幕間 偽装の片鱗と作戦会議

 続き

――――――――――――――――――――――

 【猟犬の召喚獣】に先導されて、【脱兎】は通路に並ぶ部屋の内の一室へと入る。


 中には【蘇芳】と【粉擬】の他に、妙に嫌悪感を感じさせる、焦げ茶色の変わった全身タイツの様な物を纏う見知らぬ男がいた。


 周りに屍体が転がっている事は気になるが、少なくとも敵対している様子は無く、寧ろ何かを教えられている様に見える事から、【脱兎】は、男がこちらの協力者か、其れに近い味方だろうと当たりをつける。


 自身に気付いて顔を向け、片手を上げる【粉擬】を見て、内心の安堵を僅かに零した薄い笑みを浮かべて、【脱兎】は【粉擬】の元へ向かう。


 「お、来たか。【脱兎】」

 「そっちも無事で良かったよ。【粉擬】。


 所で、其処にいる彼は誰だい?」

 「あぁ〜……、そうだな……、【Dr.アレク】って奴で、どうやらボスの知り合いらしい」

 「ッ!?


 ……へぇ、流石に其れは予想してなかったよ」


 視線を宙に彷徨わせた後に、特に上手い言い方が思いつかなかった様子で【粉擬】が告げた、目の前の男が自身の上司との繋がりがあるらしい事に、【脱兎】は瞠目して驚きを露わにする。


 直ぐに元の薄い笑みに戻った【脱兎】は、興味深そうに、何やら【蘇芳】と手元の何かを見合って話し合っている【Dr.アレク】へと横目に視線を向ける。


 ――眼が合った。


 まるで、【脱兎】の視線が向いた事を即座に察知した様に、直感的に確信する程に、顔は手元に向けたまま、死んだ魚の様な淀んだ半開きの黒眼だけを上げて【脱兎】へと向けていた。


 【脱兎】の背筋に怖気が走る。


 無意識に臨戦体勢に入ろうとした身体を、直前で抑え込もうとするも、完全には抑えられずに左脚が半歩下がり、手がピクリと跳ねる様に動く。


 其れを見て、面白そうに口角を吊り上げた【Dr.アレク】は、何かを手渡しながら、何事かを【蘇芳】に囁くと、【蘇芳】は頷いてから1分位、手元の何かに視線を落として呟いた後に【脱兎】の方に向き直って、持っていた物を差し出す。


 「?【拳銃・・】か?」


 【蘇芳】は其の言葉に頷く等の反応は示さずに、緊張を孕んだ真剣な表情で、紅以外の色彩・・・・・・を帯びた紅の眼で・・・・・・・・【脱兎】を見たまま、黙って差し出し続ける。


 取り敢えず、受け取らないとどうしようもないと判断した【脱兎】は、一先ず差し出された拳銃を受け取ると、観察を始める。


 (マガジンが見える・・・・・・・・細長い筒状の・・・・・・透明な銃身に・・・・・・引き金か・・・・。……透明?其れにマガジンはこんな・・・・・・・・形だったか・・・・・


 ……いや、見た所、特に可怪しな所は無い。……筈なのに・・・・何処か違和感がある・・・・・・・・・


 明確に何処とは云えない。云えないが……、何と云うか、感覚にズレがある・・・・・・・・?)


 手の中にあるのは、確かに・・・拳銃・・の筈なのだ・・・・・。其の筈なのに、まるで全く違う物・・・・・・・・を持っている様な・・・・・・・・……?


 「……撃ってみて」

 「?……分かった。其処の屍体で良いよな?」

 「うん」


 先程から纏わり付く原因不明の違和感に首を傾げながら、一応実弾が装填されていても良い様に、適当な屍体に向けて銃口を向ける。


 右手の親指以外で銃身を握り・・・・・・・・・・・・・親指を銃身・・・・・の後ろにある引き金・・・・・・・・・に置いて・・・・軽く押す・・・・


 カチッと軽い音を立てて、……其れだけだ。マズルフラッシュと硝煙を噴き出して乾いた銃声が鳴り響く事も無ければ、当然、銃弾が発射される事も無い。


 マガジンで装填するオートマチックなので、恐らく無意味だと思っていたが、一応の試しにと更に数度、引き金を引いて射撃を試みるも、当たり前の様に、銃弾が銃口から放たれる事は無い。


 最初から、銃弾が装填されていない拳銃だったのか?と思うも、そんな物を渡して射撃を試みさせた理由が分からない。何より、【拳銃】を持った時から感じ続けている違和感は何なのだ?


 其の様子を見ていた【Dr.アレク】は、満足気に軽く数度頷くと、観察する様に見ていた【蘇芳】へと顔を向けて話し掛ける。


 「どうやら、一応は成功しているみたいだな。尤も、違和感は感じている様ではあるがね?」

 「……まだ、甘いって事?」

 「付け焼き刃にしては、上々の出来とも云えるがね。まぁ、課題と云えば、確かにそうではあるが。


 或いは、類似した形状の物・・・・・・・・ならば・・・完全に通用したかもな・・・・・・・・・・?」

 「お前が、まさか人に気を使えるとは思ってなかったよ」


 【粉擬】の本心からだろうと分かる意外そうな台詞に、【Dr.アレク】は心底心外だとでも言いたげに、態とらしく肩を竦める。


 「失礼な奴だな。


 まぁ、良い。解除しろ・・・・

 「分かった・・・・


 不満気な表情をした【蘇芳】が頷いて手を強く叩く。


 次の瞬間、【脱兎】は右手に持つ【ボールペン・・・・・】を見て、先程聞いた【Dr.アレク】とボスとの繋がり以上に驚いて、緩んだ手からボールペンが床に落ちた。


 「量産の安物とは云え、大切にして欲しいんだがね」

 「あ、済みません。……今のは?」

 「彼女の本来の能力の一例さ。


 因みに君の姿は、他の者からは格好付けてボールペンの先を、其処の屍体に向けて、ペン先の出し入れを繰り返すって云う、割と滑稽な姿に映っていたよ。うん、録画でもしておけば良かったわ」


 クスクスと肩を揺らして嗤う【Dr.アレク】の言葉に、【脱兎】は額に青筋を浮かべて口角を震わせる。正直云って、割と本気で頭にきていた。


 だが、今は其れよりも【蘇芳】が見せた力について詳しいだろう、目の前の男から情報を得る方が先決と考える事で、どうにか超え掛けた沸点から感情を落ち着かせて、出来る限りの冷静になる様に努める。


 「……其れで、詳しい説明はして戴けるので?クソ野郎」

 「初対面の相手になんて酷い呼び名だろうね?


 まぁ、構わないよ。要するに、其のボールペンに、【拳銃】と云う情報ミームを被せて誤認させただけさ。取り敢えずは、ボールペンが君の中では【拳銃】になっていたって感じかな?


 恐らく、ペン先を出し入れする為の尻の部分を、【銃身を発射する為の引き金】だと脳内で辻褄合わせの為に無意識に書き換えて整合性をとったのかな?で、同じ様に中の芯を【弾倉マガジン】、周りのカヴァーを【銃身】だと擦り合わせた訳だろう。


 因みに、私は【此のボールペンに、拳銃だと云う認識を被せろ】としか言ってないからね」

 「……一応、私がそう想像して能力を使ったから、其の影響もあるかも」

 「らしいぞ?兎に角、一応は成功らしい」


 【Dr.アレク】の嗤いながらの解説に、【脱兎】は癪に障る物を感じながらも感心する。仮に、此のビルの中で【蘇芳】の能力を初めて見て、こんな応用を可能にさせたのだとしたら、彼の観察眼と分析能力は目を見張る物であると云えよう。


 或いは、一通りの情報を事前に自分等のボスから伝えられていたのだとしても、違和感は残していたものの、其れで看破出来ない様な偽装を付与させる事を可能にさせた事実は、評価せざるをえない。


 「まぁ、後は訓練と経験次第だろうね。偽装させる情報や認識が、緻密で強固である程、研ぎ澄まされて、相手に深く刺さる致命の暗器になるだろうよ。或いは、自身の存在や痕跡を消し去るマントかとな?」


 能力の使い方の方向性を示すヒントだろう言葉を、【蘇芳】は真剣な表情で聞き、指針として胸に刻む。


 【脱兎】が他にどの様な事が出来る様になったかを【蘇芳】に尋ねようとして、近付いてくる足音に気付いて入り口を見る。


 「待たせたな」


 黒い外套の裾を揺らして、硬い靴底で床のタイルを打って向かってきた【猟犬】は、一言そう言うと、扉を閉めてから四人が集まっている場所に来る。


 【猟犬】は左手に持つ、魔導書特有の精神を犯す様な気配を放つ、金字のラテン語でタイトルを刻んだ、暗褐色の装丁の古びた分厚い本を掲げると、前置き無く話し始める。


 「【グラーキの黙示録 ⅩⅢ巻】は回収したが、想定外の事態が発生した。其の上で、此の後の作戦を話し合いたいと思う」

 「ふむ、個人的な予想の中で最悪なのは、やはり【手取り足取り】と【管理番号:2091】こと【蝿王の私生児共】の共生化なのだが、どうなのかね?」

 「分かって言っているだろ?……正しく其れだ。


 そもそも【手取り足取り】の解放自体が想定ではあったが、其れでも、上手く誘導して他の【収容対象】や侵入者と接触さえさせずにいられれば問題なかったし、【管理番号:2091】の方も、予定では《門》を通して【イゴーロナク】にぶつけて消耗させるつもりだった。


 だが、劣勢……いや、もはや壊滅に近付いていた【鎮圧部隊】による進行を遅延させながらの撤退行動によって遭遇し、苦肉の策としてぶつけ合わせた結果、【手取り足取り】の身体を巣として差し出し、【管理番号:2091】が喰らった【魔力】を提供する形で手を組んだらしい」

 「成る程、手下を得たのか。蛆共も移動する巣を得られて利害が一致した訳だ。


 【イゴーロナク】の事を考えると、【緋色の女帝スカーレット・エンプレス】は使えないし、面倒な事になったね」


 ヘラヘラと嗤う【Dr.アレク】を見下ろす【猟犬】は、自身の中に【猟犬の召喚獣】を取り込みながら、眉間に皺を寄せて幾つかの【銀の銃弾】が入ったケースを右手で差し出す。


 「【銀の銃弾】の錬成を頼む」

 「おや?君が既にしたんじゃないのかい?」

 「元々の予定なら兎も角、俺のでは純度と精度が足りないし、何よりお前の【眼】なら、方向性も確かだろうが。


 ……【イゴーロナク】に【手取り足取り】をぶつけて消耗させられると思うか?」

 「少なくとも、手を取り合う事は無いだろうが、互いに相手を背中から刺し殺すつもりで表向きの協力関係を結ぶ可能性はある。


 それに、片方が斃れても困るしね・・・・・・・・・・・

 「……確かにな」

 「?どうして?相手が片方だけになったら、楽になると思うんだけど」


 【Dr.アレク】の言葉に、何か知っているらしい同意した【粉擬】に、二人の反応の理由が分からない【蘇芳】が不思議そうに尋ねる。言葉には出していないが、表情からして【脱兎】も疑問に思っている様に見える。


 「普通なら・・・・そうなんだがな。


 ……【猟犬】や、其処の【どっちつかずダブルクロス】も、恐らくは最終的に斃れるとすれば、【イゴーロナク】だと思っている筈だ」

 「何で?さっきの蛆が手下になったとしても、神格を相手にして斃せるとは思えないんだけど」

 「そうだねぇ……。


 理由としては第一に、【イゴーロナク】の依代には基本的に装甲は無く、又、肉質による軽減も無く物理的な損傷を与えられる。とは云え、大元である精神体としての【イゴーロナク】には其れは全く影響は無いけどね。


 問題は第二の理由である、【手取り足取り】と【管理番号:2091】の特性なんだよ」


 【Dr.アレク】はタイツの内側から、一枚のふだを取り出すと、縦に裂く。


 分かれた札の間の空間が揺らぐと、中からタブレット端末が出現し、重力に引かれて落ちる其れを、【Dr.アレク】が受け止める。


 直ぐに起動させた其れに、素早く何かを打ち込むと、【Dr.アレク】は【脱兎】に画面が見える様に差し出して不穏に嗤う。


 「報告書以前のメモの様な物だ。参考程度にはなるだろうさ」

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 【管理番号:2091】

 メタタイトル:【蝿王の私生児共】

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 【リスクレベル:Danger】

 【特殊分類:N/A】

 【拡散度:4】

 【精神干渉力:Pure white】

 【現実干渉力:Lime green】

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 其の姿は単体で見れば、通常の範囲内の大きさの、乳白色の身体に、薄っすらと黒い点と線の模様がある、頭部が黄土色っぽい蛆だが、其の脅威を挙げるとすれば、群体である事、悪食性、そして異常な増殖能力の三つだろう。


 意識や認識を群体全体で共有した【管理番号:2091】は、群れ全体が流動性のある大きな個であると云える。


 群れが拡大する程に知能も向上し、数の暴力で自身よりも格段に大きな獲物に纏わり付いて全身を貪り喰らう事を可能とする特性は、其れだけでも十分に脅威足り得る。


 其処に拍車を掛けて脅威度を跳ね上げさせるのが、其の場にある悉くを喰らう悪食性と、其れで得たエネルギーを使って行う無性生殖だ。


 基本的な物質だけでなく、空間すらも喰む悪食は、当然、物理的な収容を困難な物にする上に、捕食した物質をより多く取り込む為に空間を貪り、体内の空間を拡張させる特性を持つ。


 其の特性を応用した擬似的な《門の創造》による空間移動や、吐き出した空間量の変動による破壊攻撃は間違いなく、遭遇した者に甚大な被害を与え得る。


 無性生殖に至っては言わずもがなだろう。生半可な対処では、其の数を減らす以上の増加によって、呑み込まれ兼ねない。


 対処法として、早期に液体窒素等によって凍結させて粉砕する事を推奨されているが、其れが出来ない状況ならば……

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