう片方の左腕で、女性の腕に抱え守られていた幼い女の子の首根っこを無感動に掴み上げた。


「やめて!助けて!アナタ!ああ…………っ!!」

「おとうさん!おかあさんっ!いやーっ!!」

「……やめろっ!!妻と娘を離せーっ!!」



      ⚫︎


 

 爆破魔導による破壊工作事件。

 阿鼻叫喚の宿場街ユハイル。絶叫に逃げ惑う人々の頭を縫う様にしてアルルカイルとエマふたりは、瓦礫と化した壊れた建築物の破片をその靴裏で憤然と踏み締めて、爆心地である中央噴水広場で悪逆非道の限りを尽くす黒装束の男の眼前へと躍り出た。


「……何してんだ、てめぇーー!!」

「…………そこの悪人に聞くわ……自分が、何をしているのか……分かっているの…………?痛い目に遭いたく無かったら、今すぐに、そこの二人を離しなさい…………!!」


 駆けつけたアルルカイルとエマ……二人のまなこでもがき苦しむ若い女性と幼女。そして、その二人を苦しめる、聖王国デウス・エクス・マキナスと、神聖皇国セイントレッドドラゴン・ブリタニアの国章に、三本の傷跡で罅を入れた黒仮面を被る……黒装束の男。

 悪人おとこは、悪魔の様な含み笑いを刻む。

 

「オメェらは……騎士、なのか……?頼む……妻と娘を……助けてやってくれぇぇ…………っっ!!」


 楽しい家族団欒の買物の途中だったのか――?アルルカイルに助けを求めたその壮年の男は、片腕に抱え込んだ林檎の詰まった茶色の紙袋を抱えきれなくなり……力無くその場へと放り落とした。バラバラと転がり、その場に散らばる熟れた林檎。妻と娘を人質に取られた男はその目尻に涙を浮かべ、必死の形相で聖剣を持つ騎士、黒髪の少年アルルカイルへ助けを乞う。


「ああ……アナタ………………ッッ…………!!ァァ…………アナタ…………ッッ!!」

「おとうさん!!助けてっ!おとうさんっ!」


 黒髪の少年アルルカイル悪人おとこの両腕に捕縛された若い女性と幼女の悲痛なる叫び……絶叫に、悪人のその所業に対して、思わず背筋を凍らせる。


「――喜べ。お前達は、我が『楽園』の生贄となる」

「や、やめろ…………!!まちやがれ…………テメェ――――!!」


 アルルカイルが聖剣キングダムソードを手繰り、黒装束の男へとその脚を一歩踏み出すも時遅く、まるで少年かれのその様を嘲笑うかの様に黒装束の悪人は、無慈悲に、無感動に……創り出した時空扉ワープゲートの中へと、二人の若い女性と幼女を放り投げ込んだ。


「アナタ、わた――――!!」

「おとうさ――――!」

 

 壮年の男の妻と娘の声はそこで途切れ、二人は時空扉ワープゲートの彼方へと――忽然と、消えた。


「ジュ、ジュリエット…………ウメコ…………!!ああ、……ぁぁぁぁ……………………っっ!!」


 直様、悪人が閉じた時空扉ワープゲートの後に残る瓦礫の崩れる音……

 そして、残された男が、その場に泣き崩れる音。


「――………………………………ッッ!!」

 

 黒髪の少年アルルカイルの、ギリ、と固く奥歯を軋ませる音。


「…………おい。……コイツは、俺達で倒すぞ、赤色」

「………………ええ、そうね。許してはおけない」


 黒髪の少年アルルカイル赤髪の女騎士エマ。二人は自身の持つ聖剣あいけんを両手でしかと構え直すと示し合わせたかの様に直様同時に瓦礫の地を蹴り、瞬時に黒装束の悪人との距離を近付ける。

 息を合わせ、アルルカイルとエマふたりは、同時に――自らの正義の聖剣けんを……振り下ろした。


「ぐっ………………?!」

「な、なに………………?!」


(これは――??……魔剣………………?!)


 赤髪の女騎士エマは、黒装束の男の手繰るいびつなる剣の正体に、思い当たる。

 魔剣。

 行商人や、街人まちびとを襲い、金品を奪っていく悪党集団――デスギルド『悪夢魅せる悪ヴィランズギブユーナイトメアズ』の鋳造ちゅうぞうした魔導剣。

 この『楽園の島』に住む人々は、その魔導剣を、侮蔑の意味を込めて……『聖剣』ではなく、『魔剣』と呼んだ。

 

 二人がかりで剣を振るうも、黒装束の悪人は、冷徹なる剣捌きで彼らへ剣を這わせ、流麗に躱し、そして、薙ぐ。


(チッ…………!やはり、コイツ……デスギルド………………!!)


「――赤色!!コイツも、聖剣持ってるぞ?!どうして…………?……グアッッ………………?!」


 黒装束の悪人は、靴裏に重心を掛け、胆力でもって、自身の手繰るいびつなる魔剣を振り抜く。

 魔剣は、アルルカイルとエマを聖剣ごと瓦礫の建築物の崩れた壁面へと弾き飛ばす――


「ヅッ…………ッ……!……魔剣…………!!――それは、罪なき人々を苦しめる外道集団デスギルド悪夢魅せる悪ヴィランズギブユーナイトメアズ』その証…………!!」


 エマは、軋む両脚に力を込め、ゆっくりと立ち上がり、自身の聖剣の真の力を解放させる為、しっかと両掌で以て、その焔魔導の聖剣のを握る。

 

「……『聖剣解放リベラティオン』!!セットハートオンジファイア――――!!」


 自身の聖剣セットハートオンジファイアを聖剣解放させるエマ。

 聖剣セットハートオンジファイアは、その剣身から業と、紅き紅蓮の焔ほむらを噴出させる。


「……ハァ、ハ――…………アンタは、下がってなさい…………!!その聖剣…………キングダムソードは、貴方には…………聖剣解放、出来ない………………!!」


(聖王国最強の聖剣キングダムソードは、15年前の『悪魔大戦』を終結される為に、鋳造ちゅうぞうされた……騎士王ローランの為だけの聖剣…………その真の力…………聖剣解放をさせられるのは…………騎士王ローランか…………もしくは、その血筋…………血族の者だけ……………………!!)


「…………待てってばよ、赤色!……俺にだって………………!!」

「――ハァァッッ………………!!」


 アルルカイルが言いかけた言葉を待たずして赤髪の女騎士エマは、その焔魔導の聖剣の持つ必殺の『奥義』を撃ち出す為、聖剣を顔前に大きく構え、頭上へと振り被る。紅蓮に燃える聖剣セットハートオンジファイアの剣身は、煌々とその熱で、黒煙こくえんに焦がれる空に煌めく。


「――我が奥義、……喰らいなさいッ!!――『燃やし尽くす紅蓮の紅炎こうえん』!!」


 火炎放射された一条の大焔たいえん。そして、その大焔に螺旋状に絡みつく小焔しょうえん。刹那の速度で一直線に黒装束の男に向かうエマの聖剣セットハートオンジファイアの奥義。


「ク……!そんなチンケな炎では、我は倒せん……!」

 

 黒装束の悪人は、その刹那を見切ると同時――再び、取り出した時空魔導石を宙空へと掲げる。直様現れた時空扉ワープゲートによって、エマの奥義『燃やし尽くす紅蓮の紅炎』は、時空の彼方へと、掻き消された――――


「チッ…………!!……時空魔導、か………………!!」

「……クク、ククハハハハ…………どうした?もう終わりか?若き赤髪の女騎士よ……?」


 女騎士は、苦々しげに舌を打つ。自らの魔導力オーラと聖剣の聖剣力オーラを混ぜ合せ放つ奥義は、精神力を消耗する。限界以上の全力全開の魔導力オーラを奥義に変え、抜き放ったエマ。憔悴しょうすいした彼女は、全身からどっと汗を吹き出し、思わずその場に片膝をついた。

 

「――どけ、赤色!――次は、俺がやるッ!!」


 悪人を倒せない事による怒りに表情を滲ませるエマを庇う様にして、黒髪の少年アルルカイルは、黒装束の悪人の眼前へ。

 

「……無茶よ!!聖剣解放すら出来ないアンタみたいな小僧ガキが、その聖王国デウス・エクス・マキナス最強の聖剣キングダムソードをもっていたとしても…………宝の持ち腐れにしか………………!!」

「……へへ、聖剣解放ならよ…………出来るぜ!!」

「…………??一体、どういう…………?」


 黒髪の少年は、自らの所持する聖王国最強の聖剣キングダムソードを英雄然と自らの顔前へと構えると……騎士王か、その血筋……血族にしか聖剣解放出来ない筈の言の葉を、その場に響かせる様、天高らかに宣誓する。


「――『聖剣解放リベラティオン』!!キングダムソード!!」


 途端――眩いばかりの蒼白き聖光力オーラが、その場へと放たれる。

 

 キングダムソード。

 

 あらゆる魔導の中で最上位の魔導――聖光魔導を内包するその聖剣は、アルルカイルの魔導力オーラいろ……蒼白と一つに混ざり溶け合い、荘厳なる蒼白きいろを魅せる。


(クク…………成る程、この少年………………騎士王の血筋、という訳か……………………)


「な……き、……キングダムソードの、聖剣解放――?!聖剣解放それは……騎士王ローランか血族にのみ許された……特別な技法――それを…………アンタ、まさか…………?!」


 聖王国デウス・エクス・マキナスを統治する騎士王ローラン――もしくは、その血族にのみ聖剣解放を許された、聖王国最強の聖剣キングダムソード。その聖剣キングダムソードを聖剣解放させたアルルカイルに、赤髪の女騎士エマは、驚愕の色を隠せない。

 黒髪の少年は、聖光魔導の聖剣の奥義を放つ為、両腕を頭上高く振り上げた。まばゆき光を放つ蒼白の聖光に思わず目がくらんだ黒装束の悪人は、たまらず漆黒のマントで目前を覆い、少年かれの放つ蒼白き光から、その全身を隠し翻した――


「……お前だけは…………絶対、絶対、ぜってぇーに、許さねぇ…………!!」

「フ……フフ、フフククク…………!!許さない、か…………ならば、私をどうする?」

「……決まってる!!ブッ飛ばす!!――喰らえ!奥義!――『悪を滅する破邪の聖光』!!」


 黒髪の少年のその一声と共に刹那の速度で放たれた蒼白く輝く一条の聖光の煌線ビーム聖剣キングダムソードの奥義に対し反射的に魔剣を痩身前へ構えた黒装束の悪人の思考よりも速く、蒼白の聖光の煌線ビームは、黒装束の男の右肩を焼き貫いた。


「な…………ガ…………!!グ……お、おのれ………………!!15年前のあの大戦の時よりも…………遥かに聖光力オーラを増している…………だと…………?!」

 

(あ、アレ――?!……なんだかいつもよりも、聖光魔導の威力が、増している気がする…………??)

 

 黒装束の悪人おとこは焼き貫かれた右肩の激痛に呻き、膝からその場へと屈する。


「グッ…………己れ、貴様ァ…………!!よくも…………よくもォォ………………!!」

「……へへ、どーだ!!……参ったか!……降参するか?分かったんなら……とっとと攫った人達を返しやがれってんだ!!」


 がくりと片膝をついた黒装束の悪人に対し、黒髪の少年アルルカイルは、焼け貫かれ、大穴の空いた右肩の奥に見える黒煙の空に向けて、その聖王国最強の聖剣の剣先けんさきを向け……勝利を確信する。

 

 

「……クク、ククク…………喜べ………………!!貴様は、我が『楽園』には迎え入れられない…………我が、魔剣の奥義で、死の嘆きを与えてやる……『魔剣解放リベラティオン』ロストオブファンタジア!!」


 魔剣解放。黒装束の男と、その手に持ついびつなる魔剣ロストオブファンタジアから放たれる禍々しき狂気の魔剣力オーラ


「――私の名は『統制者ディナイアルオブコミュニケーション』」

「『統制者ディナイアルオブコミュニケーション』……?」


 黒装束の男――『統制者ディナイアルオブコミュニケーション』は、魔剣の剣先の照準を、黒髪の少年の右肩口へと向けた――

 

「人心を支配し、意のままに操らんとする……この『楽園の島ブリテンとう』を我が物とする為、人々へ対し、混沌をもたらす者だ……貴様は我の敵……我が直々に滅ぼす…………孤独者こどくものよ」

「孤独者…………だって……?」


 孤独者。

 黒髪の少年アルルカイルは、自身を揶揄したその侮蔑の言葉の意味を悪人……『統制者ディナイアルオブコミュニケーション』へと問う。


「……クク、お前の瞳は……孤独に塗れている。他者を知らず……人と人とが、道を交えながら生きている事を……絆を知らない瞳だ……!」


 幼少期の頃……物心つく前から義祖父マーリンと共に暮らしたあの煙突の煙る一軒家が、少年の脳裏に鮮明に蘇る。


「……黙れ!!……お前なんかに、お前なんかに…………!……何が分かるッッ!!」


 アルルカイルのその動揺を図星と取ったのか、『統制者ディナイアルオブコミュニケーション』は、彼のその哀しき心を無碍に嘲笑う。

 

「――クク、私は人心を理解し……掌握する者。分かるさ」


(……確かに…………俺は、ずっと独りで生きてきた……じぃちゃんは……いつも、俺に優しくしてくれた…………!でも……でも、本当は……俺は、ずっと――ッ!!)

 

「……死ね、『貴様に与えるは死の嘆き』」

「…………危ない、避けて!」


 魔剣ロストオブファンタジアを手繰る『統制者ディナイアルオブコミュニケーション』の右腕が、アルルカイルの右肩を捉えロックオンする。魔剣ロストオブファンタジアの奥義――『貴様に与えるは死の嘆き』。放たれた暗黒魔導の一条の漆黒の煌線ビームは、聖剣キングダムソードの剣帯にバチ、と破裂音を鳴らして直撃し、少年かれはその衝撃に、思わず右腕から聖剣キングダムソードを弾き落とされる――


「ヅッ…………!!」


 右腕に掛るその重い衝撃に、アルルカイルは痺れる右腕を左手で抑え、そして、呻く。瓦礫の地に放り投げられ、転がった聖剣キングダムソードは、カラカランと機械的な金属音を立ててくるくると踊り廻り、そして……赤髪の女騎士の脚元へと……辿り着いた。


「…………お前は…………、孤独でも、生きていけるのかよ…………」

「…………?クク、どういう意味だ?」


 右腕を麻痺によりショートさせるその痺れにも黒髪の少年アルルカイルは目前の悪人おとこに屈すまいと、憤懣に満ちた呻き声を上げる。


「……じぃちゃんの元を離れて…………冒険をして、知った……人と人が交わる道を……騎士王になるって、俺の夢を語ると、皆んな、決まって……俺を、笑った……馬鹿にした……俺は、世界を何も知らなかった…………!だけどよ……知って…………分かったんだよ…………!俺は、孤独で居たくない…………!心から信じて、ぜってぇーに裏切ることのない、本当の『ともだち』が欲しかったんだ……ってな…………………………!!」


(――心から信じて、裏切ることのない、『ともだち』……)

 

 彼が吐露した孤独者さびしさの心中。それを、自身の人生みちと重ね、赤髪の女騎士エマの心は抉れた傷口の様にズキズキと疼く。

 エマは、アルルカイルの元を離れて転がり、そしてカツンと音を立て右脚の騎士脚ブーツを小突いた聖剣キングダムソードへと、視線を落とした。


「……………………グァァッッ…………?!?!」


統制者ディナイアルオブコミュニケーション』は、孤独者という名の少年にがむしを噛み潰そうと、生まれの哀しさを吐露した黒髪の少年の懐へと靴裏を踏み込み……そして、彼の首根っこを乱雑に、機械的にがしと掴み、締め上げた。

 人心を掌握する者……『統制者ディナイアルオブコミュニケーション』。

 その黒き仮面の奥に隠された読み取れない表情からは、冷淡な愉悦が……滲み出ていた。


「クク…………貴様の様な人と交わる事を知らない人間に、生きている価値などない…………それ、苦しくなって来ただろう…………?……あと、三十秒もすれば、お前はじき、死ぬ」


(グ……ぐる……じぃ…………!おれ、は………………っっ!!)


 交わる事を知らないから、何だってんだよ――

 

 それだけで、死ねって……そんな事、言われなきゃ、ならねぇのかよ――

 

 俺は、誰とだって、仲良くやれる…………

 こんな所で、俺の夢が断たれて…………たまるかよぉ――――!!


「――ハハハハ、ハハハハハハ!!」


(チッ…………!……全く、世話が焼ける――!!)

 

 その悲惨なる光景を前に赤髪の女騎士は、自身の聖剣セットハートオンジファイアを直様腰付近の異空間へと仕舞うと、右脚あしもとに転がる聖王国最強の聖剣を素早く拾い上げ、そして――そのを両掌でしかと構えた。


「ガ…………ッ、あ、あがいろ…………!おれ、の……キングダム、ソード…………どうする、気、だよ…………ッッ………………??」

「――アンタは、孤独じゃない。私がアンタの夢を、笑ったりなんかしない…………だから、アンタが、あの悪人を止められないのなら…………なら、今度は私が……この聖王国最強の聖剣キングダムソードで、止めてやる――!!」


統制者ディナイアルオブコミュニケーション』は尚も黒髪の少年を死に追いやろうと、頸動脈を締め上げる。

 

「……………………??…………止めてやる…………、って……………………どう…………やって……………………ッッ??」


(……俺が、聖剣解放出来るのは…………騎士王ローランオヤジのおかげだってのに……………………??)


 キングダムソードの真の力……聖剣解放は、騎士王ローランか、その血族、血筋の者にしか、聖剣解放をさせる事は出来ない……この場で聖剣解放出来るのは、騎士王の息子であるアルルカイルだけ――

 神聖皇国生まれのエマに、キングダムソードの聖剣解放は不可能。

 しかし――

 

「『聖剣解放リベラティオン』――キングダムソード!!」


 エマの右腕から、彼女の頭上高く放たれた聖王国最強の聖剣キングダムソードの、紅く輝く眩い燐光が、瓦礫の黒煙の空そらを煌々と照らす。

 黒髪の少年アルルカイルの持つ蒼白き魔導力オーラと違い、エマの持つ紅き魔導力オーラは、聖剣キングダムソードを紅蓮の聖光力オーラで以て、応えた。


「な、なん、だと……………………??……グ、…………貴様ァ………………!!その聖剣を…………キングダムソードを、使いこなせる血筋のはずが………………??」

 

 赤髪の女騎士エマが放ったその紅蓮の聖光力オーラに、『統制者ディナイアルオブコミュニケーション』は驚愕し、思わずアルルカイルを握り潰そうとしていた右手を彼のその首元から離した。

統制者ディナイアルオブコミュニケーション』の足元に転がり落ちたアルルカイルは、嗚咽を漏らし、必死に気道の回復に努める。


「な、なんで……………………?!どうして………………!ど、どうなってんだよ…………?!赤色……オマエ、まさか………………俺の姉ちゃん……とか…………??」


 騎士王……または、その血族でない者のキングダムソードの聖剣解放。

 先程とは、まるで立場を逆にしたアルルカイル。

 赤髪の女騎士――エマ。

 彼女は、そんな黒髪の少年に対して、殊更ことさら不敵に、嘲笑する。


「……アンタみたいな出来の悪い弟、要らないわよ」

「赤色……オマエ…………………………?!」

「……………………ハァッ!!」


 聖光魔導の聖剣キングダムソードの聖光力オーラ……紅き紅蓮の聖光を纏い、赤髪の女騎士エマは、『統制者ディナイアルオブコミュニケーション』へと騎士靴を蹴り、突撃する。彼女の動作の始動に反射的に聖剣キングダムソードへと魔剣を合わせる『統制者ディナイアルオブコミュニケーション』。

 聖剣と魔剣のつかり合い。

 しかして、剣術を行使するエマのその圧倒的な技量の剣筋に圧された『統制者ディナイアルオブコミュニケーション』は、後退しながら、浅く短く呼吸を乱す。


「ハァ…………ハァ…………!グッ………………!女、キサマァァァ……………………!!」


(グ………………フ、…………この場は、ここまで、か………………!!)


 窮地に立たされた『統制者ディナイアルオブコミュニケーション』。魔剣ロストオブファンタジアの渾身の一撃で以て、手繰る聖剣キングダムソード毎赤髪の女騎士を弾き飛ばし、後退させると、『統制者ディナイアルオブコミュニケーション』は、乱れた呼吸を整える事無く、後退の為にと暗黒空間の広がる時空扉ワープゲートを生成する。


「――待て!!………………逃げる気?!」

「……クク、今回は、見逃してやる。紅蓮の女騎士よ」

 

 黒装束の悪人おとこは、時空扉ワープゲートを時空魔導石によって生成すると、暗黒空間の広がるその未知の先へと足を踏み入れた。全身がその場から暗黒空間へと消えた後、しばらくして紋様の入った黒き仮面のみを時空扉ワープゲートからはみ出させた悪人は、深き憎しみを込めて、呆気に取られる黒髪の少年を見据えた。


「――少年。……名は、何という?」


統制者ディナイアルオブコミュニケーション』の無機質な声色は――まるで、敗色を感じさせない物であった。

 

「…………テメェみてぇな悪党に、教える名はねぇけどな…………!!あえて、教えてやるよ……俺は、いずれこの国の騎士王になる男――アルルカイルだ!」

「……クク、ククハハハ…………!!騎士王とは、笑わせる………………良いだろう。次に貴様と会う時は、我がこの世を混沌に陥れる時だ。その時には……この右肩の怨恨、万倍にして返してやる――!!」


 捨て台詞を吐き捨て、『統制者ディナイアルオブコミュニケーション』は漸く時空扉ワープゲートを閉じた。爆破魔導による破壊工作。宿場街ユハイルに残された人々は皆、肩を抱き寄せ合い、悲しみの涙に暮れる。

 事件の首謀者を退しりぞけたアルルカイルとエマ……二人もまた、激しい怒りこきゅうを――緩やかに、抑えていく。


「や、やった……のか…………?」

「……ふぅ、なんとか、ね…………」

 

 エマは聖王国最強の聖剣キングダムソード聖光力オーラを閉じると、所有者である黒髪の少年――アルルカイルの脚元へと乱雑に投げ返した。

 少年かれは、足元に転がった自らの聖剣キングダムソードを拾い上げると、腰付近の異空間へと仕舞う。


「……………………ヅッ…………ッ!!」

「ど、どうしたんだってばよ…………?!」


 ガクリ、と、力無く倒れ込む赤髪の女騎士。

 少年かれは慌てて、彼女に自身のその肩を貸した。


「ハァ………………ハ、…………思ったより、ヤツの…………『統制者ディナイアルオブコミュニケーション』の、魔剣の衝撃ダメージが、ね……………………っっ!!」


 魔剣ロストオブファンタジア。

 暗黒魔導……触れた者の心に邪悪なる衝撃ダメージを与えるその禁断の闇魔導を内包した魔剣によって受けた衝撃ダメージは、彼女の肉体を悉く蝕む。


「…………ッ!!…………待ってろ、赤色……俺が今…………傷を治してやる…………!!」


 黒髪の少年がその掌を翳すと、淡く白い光の輝きが、彼女エマの痩身を柔らかく、そして、暖かく包む。

 他者治癒魔導。

 少年は、その魔導を……赤髪の女騎士へ行使した。

 

「…………これ、は……治癒魔導…………?」


(――驚いたわね……他者治癒魔導…………!コイツ…………なんの『魔導マギア・ロウ』も持っていない、只の小僧ガキだと思っていたのに……………………)


 傷付いた他者の肉体を癒す他者治癒魔導――

 しかして黒髪の少年は、生まれ持って、魔導師にしか扱える筈のないその他者治癒魔導を持っていた訳では、無い。


「…………へへ、俺はよ、無限に在る『魔導マギア・ロウ』……その全ての魔導を扱えるんだけどよ……でも、その全てが、俺の生涯でただの一度きりしか、発動させる事が出来ないんだってばよ…………」

「………………は?…………ハァ………………?!生涯で一度きりって…………な、なに、それ――――?!」


(そんな奇天烈奇想天外な魔導師、聞いた事が――!)


「な、なら………………アンタは、生涯でたった一回きりの他者治癒魔導を、私の為に……………………?」

 

 悪人を退け、安堵する少年と少女。

半耀星魔導共感覚者デミ・フェリアス・シンクロナイザー

 少年は、老賢者マーリンより託されたその無限ある魔導マギア・ロウの、その全てを、生涯でただ一度きりしか行使する事の出来ない、特異なる魔導師だった。

 少年かれが発動した他者治癒魔導は、赤髪の女騎士の傷を完全に癒す。


「ハァ………………あ〜〜……………また俺の魔導、使っちまったぁ………………!」


(コイツ――)


 赤髪の女騎士エマは、他者治癒魔導を使い切り、魔導力オーラが常人の物となった黒髪の少年を見遣る。黒髪の少年は、がくりと首を落とし、うなだれていた。

 その生涯で……ただの一度きり――

 黒髪の少年は、彼女に対して行使してしまった魔導じじつにも、内心あまり気にした様子は無かった。


(…………初めて、他人ってモンが分かったしな!)

 

 黒髪の少年は前を向く。

 少女エマはやれやれとばかりに、黒髪の少年アルルカイルへと、優しく、情を持って、声を掛ける。


「…………騎士王の息子、だったのね。貴方――」

「……あ、おう!俺は、アルルカイル!……長いし、呼ぶ時は、……カイルでいいぜ!」

「…………ハァ、暑苦しい小僧ガキね…………めんどくさいから、『アンタ』って呼ぶことにする。で――これからアンタは、どうするの?」


 この先の行き先を彼女に尋ねられた少年かれは、敢然とした顔立ちで、此処より遥か北の方角へと右腕を掲げ、その掌の人差し指を、すと向けた。

 

「――王都へ向かう!!俺の夢は、親父ローランに御前試合を挑んで……そんでもって……親父を倒して、騎士王になる事だからな!!」

「――笑わないわ、アンタの夢」

「お、お、おう………………?」


 少年アルルカイルの夢――

 それは、この聖王国を統治する、騎士王になる事。

 

 アルルカイルにとって初めて出会う、自らの夢を笑わないと言うエマの、真剣な表情。

 その表情かおに、アルルカイルは思わず、右手の人差し指で、頬を掻いた。


「……エマ」

「え?」

「……私の名前、名乗られたからには、ってね。私の目的は、アンタの持つ聖剣キングダムソードを、悪用されない様にする事…………いいわ。アンタが騎士王になるってんなら、私はその夢に、ついていってあげる」

「…………えと、それって」

「……分かんないの?『ともだち』になる、って言ってんのよ」


 そして――彼女エマに差し出されたその右手の意味に――少年アルルカイルは、躊躇う。


「あくしゅ――それも、知らないの?」

「あ、ああ……そっか…………!……へへ、えとさ、これから……宜しくな、エマ!」


(――私は、組織の裏切り者…………けど、コイツカイルの事は――――)


 聖王国最強の聖剣キングダムソードの所持者――アルルカイル。

 そして、神聖皇国暗部組織を裏切った赤髪の女騎士――エマ。

 

 少年は……騎士王の息子だった。

 

 彼の子供じみた壮大な夢……成功するかは、彼の努力次第。

 聖王国最強の聖剣キングダムソードは、騎士王の血族にしか聖剣解放する事は叶わない。

 

 血族でない赤髪の女騎士が何故聖剣解放する事が出来たのか――?

 それは、いずれ物語が進む先で……語られる事になるだろう――

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