星光次第の孤独者(ひとりごと)
阿万野翔星
第1話 蒼穹より堕ちたる少年の夢
『楽園の島』――
古き時代産まれし『妖精』と呼ばれる種族が扱えし、神秘の秘法――『
やがて絶滅せし『妖精』の中で、妖精のみが扱える無限ある『魔導』の全てを継承せし始まりの人――その名を、『
午前0時。リーンゴーン、と、神聖なる鐘の音が響く。
それは、この
その光景は――凡そ人には、神秘的な光景と言えた。
(――…………………………………………綺麗、だ)
秋口の頃。山奥の一軒家で、義祖父と二人慎ましやかに暮らしていた黒髪の少年は、木製の家扉の前に立ち、
「誕生日、おめでとう……カイルよ」
「じぃちゃん!…………ああ、今日で俺ってば、16歳になったぜ」
義祖父……『
神聖なる儀式、とだけ、義祖父に聞いていた黒髪の少年は、少しの間、家の庭……義祖父の目前で目を閉じたままでいただけのそのなんでもない夜の出来事を――生涯忘れる事は無かった。
「……………………じぃちゃん、俺――」
「ほっほ、なんじゃ、こんな夜更けじゃ……お腹でも空いたのかのぅ…………アルルカイルよ」
黒髪の少年――アルルカイル。
彼の心の真中にある揺らぐ事のない夢は、世界の視る夢と……然程、変わらない。
(…………………………俺は、……俺の夢は、)
騎士王。
それは、この世界を危機に陥れた人類の敵……『悪魔』から、滅亡しかけた世界を救いし、英雄の名でもあった――
⚫︎
「おい起きろ!起きろって言ってん、やん…………ちょ、アンタどこ触って………………あんっ!」
(こ、コイツ……!私の気持ち良いトコ触って…………!ころ、あん………………!!)
「むにゃ…………くふふ…………俺ってば……ぜってぇー、騎士王になってやるんだ……ふひひ………………」
リーンゴーン、と、どこからともなく響き渡る神聖なる鐘の音の様な響き。それは、この
黒髪の少年は、深く深く、長い夢にいた。
レジューヌ川を渡す大橋の真中。石畳の地に寝転がった少年は、夢半ばでいるのかにやけ面で、枕代わりと赤髪の女騎士の
「…………はぁ、もう、関わる事はないと決めて、旅をしていたと言うのに…………皮肉ね」
「じぃちゃん……俺、トマトは食べられねぇって言ったじゃねぇかよ……………………………………むにゃ」
「――起きろっ!」
彼女の
黒髪の少年は、彼らを取り囲んでいた複数の見物人の渦の中心に放物線を描いて飛び込んだ。筋骨隆々の
「……おい、おい!坊主!良い加減に起きろ!」
筋骨隆々の
しかし……それでも少年は、目を覚さない。
「……ええい、ならば、これで!」
「うばしゃっ……………………??え、な、なんだってんだ……………………?」
筋骨隆々の
そうして……ようやく少年は、楽園の島――
「あ、あれ……?ここ、どこ…………?俺……ってば…………何、してた……………………?」
「――『
赤髪の女騎士エマは、右掌を左腰の宙空をさらりとなぞる様に構え、そして虚空を裂く勢いで
そして――その真の力を、解放した。
「ママ、あの騎士さま、聖剣のちからをかいほうしたよ?」
聖剣解放。
それは、聖剣の
「な…………?!え……え〜〜と…………??アンタ…………誰……………………?」
「……問答は要らないわ。何故……アンタみたいなガキが、聖王国最強と謳われた聖剣を持っているかなんて知りたくもないの…………痛い目に遭いたくなかったら、とっとと大人しく、その聖剣を寄越しなさい」
(え〜と………………??何……言ってんだ、コイツ………………?俺の、聖剣…………………………??)
神聖皇国暗部組織を裏切り、自らの人生の意味を問う旅を続ける赤髪の女騎士――エマ。
そして――物語は、始まる。
⚫︎
元より世界とは、二つしか存在しない。
――惑星フェリアス。
そしてもう一つは、惑星フェリアスの大地から見上げた遥か
惑星フェリアスには広大な
太古の昔……
夜空に煌めく星々の煌めきを、人々は『
『
騎士王ローランが統治する北部の国――聖王国デウス・エクス・マキナス。
そして……神聖騎士王アーサーが治める南部の国――神聖皇国セイントレッドドラゴン・ブリタニア。
二つの皇国は、僅かばかりの
⚫︎
「………………ぐ、…………あと、ちょっと…………もう、少し…………………………っ!!」
雲一つない
『
黒髪の少年の名は、アルルカイル。母親譲りの漆黒の髪に、父親譲りの紅き
「………………とと、取った!…………って!………………わわっ!あぶ、ねぇ………………ってばよ!!」
ごわごわした魔鳥の背の毛を左手で掴みながら、もう片方の手を力の限り伸ばし、ついに己の
しかして、それも束の間……魔鳥はニンゲンから手に入れたお宝を再び取り返されたと、暴れ狂い、高度1200メートル上空……宙空を乱高下する。
「わ、わ…………ちょ、っと…………!まて………………!うわぁぁぁ………………!!」
暴れ狂う魔鳥の飛行によって、背から振り落とされた
「が、がぜが………………!い、いでででで………………っ!」
銀灰の
まるで惑星フェリアスという世界が、
地表から舞い上がる
「…………?!き、キングダムソードが………………?!」
彼がしっかとその身に抱き抱えた
――
幼少期、義祖父と共に16年の間、山奥に建てられた煙突の煙る一軒家で、彼と二人きりで過ごした日々を
書庫に収められていた
⚫︎
「ぎゃいーん!どどどどど!」
煙突から香る川魚の焼ける匂い。
家の庭の切り株の上で黒髪の幼子――アルルカイルは、鎧甲冑の騎士人形と、角と尾の生えた黒い異形の人形を、両手で持って、無邪気に戦わせていた。
(…………小さい頃から、じぃちゃんとずっと二人で暮らしてて…………ともだちなんて、一人もいなかったんだっけ…………………………)
「クハハハ!!おろかなニンゲンどもめ!皆んなまとめてすてらりあんにしてくれるわ!!」
「まぞくどもめ!!我がおうこくさいきょうのせいけんをくらえ!じゃきーんどどどど!」
「ぐわあああ!やーらーれーたー!」
幼く小さな左手に持つ剣を構えた騎士人形が、片方の右手の黒い異形の人形を無造作にばしと弾く。右掌から零れた異形の人形は、切り揃えられた庭の短い草の原へと消えていった。
「ほっほ、……楽しそうじゃな、アルルカイルよ」
「じぃちゃん!!……うわぁー!!美味そうだなぁ!」
老賢者マーリンは、庭先のブランコの端……木製の真白いウッドテーブルに二人分の魚料理を置くと、黒髪の幼子の頭を、優しく撫でた。
「さぁ、飯にしよう」
長椅子に向かい合わせで座るアルルカイルとマーリン。二人は食前に一度手を合わせると、銀のスプーンで川魚の白身を割って、口へと運ぶ。
「…………じぃちゃん、」
「……なんじゃ、カイルよ」
「……おれさ…………もう、マーリンじぃちゃんがいなくても、一人でも……魚、取れるようになったよ」
「……そうじゃのぅ」
義祖父マーリンは、
「…………じぃちゃん……おれさ、ともだちが欲しい。もう……絵本も……一人で人形で遊ぶのも……魚取りも…………あきちゃったよ」
魚を解す手を止めて俯いたアルルカイル。涙を堪えたそのいたいけな仕草に、
彼の
耀星歴1024年、4月――
秋口の頃、
黒髪の少年が夢見た騎士王……冒険の旅に出ると、義祖父マーリンに誓った日。
桜舞う小春日和に、黒髪の少年は、義祖父マーリンからとある一振りの聖剣を託された。
「…………じゃあさ、行ってくるぜ、じぃちゃん!!」
「……ほっほ、アルルカイルよ……その聖剣キングダムソードは……お主の魂に呼応して、真の力を発揮する……聖剣の
「……それって、例えば、二階のベランダの屋根から、落っこちても……か?」
「ほほ、ああ」
――旅立ちの日。
森奥の一軒家で、老賢者と過ごした日々。
たった一人の家族――義祖父マーリンとの別れの日に聴いたその言葉が、
「……そうか!、…………分かったぜ、じぃちゃん!…………行くぞ!『
⚫︎
私は――何の為に生まれてきたんだろう?
記憶を、失くしてまで
私の心の片隅に刻まれた小さき未知の紅き影――『シャオ・クリムゾンハート』は…………
「お待たせしました」
宿場街ユハイル。
アレがない。
苛立った
「ちょっと」
「……はい?」
エマのその苛立った口調に自身の不始末を感じた女性店員は、恐る恐るといった所作で振り返り、声のした先……
「……この店は、ピッツァにタバスコすら付けずに、客に提供するのかしら?」
眉間に皺を寄せたまま、人差し指と中指でトントンと彼女の座る焦茶のテーブルを叩く女騎士を前に、女性店員は謝意を示そうと慌てて頭を下げた。
「も、申し訳ありません……すぐに、お持ちいたしますので……」
お団子頭の女性店員は
もういいわ、と機嫌を直したエマは、紅色のマグマの様な粘性の液体の入った瓶の蓋を開けると、少しばかり冷めたクォーターサイズのピッツァの上まで持っていき、そして、ゆっくりと上下に垂らした。右手でピッツァを持って一口食べた後、左手でブレンドの香る白いコーヒーカップを持ち、唇に付ける。蒸留したての珈琲の風味は、
(さて……これから、どうするか……)
白いコーヒーカップをゆっくりとソーサーの上へ置くと、
(……もう、戻る事はない…………けれど、行く当ても、目的も、何もない…………結局、私は、人として生きる意義を見出せないまま
(――アハハ、逃げるのかい?沢山の罪のない人をその剣で傷つけておいて、今更真っ当な人の道に戻れるとでも思っているのかい?)
暗部組織にいた頃、最期に聴いたその侮蔑の言葉が、孤独の道を往くエマという肉体に宿る心の芯を貫く。
「おい、アレ……見ろよ、赤髪の」
(……いいえ、そうね……私には、野垂れ死ぬ資格さえない……残された人生で、私がこの世界に生まれた意義を見つける……それが、私という肉体に宿った、自我の
バジルとチーズ、そして円を描く焼けたハムとトマトの乗ったピッツァに、彼女はさくと齧り付く。サクサクとした焼き立てのパン生地の食感と、タバスコの辛味と酸味が、鳴いていたエマの食欲を満たす。
木製のシーリングファンがゆっくりと廻る店内。テーブルを一つ挟んだ向こう側に座る別の客の、自らの噂話が彼女の耳に入るが、それも今の彼女にとってはお構いなしだった。
「……近頃、噂になってる。この間も、街道に現れたはぐれの魔獣を退治して、危うく魔獣に殺されかけた行商人を助けた、とか…………」
「赤髪の女騎士、か……だがしかし、何故、赤髪なんだ……?」
「大方、騎士王にでもなったつもりなのさ。何を考えてるのか知らんが、目立ちたいのだろうな……そんなカラーリングにして」
「赤髪の女騎士……確か半年程前までこの国にいたな。かつて騎士王が、『悪魔大戦』の最終決戦で谷底に落として無くした聖剣を探し、人を斬っていた奴が」
「いや……その女とは、別人らしい」
若木の木製のテーブルを二つ挟んだ斜向かいの席から彼女を盗み見る二人の男の姿。こそこそと自分の噂話をされてあまりいい気分にはならない。だが、かといって話をやめろとテーブルを立って怒鳴りつける程、彼女は暇人ではない。珈琲の湯気立つ店内の空間は、備え付けられた時空魔導のスピーカーから薄く響くジャズの音色で充満する。午後のひと時。その穏やかさを破ったのは、荒い息と、革靴の音だった。
「お、おい……!大変だ!ひ、人が……!人が……空から、お、落ちてきた…………!」
二階建の喫茶店の上階にいた赤髪の女騎士。静かで落ち着いた空間に
「……はは、なんだなんだ?おいおい、人が落ちてきた、だって……?まさか、
「いや、それが…………!あ、アレは、まさしく、15年前に見た騎士王の聖剣の
騎士王。
その
その音に、革靴男と話を聞いていた男も、気を取られる。
「な、なぁ、アンタ…………どう思う?身体を纏う
「…………そいつの特徴は?男?女?」
恐ろしい形相で革靴男を睨め付けるエマ。
鬼の剣幕で、更に怯える革靴男に、彼女は歩を詰め寄る。
「お、おとこ……だったぜ。まぁ、まだ大人って訳じゃなくて、十代の、若い、少年って顔つき、だったが……」
「……で、その
「……レジューヌ川を渡す大橋の真ん中で、今も、
(メイキョウ…………?あの、南東の…………)
「……教えてくれて、感謝するわ。ありがとう」
「あ、ああ…………?」
怯える革靴男に謝意を告げると赤髪の女騎士は、その場でまごつく二人の男を尻目にまだ熱の残る珈琲とピッツァを残して、急ぎ階下へと
⚫︎
「……ま、待てってばよ…………!!オマエってば、いきなし突っかかってきて……一体、何が目的なんだよ…………?」
レジューヌ川を渡す石畳の大橋の真中。
黒髪の少年アルルカイルと赤髪の女騎士エマは、何事かと騒ぎを聞きつけた見物人の輪の中心で、睨み合っていた。
否――睨みを効かせていたのは、
「15年前のあの『悪魔大戦』を終結させた……聖王国デウス・エクス・マキナスに在りし、史上最強の聖光魔導の聖剣……キングダムソード…………私はかねてから、その最強の聖剣を求めて、旅を続けてきた………………」
「……や、やらねーぞ……!!この聖剣は、俺のモンだ!俺には……夢がある!この聖王国最強の聖剣キングダムソードでもって、この聖王国……デウス・エクス・マキナスの騎士王になってやるって、……夢がな!」
「…………ッッ!問答無用と言ったッ!!」
(くっ…………?!こ、コイツってば、ホンモノの騎士……ってヤツか……?や、ヤベェ…………!俺には、騎士王になってやるって夢があるってのに、こんな所で、くたばる訳にゃ…………?!)
――宿場街ユハイル。
その中央通り。
街の中心部にある、今は廃業し、人の出入りのない三階建の古い
床に散乱した、割れた硝子窓が踏まれ、砕ける音。
神聖皇国、そして聖王国。『楽園の島』――ブリテン島北部と南部に
――『楽園』。
歓迎する罪なき人々の悲鳴を想像し、彼は口元を、邪悪に歪ませる。
「ククク、さて…………始めるか」
⚫︎
レジューヌ川を渡す大橋の石畳の真中で、赤髪の女騎士に真剣の試合を挑まれた
「な、何…………あれ…………?!」
「ば、ばくはつ…………?!じ、事故、か…………?!」
大橋の上からでもくっきりと見える、
これは――事故ではなく……悪人の起こした所業。
「お、おい……!……やべぇぞ!!直ぐに逃げ遅れた人を助けに行こう!きっと、悪人がいるはずだ!!」
「でも……!私の目的は……アンタの…………!」
「……ッ!今は、そんな事言ってる場合じゃないだろ?!俺達にしか悪人を退治出来ねぇってんなら、俺達がここにいたのも……運命だ!!」
黒髪の少年の悲痛なる
鬼気迫るエマの揺れる赤く長いストレートの髪。
黒髪の少年アルルカイルは、その長く揺れる赤髪を追う――
⚫︎
東通りのレジューヌ川を渡す石畳の大橋から西へ進んだ銀のアクセサリー等を売る露店が立ち並ぶ中央噴水広場。
突如、人の出入りしなくなった
暗黒空間が広がる
「た、助け…………ひぃぃ…………っ!!」
「クク、さて…………次は、お前だ…………!!」
黒装束の悪人は、その黒き右腕で、地面に倒れ、脚に怪我をして動けない若い女性の襟首をひん掴む。
そして、もう片方の左腕で、女性の腕に抱え守られていた幼い女の子の首根っこを無感動に掴み上げた。
「やめて!助けて!アナタ!ああ…………っ!!」
「おとうさん!おかあさんっ!いやーっ!!」
「……やめろっ!!妻と娘を離せーっ!!」
⚫︎
爆破魔導による破壊工作事件。
阿鼻叫喚の
「……何してんだ、てめぇーー!!」
「…………そこの悪人に聞くわ……自分が、何をしているのか……分かっているの…………?痛い目に遭いたく無かったら、今すぐに、そこの二人を離しなさい…………!!」
駆けつけたアルルカイルとエマ……二人の
「オメェらは……騎士、なのか……?頼む……妻と娘を……助けてやってくれぇぇ…………っっ!!」
楽しい家族団欒の買物の途中だったのか――?アルルカイルに助けを求めたその壮年の男は、片腕に抱え込んだ林檎の詰まった茶色の紙袋を抱えきれなくなり……力無くその場へと放り落とした。バラバラと転がり、その場に散らばる熟れた林檎。妻と娘を人質に取られた男はその目尻に涙を浮かべ、必死の形相で聖剣を持つ騎士、
「ああ……アナタ………………ッッ…………!!ァァ…………アナタ…………ッッ!!」
「おとうさん!!助けてっ!おとうさんっ!」
「――喜べ。お前達は、我が『楽園』の生贄となる」
「や、やめろ…………!!まちやがれ…………テメェ――――!!」
アルルカイルが
「アナタ、わた――――!!」
「おとうさ――――!」
壮年の男の妻と娘の声はそこで途切れ、二人は
「ジュ、ジュリエット…………ウメコ…………!!ああ、……ぁぁぁぁ……………………っっ!!」
直様、悪人が閉じた
そして、残された男が、その場に泣き崩れる音。
「――………………………………ッッ!!」
黒髪の少年アルルカイルの、ギリ、と固く奥歯を軋ませる音。
「…………おい。……コイツは、俺達で倒すぞ、赤色」
「………………ええ、そうね。許してはおけない」
息を合わせ、
「ぐっ………………?!」
「な、なに………………?!」
(これは――??……魔剣………………?!)
赤髪の女騎士エマは、黒装束の男の手繰る
魔剣。
行商人や、
この『楽園の島』に住む人々は、その魔導剣を、侮蔑の意味を込めて……『聖剣』ではなく、『魔剣』と呼んだ。
二人がかりで剣を振るうも、黒装束の悪人は、冷徹なる剣捌きで彼らへ剣を這わせ、流麗に躱し、そして、薙ぐ。
(チッ…………!やはり、コイツ……デスギルド………………!!)
「――赤色!!コイツも、聖剣持ってるぞ?!どうして…………?……グアッッ………………?!」
黒装束の悪人は、靴裏に重心を掛け、胆力でもって、自身の手繰る
魔剣は、アルルカイルとエマを聖剣ごと瓦礫の建築物の崩れた壁面へと弾き飛ばす――
「ヅッ…………ッ……!……魔剣…………!!――それは、罪なき人々を苦しめる
エマは、軋む両脚に力を込め、ゆっくりと立ち上がり、自身の聖剣の真の力を解放させる為、しっかと両掌で以て、その焔魔導の聖剣の
「……『
自身の
聖剣セットハートオンジファイアは、その剣身から業と、
「……ハァ、ハ――…………アンタは、下がってなさい…………!!その聖剣…………キングダムソードは、貴方には…………聖剣解放、出来ない………………!!」
(聖王国最強の聖剣キングダムソードは、15年前の『悪魔大戦』を終結される為に、
「…………待てってばよ、赤色!……俺にだって………………!!」
「――ハァァッッ………………!!」
アルルカイルが言いかけた言葉を待たずして赤髪の女騎士エマは、その焔魔導の聖剣の持つ必殺の『奥義』を撃ち出す為、聖剣を顔前に大きく構え、頭上へと振り被る。紅蓮に燃える聖剣セットハートオンジファイアの剣身は、煌々とその熱で、
「――我が奥義、……喰らいなさいッ!!――『燃やし尽くす紅蓮の
火炎放射された一条の
「ク……!そんなチンケな炎では、我は倒せん……!」
黒装束の悪人は、その刹那を見切ると同時――再び、取り出した時空魔導石を宙空へと掲げる。直様現れた
「チッ…………!!……時空魔導、か………………!!」
「……クク、ククハハハハ…………どうした?もう終わりか?若き赤髪の女騎士よ……?」
女騎士は、苦々しげに舌を打つ。自らの
「――どけ、赤色!――次は、俺がやるッ!!」
悪人を倒せない事による怒りに表情を滲ませるエマを庇う様にして、黒髪の少年アルルカイルは、黒装束の悪人の眼前へ。
「……無茶よ!!聖剣解放すら出来ないアンタみたいな
「……へへ、聖剣解放ならよ…………出来るぜ!!」
「…………??一体、どういう…………?」
黒髪の少年は、自らの所持する聖王国最強の聖剣キングダムソードを英雄然と自らの顔前へと構えると……騎士王か、その血筋……血族にしか聖剣解放出来ない筈の言の葉を、その場に響かせる様、天高らかに宣誓する。
「――『
途端――眩いばかりの蒼白き
キングダムソード。
あらゆる魔導の中で最上位の魔導――聖光魔導を内包するその聖剣は、アルルカイルの
(クク…………成る程、この少年………………騎士王の血筋、という訳か……………………)
「な……き、……キングダムソードの、聖剣解放――?!
黒髪の少年は、聖光魔導の聖剣の奥義を放つ為、両腕を頭上高く振り上げた。
「……お前だけは…………絶対、絶対、ぜってぇーに、許さねぇ…………!!」
「フ……フフ、フフククク…………!!許さない、か…………ならば、私をどうする?」
「……決まってる!!ブッ飛ばす!!――喰らえ!奥義!――『悪を滅する破邪の聖光』!!」
黒髪の少年のその一声と共に刹那の速度で放たれた蒼白く輝く一条の聖光の
「な…………ガ…………!!グ……お、
(あ、アレ――?!……なんだかいつもよりも、聖光魔導の威力が、増している気がする…………??)
黒装束の
「グッ…………己れ、貴様ァ…………!!よくも…………よくもォォ………………!!」
「……へへ、どーだ!!……参ったか!……降参するか?分かったんなら……とっとと攫った人達を返しやがれってんだ!!」
がくりと片膝をついた黒装束の悪人に対し、黒髪の少年アルルカイルは、焼け貫かれ、大穴の空いた右肩の奥に見える黒煙の空に向けて、その聖王国最強の聖剣の
「……クク、ククク…………喜べ………………!!貴様は、我が『楽園』には迎え入れられない…………我が、魔剣の奥義で、死の嘆きを与えてやる……『
魔剣解放。黒装束の男と、その手に持つ
「――私の名は『
「『
黒装束の男――『
「人心を支配し、意のままに操らんとする……この『
「孤独者…………だって……?」
孤独者。
黒髪の少年アルルカイルは、自身を揶揄したその侮蔑の言葉の意味を悪人……『
「……クク、お前の瞳は……孤独に塗れている。他者を知らず……人と人とが、道を交えながら生きている事を……絆を知らない瞳だ……!」
幼少期の頃……物心つく前から義祖父マーリンと共に暮らしたあの煙突の煙る一軒家が、少年の脳裏に鮮明に蘇る。
「……黙れ!!……お前なんかに、お前なんかに…………!……何が分かるッッ!!」
アルルカイルのその動揺を図星と取ったのか、『
「――クク、私は人心を理解し……掌握する者。分かるさ」
(……確かに…………俺は、ずっと独りで生きてきた……じぃちゃんは……いつも、俺に優しくしてくれた…………!でも……でも、本当は……俺は、ずっと――ッ!!)
「……死ね、『貴様に与えるは死の嘆き』」
「…………危ない、避けて!」
「ヅッ…………!!」
右腕に掛るその重い衝撃に、アルルカイルは痺れる右腕を左手で抑え、そして、呻く。瓦礫の地に放り投げられ、転がった聖剣キングダムソードは、カラカランと機械的な金属音を立ててくるくると踊り廻り、そして……赤髪の女騎士の脚元へと……辿り着いた。
「…………お前は…………、孤独でも、生きていけるのかよ…………」
「…………?クク、どういう意味だ?」
右腕を麻痺によりショートさせるその痺れにも
「……じぃちゃんの元を離れて…………冒険をして、知った……人と人が交わる道を……騎士王になるって、俺の夢を語ると、皆んな、決まって……俺を、笑った……馬鹿にした……俺は、世界を何も知らなかった…………!だけどよ……知って…………分かったんだよ…………!俺は、孤独で居たくない…………!心から信じて、ぜってぇーに裏切ることのない、本当の『ともだち』が欲しかったんだ……ってな…………………………!!」
(――心から信じて、裏切ることのない、『ともだち』……)
彼が吐露した
エマは、アルルカイルの元を離れて転がり、そしてカツンと音を立て右脚の
「……………………グァァッッ…………?!?!」
『
人心を掌握する者……『
その黒き仮面の奥に隠された読み取れない表情からは、冷淡な愉悦が……滲み出ていた。
「クク…………貴様の様な人と交わる事を知らない人間に、生きている価値などない…………それ、苦しくなって来ただろう…………?……あと、三十秒もすれば、お前はじき、死ぬ」
(グ……ぐる……じぃ…………!おれ、は………………っっ!!)
交わる事を知らないから、何だってんだよ――
それだけで、死ねって……そんな事、言われなきゃ、ならねぇのかよ――
俺は、誰とだって、仲良くやれる…………
こんな所で、俺の夢が断たれて…………たまるかよぉ――――!!
「――ハハハハ、ハハハハハハ!!」
(チッ…………!……全く、世話が焼ける――!!)
その悲惨なる光景を前に赤髪の女騎士は、自身の聖剣セットハートオンジファイアを直様腰付近の異空間へと仕舞うと、
「ガ…………ッ、あ、あがいろ…………!おれ、の……キングダム、ソード…………どうする、気、だよ…………ッッ………………??」
「――アンタは、孤独じゃない。私がアンタの夢を、笑ったりなんかしない…………だから、アンタが、あの悪人を止められないのなら…………なら、今度は私が……この
『
「……………………??…………止めてやる…………、って……………………どう…………やって……………………ッッ??」
(……俺が、聖剣解放出来るのは…………
キングダムソードの真の力……聖剣解放は、騎士王ローランか、その血族、血筋の者にしか、聖剣解放をさせる事は出来ない……この場で聖剣解放出来るのは、騎士王の息子であるアルルカイルだけ――
神聖皇国生まれのエマに、キングダムソードの聖剣解放は不可能。
しかし――
「『
エマの右腕から、彼女の頭上高く放たれた
「な、なん、だと……………………??……グ、…………貴様ァ………………!!その聖剣を…………キングダムソードを、使いこなせる血筋の
赤髪の女騎士エマが放ったその紅蓮の
『
「な、なんで……………………?!どうして………………!ど、どうなってんだよ…………?!赤色……オマエ、まさか………………俺の姉ちゃん……とか…………??」
騎士王……または、その血族でない者のキングダムソードの聖剣解放。
先程とは、まるで立場を逆にしたアルルカイル。
赤髪の女騎士――エマ。
彼女は、そんな黒髪の少年に対して、
「……アンタみたいな出来の悪い弟、要らないわよ」
「赤色……オマエ…………………………?!」
「……………………ハァッ!!」
聖光魔導の聖剣キングダムソードの
聖剣と魔剣の
しかして、剣術を行使するエマのその圧倒的な技量の剣筋に圧された『
「ハァ…………ハァ…………!グッ………………!女、キサマァァァ……………………!!」
(グ………………フ、…………この場は、ここまで、か………………!!)
窮地に立たされた『
「――待て!!………………逃げる気?!」
「……クク、今回は、見逃してやる。紅蓮の女騎士よ」
黒装束の
「――少年。……名は、何という?」
『
「…………テメェみてぇな悪党に、教える名はねぇけどな…………!!あえて、教えてやるよ……俺は、いずれこの国の騎士王になる男――アルルカイルだ!」
「……クク、ククハハハ…………!!騎士王とは、笑わせる………………良いだろう。次に貴様と会う時は、我がこの世を混沌に陥れる時だ。その時には……この右肩の怨恨、万倍にして返してやる――!!」
捨て台詞を吐き捨て、『
事件の首謀者を
「や、やった……のか…………?」
「……ふぅ、なんとか、ね…………」
エマは
「……………………ヅッ…………ッ!!」
「ど、どうしたんだってばよ…………?!」
ガクリ、と、力無く倒れ込む赤髪の女騎士。
「ハァ………………ハ、…………思ったより、ヤツの…………『
魔剣ロストオブファンタジア。
暗黒魔導……触れた者の心に邪悪なる
「…………ッ!!…………待ってろ、赤色……俺が今…………傷を治してやる…………!!」
黒髪の少年がその掌を翳すと、淡く白い光の輝きが、
他者治癒魔導。
少年は、その魔導を……赤髪の女騎士へ行使した。
「…………これ、は……治癒魔導…………?」
(――驚いたわね……他者治癒魔導…………!コイツ…………なんの『
傷付いた他者の肉体を癒す他者治癒魔導――
しかして黒髪の少年は、生まれ持って、魔導師にしか扱える筈のないその他者治癒魔導を持っていた訳では、無い。
「…………へへ、俺はよ、無限に在る『
「………………は?…………ハァ………………?!生涯で一度きりって…………な、なに、それ――――?!」
(そんな奇天烈奇想天外な魔導師、聞いた事が――!)
「な、なら………………アンタは、生涯でたった一回きりの他者治癒魔導を、私の為に……………………?」
悪人を退け、安堵する少年と少女。
『
少年は、
「ハァ………………あ〜〜……………また俺の魔導、使っちまったぁ………………!」
(コイツ――)
その生涯で……ただの一度きり――
黒髪の少年は、彼女に対して行使してしまった
(…………初めて、他人ってモンが分かったしな!)
黒髪の少年は前を向く。
少女エマはやれやれとばかりに、黒髪の少年アルルカイルへと、優しく、情を持って、声を掛ける。
「…………騎士王の息子、だったのね。貴方――」
「……あ、おう!俺は、アルルカイル!……長いし、呼ぶ時は、……カイルでいいぜ!」
「…………ハァ、暑苦しい
この先の行き先を彼女に尋ねられた
「――王都へ向かう!!俺の夢は、
「――笑わないわ、アンタの夢」
「お、お、おう………………?」
それは、この聖王国を統治する、騎士王になる事。
アルルカイルにとって初めて出会う、自らの夢を笑わないと言うエマの、真剣な表情。
その
「……エマ」
「え?」
「……私の名前、名乗られたからには、ってね。私の目的は、アンタの持つ聖剣キングダムソードを、悪用されない様にする事…………いいわ。アンタが騎士王になるってんなら、私はその夢に、ついていってあげる」
「…………えと、それって」
「……分かんないの?『ともだち』になる、って言ってんのよ」
そして――
「あくしゅ――それも、知らないの?」
「あ、ああ……そっか…………!……へへ、えとさ、これから……宜しくな、エマ!」
(――私は、組織の裏切り者…………けど、
聖王国最強の聖剣キングダムソードの所持者――アルルカイル。
そして、神聖皇国暗部組織を裏切った赤髪の女騎士――エマ。
少年は……騎士王の息子だった。
彼の子供じみた壮大な夢……成功するかは、彼の努力次第。
聖王国最強の聖剣キングダムソードは、騎士王の血族にしか聖剣解放する事は叶わない。
血族でない赤髪の女騎士が何故聖剣解放する事が出来たのか――?
それは、いずれ物語が進む先で……語られる事になるだろう――
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