幕間 偽装の誤認

 続き

――――――――――――――――――――――

 三人と二体は幾つかの通路と非常階段を進み、部屋の一つに入っていた。


 三方の壁一面に規則正しく並ぶ、【管理番号】が刻まれた無機質な無数の鉄扉は、ロッカーと云うよりも、銀行の貸金庫の様な印象を受ける重厚さがある。


 ……問題は所々に開けられた扉があり、明らかにまともな死因では無い屍体が転がっている事か。


 「ようこそ、我が玩具箱へ。まぁ、寛いでくれ給えよ」

 『つまらねぇ〜ジョークだな』

 「酷い言い草じゃないか、【犬っころ】」


 気楽に自分の部屋にでも招待する様に戯ける【Dr.アレク】と【猟犬】の掛け合いに、【蘇芳】と【粉擬】はどう反応したものかと戸惑いながら見回す。


 「で?【イゴーロナクの手像】だっけ?」

 『嗚呼、素材に丁度良い・・・・・・・からな』

 「平然と破壊宣言するじゃんか。と云うか、【緋色】様がいるから要らねぇと思うがね」


 二人で話しながら鉄扉の一つの前に立つと、【Dr.アレク】は設置されている端末に必要な情報を打ち込んで解錠する。


 開かれた鉄扉の先の収容庫に鎮座するは、黒い台座に載った、天を掴もうとする様に五指を広げて、うねる舌の伸ばす醜悪な口が開いた掌を上に向けた白い粘土像。


 エントランスに顕現した悍ましき邪神と比べれば残りカスの様な程度ではあるが、纏わりつく様な熱と湿気を伴う悪意と、精神を蝕む様な気配は間違い無く、彼の邪神と同質な物であると断言出来る。此れが、【イゴーロナクの手像】と呼ばれる代物だろう。


 「……当然だけど、本物みたいね。其れをどうするの?」

 『今言ったが、素材にするんだよ』


 【蘇芳】の言葉にそう答えると、【猟犬の召喚獣】は舌を伸ばして巻き付けると、其のまま口内へと戻して呑み込む。


 「え!?喰った!?」

 『騒ぐな。


 そして、何、収容庫に私物を入れているんだ?お前は』


 短くそう言うと、【猟犬の召喚獣】は、鉄扉の一つから工具箱を取り出して、平然と転がっている屍体の一つを椅子代わりにして座り、【多腕の大型マネキン】の下顎を砕いた【吸衝充填式13型穿杭殻】を左腕からを取り外して弄り始めた【Dr.アレク】に近付きながら、呆れた声で其れに突っ込む。


 「良いだろ?権限・・はあるんだし」

 『お前の担当施設・・・・・・・じゃねぇ〜・・・・・だろうがよ』


 そう言うと【猟犬の召喚獣】は、【吸衝充填式13型穿杭殻】の外装を取り外し、内部にドライバーを突っ込む【Dr.アレク】の纏うタイツの触角の先を起点に、身体を靄化させて移動していく。


 「やっぱり、便利だよね。アレ」

 「……もしかして、俺に話し掛けているのか?」

 「?そうだけど?


 あ、其処のお嬢さんに言った可能性もあるのか」


 顔を上げずに話し掛けてきた【Dr.アレク】に、【粉擬】は周りを見回した後に、自身に言っているのか尋ねる。


 対する【Dr.アレク】は其れを不思議そうに肯定して、直ぐにもう一人いたなと納得する。


 呼ばれた【蘇芳】は手持ち無沙汰な上に、下手に動いて床に転がる先人達の仲間入りはしたくないので、取り敢えず【Dr.アレク】と【粉擬】の近くに寄る。


 「まぁ、こっちは向こうがやる事終わるまで、現状は待機だからね。仲良くしようぜ。


 ――【九頭竜・・・間者スパイ諸君・・


 平然と何でもない様な自然さで告げられた、自身が所属の名前を聞いて、二人の表情が緊張で強張り、直ぐに動ける様に構える。


 「あんた、気付いて……ッ」

 「おいおい、そんなに殺気立つなよ。おっかないじゃないか」


 口ではそう嘯きながらも、微塵も恐怖した様子も無い【Dr.アレク】は、飄々として【吸衝充填式13型穿杭殻】の内部に敷き詰められた歯車やピストンを弄り続ける。


 「本当に落ち着けよ。


 私は君等と違って・・・・・・神話生物・・・・でも・・、【魔人・・でも・・、【特異体質者・・・・・でも無い・・・・只の・・非力な人間・・・・・なんだぜ?」


 未だ警戒を解かずに自身の一挙手一投足を注視している二人の気配が感じ取り、【Dr.アレク】は手を止めると苦笑しながら顔を上げ、【粉擬】、【猟犬の召喚獣】、【蘇芳】の順に視線を向けて、困った様に肩を竦める。


 其の意味深な視線の動きを見て、二人は自身の能力や正体を看破されている事を理解する。


 【蘇芳】と【粉擬】は、目の前の男が自称する、自身が異能や人ならざる存在では無いと云う発言を全く信じていない。


 そして、当然【Dr.アレク】は気付いている。


 「疑うなら、君等のボス・・・・・に聞くと良いさ・・・・・・・。此処から出られればの話だがな」

 「は?」

 「え?」


 故に、敢えて何でもない様に、【蘇芳】と【粉擬】の最高位の上司との繋がりを匂わせる発言をする。


 突然、自分達が所属する組織の頂点に君臨する人物を話題を出されて戸惑う様子を見せる二人を笑いながら、【Dr.アレク】は中心から伸びる、杭を挟んで固定しているレールを緩め、ペンチを使って中の杭を取り出す。


 「……あんた、ボスとどんな関係だよ」


 絞り出す様に【粉擬】が【Dr.アレク】に問うと、【Dr.アレク】は強力な一撃を放って尚も欠ける事無く、根元に螺旋が刻まれた杭を満足気に見た後に答える。


 「【終戦の探索者・・・・・・の生き残り・・・・・


 昏く空虚な眼を薄く開き冷笑する【Dr.アレク】は、其れだけを言うと、手元の作業に戻る。


 【蘇芳】は其の表情に不気味の物を感じてゾッとしたが、はぐらかしている様な答えを聞いて、分かり易く説明しろと言う為に一歩前に踏み出そうとした。


 其れを【粉擬】は肩に手を置いて制止する。


 【蘇芳】が【粉擬】の顔を見ると、先程以上に強張った顔で踏み込むなとでも言いたげに首を横に振る。


 何処か覚悟めいた雰囲気を宿すアーモンド色の双眸を見た【蘇芳】は、踏み出した足を戻して追求を止める。


 「なら、あのエレベーターに現れた奴は、やっぱり【虛號の遺産・・・・・】か?」

 「いや、【信奉者・・・の模造品・・・・さ」

 「……そうか。


 ……では、お前は何だ・・・・・?」

 「其れは既に答えたと思うがね」


 入れ替わる様に前に出た【粉擬】の緊張を孕んだ問いに、【Dr.アレク】は手元の装備を弄りながら、大した事でも無い様にあっさりとしていながらも、冷たさを感じさせる声音で答えていく。


 【蘇芳】は装備を弄り続ける【Dr.アレク】と、明らかに様子が可怪しい【粉擬】を交互に見るも、出てきた単語の意味が分からない為に、何を言えば良いか分からずに戸惑うしか出来ない。


 一方で、単語の意味を理解している【粉擬】は、信用出来るかは分からないが、少なくとも自分達のボスと何らかの繋がりがある可能性は高そうだと判断した。同時に、敵対すれば自分達に勝ち目は無いだろう事も。


 一通りの整備が終わったのかブラシを使って埃か何かを落とした【Dr.アレク】は、外装を取り付けながら、何かを思い出した様子で【蘇芳】に顔を向ける。


 「そう云えば、あんた【白瀬】、だったか?」

 「……そうだけど?」

 「いやね?実は、此処に来る前に君等のボスに、ちょっとした【頼み事・・・】って奴をされた事を思い出してね」

 「頼み?貴方に?」

 「そうそう」


 外装を取り付けた【吸衝充填式13型穿杭殻】を目視や、装着して腕を動かす事で確認しながら、怪訝な表情で自身を見る【蘇芳】に、その【頼み事】を答える。


 「確か、【【白瀬】って云う部下の能力を見てくれ】だったか?偽装系って聞いているが、合っているかね?」


 【蘇芳】はどう答えて良いか分からずに、【粉擬】の方を見る。


 【粉擬】は悩まし気に顔を顰めて低く唸り、渋々と云った様子でゆっくりと首を縦に振る。


 「……えぇ、そうよ」

 「そうかそうか、まぁ、見ていたから知っていたけど」


 【蘇芳】は何だ、コイツ?と内心で思うも、一瞬眉がピクリと動いた程度で、其れ以上顔に出す事を何とか堪える。と云うか、見ていたと云う事は、侵入した一番最初から見られていたらしい。


 「でだ、確か君は《魔術》が使えないらしい」

 「だから何?」

 「おい、少し落ち着け」


 【Dr.アレク】に最も触れられたく無いコンプレックスに触れられて、苛立たしさを抑えられずに其れが声に乗ってしまい、【粉擬】に其れを窘められる。


 其れを気にする様子も無く【Dr.アレク】は続ける。


 「結論から云うと、《魔術》を使えないと云うよりも、《魔術・・の行使を阻害する・・・・・・・・要因がある・・・・・訳さ。


 そして其の要因とは、間違い無く君の【千姿万恰トイシェン】と呼称される【特異体質】だ」


 確信している事を示す様に断言した【Dr.アレク】を、仮に上階の吹き抜けか、監視カメラ越しに見たとして、果たして此処まで確信出来る程に正確に分かる物なのかと、【蘇芳】は訝し気に見る。


 【粉擬】は其の横で、《魔術:記憶を曇らせる》を行使する準備を整えながら、【Dr.アレク】の言葉の続きを待つしか出来ない状況に歯噛みする。


 其れ等の様子に気付いた上で、問題では無いと無視して、【Dr.アレク】は自身の仮説を語り始める。


 「先ず前提として、【千姿万恰トイシェン】は【自身の姿を偽装し、苦痛等の心身へのダメージで解除される能力】と聞いていた。


 現状は正しいだろうが、其の程度で《魔術》の行使が出来なくなるなんてデメリットは、余りにも大き過ぎると云える。


 《魔術》には、他者の持つ力を借り受けて行使する物や、現象に干渉して引き起こす物等、幾つか分類出来るが、私の見立てでは其の一切が行使出来ないんだろ?」

 「……えぇ、そうよ。今まで一度たりとも、自分では《魔術》を使えた事は無いわ」


 悔しそうに顔を歪めて俯く【蘇芳】を、【Dr.アレク】は指を指して続きを語る。


 「つまりは、《魔術》を行使出来ない程の【何か】が、君の【千姿万恰トイシェン】に存在する。


 いや、正確には、【《魔術・・の行使が不可能になる・・・・・・・・・・と云う・・・代償・・を課される程に強力な能力・・・・・・・・・・・・】と考えるべきだろうね。


 恐らく、今の【千姿万恰トイシェン】として発現している能力は、其の表層と云うか、氷山の一角程度だろうさ」


 愉しげに語られる【Dr.アレク】の考察は、二人、特に自身の能力を、【別の人間の姿の幻影か何かを被せる】だけの物だと認識していた【蘇芳】にとって、実は能力の片鱗に過ぎない物だった等、完全に予想外の事であった。


 「うん、纏まってきた。


 ――其れでは、続けようか」

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