幕間 神の本質。緋と黝の会話

 続き。そして、前回の終わりに発生した戦闘はキンクリします。


 あ、メインの三人の出番ねぇーです

――――――――――――――――――――――

 【イゴーロナク】と【顔喰らいの犬影とその囁かれる眷属】のエントランスでの戦闘は、正しく死闘と呼ぶべき物だった。


 【イゴーロナク】はその巨躯と《魔術》、そして目眩ましや妨害の為に【従者の召喚】を、【顔喰らいの犬影とその囁かれる眷属】は、自身が所持する【奪い取った頭部を知識庫兼、残機とする権能】と【犬と人のどっちつかずの霊的実体や眷属の召喚】、そして【自身を転移させる能力】を用いて、互いの肉体を削りあった。


 「………………ッ!!」

 「ハァ……、ハァ……、ハァ……ッ!!」


 そして身体から力が抜けて崩れ落ちたのは――


 「………………ッ!?……ッ」


 ――【イゴーロナク】だった。


 白熱するぶよぶよと膨れていた肥満体は、幾つもの深い裂傷を刻み込まれて、鋭い牙や人間の歯によって肉の多くを抉り取られて激しく欠損し、どす黒い体液や臓物らしい物を溢している。


 対する【顔喰らいの犬影とその囁かれる眷属】も、仮にも神格を相手にして、無傷なんて事は当然無く、殆どの【残機】を消費し、その上で顔や身体に自然治癒不能の化膿する抉れた傷や、巨体相応の膂力から繰り出される強力な打撃による衝撃で、内臓に深い損傷を受けて、満身創痍であった。


 【イゴーロナク】は力を振り絞る様に身体を痙攣させながら、助けを求めるかの様に腕を上げ、荒い息を吐き、ふらふらと止めを刺すべく近付いてくる【顔喰らいの犬影とその囁かれる眷属】へと、指が全て欠損し、体積を大きく減らした掌を向ける。


 「ッ!?何する気だ!?」


 【顔喰らいの犬影とその囁かれる眷属】は、まだ何かする気か?と歩みを止めて、これから起こるだろう何かを警戒する。


 次の瞬間、【顔喰らいの犬影とその囁かれる眷属】の全ての負傷が消失する・・・・・・・・・・


 「…………何でこんな事をした?」


 【顔喰らいの犬影とその囁かれる眷属】は当然、其れに気付くと何のつもりだと【イゴーロナク】を見る。


 「………………」


 【イゴーロナク】は、もう腕を上げる力も無いのか、うつ伏せに倒れたまま、身体を浅くゆっくりと上下に揺らすだけだ。


 【顔喰らいの犬影とその囁かれる眷属】は、その姿を見て、最早【イゴーロナク】は戦うどころか、このまま力尽きるだけだろうと判断する。回復してきたのは、自身を斃した者への報酬か何かだろうか?


 「?何だ?」


 其処で、【顔喰らいの犬影とその囁かれる眷属】は【イゴーロナク】から何かが聞こえる事に気付く。


 耳を澄ませると、どうやら掌にある口が何か言っているらしい。


 【顔喰らいの犬影とその囁かれる眷属】は、せめて遺言位は聞いてやるかと近付いて、――其れでも一応は騙し討ちを警戒して、手を伸ばしても届かない程度には離れた場所で――耳をそばだてて、【イゴーロナク】から聞こえる【其れ】に聞き耳を立てる。


 ――正直云って、【顔喰らいの犬影とその囁かれる眷属】は完全に、油断していた。


 【イゴーロナク】は正しく死に体の瀕死であり、自身は騙し討ちされたとしても対処出来るだろう程度には距離は取っているし、【残機】は失ったままだが【イゴーロナク】によって身体は万全の状態になっている。


 今更、自身の勝利は揺るがないと慢心していた。だからだろう――


 「――【■■■■■■】?」


 ―― 愚かにも・・・・其れを口に出して・・・・・・・・しまったのは・・・・・・


 「ッ!?グッ……!?ガァ!?何、がッ!?ッ……ア゙ァ゙ッ!!」


 死に行く事を示す様に崩れ始める、倒れ伏す【イゴーロナク】の掌にある口が醜悪に歪んで嗤う。


 ――回復させた理由?簡単じゃないか。だって、――


 「――ガァ゙ッ!?止ベ、ロッ!!入ッデ、グルナッ!!ガッ!!ギァ゙ア゙……!!」


 ――だって・・・折角なら・・・・使う器は万全・・・・・・な物にしたい・・・・・・じゃないか・・・・・


 ―――――――――――――――――――――

 先ず、始めに云っておくが、【イゴーロナク】と云う神格は、両掌に口のある白熱する肥満体の無頭の巨人……では無い・・・・


 そんな姿は、彼の神格の最も目撃されている姿でしか無く、数多ある姿の側面の一つでしか無い。


 【イゴーロナク】の姿は、顕現する為の・・・・・・受肉する器・・・・・によって変化する・・・・・・・・


 大凡おおよそ、【無頭の白熱する肥満体】と【口のある手(足)】と云う要素は共通するが、その見た目は、元となった器を変質させて不格好に肥大化させ、【本来の姿】を被せた様な代物でしか無い。


 更に云えば、【イゴーロナク】の神格としての本質的な実体は、上記の様な状態・・・・・・・に肉体を歪める・・・・・・・程に強大な精神寄生体・・・・・・・・・・である。


 故に、受肉している肉体がどうなろうとも、本当の意味で【イゴーロナク】を打ち倒した事にはならない。


 更に云えば、洗脳でも思考誘導でも、其れこそ偶然でも構わないが、自身の【真名】さえ口にさせれば、その瞬間に対象を次の器として乗っ取り、容易く復活する事が出来る為、暫定的な肉体の死等は【些事】でしか無いのだ。

 ―――――――――――――――――――――

 【顔喰らいの犬影とその囁かれる眷属】は苦悶に顔を歪めて、その場で転げ回る。


 体毛が脱落していき、その下にある肉が沸騰する様にボコボコと膨れていく。


 口からは赤黒い泡を吐き、目鼻からは流血して、水に落ちた蟲の様に四肢をバタバタと激しく暴れさせる。


 自身の内部に何かが侵食していく。


 魂が嬲る様に少しずつ削られていき、自我がその分、自身では無い何かへと塗り替えられていく。


 頸に激痛が走る。痛い、痛い、イタイッ!!


 引き千切れる様な、捩じ切られる様な、握り潰される様な、切り落とされる様な、……兎に角、様々な頸を断つ痛みが襲う。


 「……ガ……ァ゙……ッ……」


 自身の人格が食い荒らされていく。最早、断末魔の声すらも碌に出はしない。


 此れこそが、愚かにも忌まわしき冒涜なる神格に逆らった愚者の末路。


 魂を穢され、貶められ、冒涜され、陵辱され、踏み躙られるしか、先は無いのだと【イゴーロナク邪神】は嘲笑う。


 嗚呼、やはり、コイツの悪徳は甘美である。やはり、器としての資格はあったと、肉体を乗っ取りながら満足気に嗤う。


 そして、魂を貪られて残った肉体は、更に変質していく。


 骨が軋み、捻くれ、肉が千切れ、歪んでいく。


 完全に体毛が抜け落ちた身体は、白熱しながら肥大化していき、その過程で絶望と苦悶に歪められた頭部が脱落して、床を転がる。


 膨れ、捻じれ、歪み、変形していった結果、現れたその姿は、先程までの無頭の巨人と呼ぶべき姿と比べれば、どちらかと云うと、その前傾姿勢な様から、ゴリラや、肥満体の類人猿的な印象を受ける物だった。


 四肢は堕落的な贅肉だけで無い、筋肉らしき筋のある隆起があり、曲がった指先には太く、鋭い白濁した鉤爪が生えている。


 いつの間にか、現れていた無数の【従者】共は、偉大なる主の再臨を祝福するかの様に、手を叩き、金切り声の様な耳障りな鳴き声を上げる。


 最早、エントランスに立つのは、悍ましき【悪徳と倒錯を齎す神イゴーロナク】とその【従者】のみだ。


 この瞬間、確かに彼の者共は、自身等の栄華を確信していた。その光景が、存在しない眼に映っていた。


 ――其れを・・・エントランス・・・・・・の隅にある角・・・・・・から見ている・・・・・・者がいるとも・・・・・・知らずに・・・・

――――――――――――――――――――――

 【?階】


 「――何て事になっているみたいだな」

 「成る程。面倒な事になったねぇ……。


 と云うか、【管理番号:2076】喰われてんじゃん。どうしよ?」

 「知るかよ。俺は部外者だぞ・・・・・・・?」


 【緋色のローブ】の人物は、向かい合う黒い裾長の外套を纏い、フードを目深に被って俯き顔を隠す青年らしき男の報告を聞いて、言葉通りに面倒な事になったと溜息を吐く。


 「だよねぇ〜……。


 ……なぁあんた・・・殺ってくれ・・・・・ないかい・・・・?」

 「一応はお前の管轄だろ・・・・・・・・・・?【緋色の女帝スカーレット・エンプレス】殿?」

 「そうだけどねぇ〜。なら、もうちょい手伝ってくれよ。見逃すからさ・・・・・・

 「……チッ」


 【緋色の女帝スカーレット・エンプレス】と呼ばれた【緋色のローブ】と相手の男は、互いに面倒そうな怠さを感じさせる雰囲気で、【神格イゴーロナク】の相手を押し付けようとする。


 【緋色の女帝】は、フードの下で紅い眼を男に向け、戯けた感じで威圧を掛けて脅すと、男は流石に相手にしたくは無い様で、舌打ちで応じる。


 【緋色の女帝】は、紅い口紅が上品に見える様に塗られた口の端が軽く上がると、困った様に肩を竦める。


 「こっちだって、あんた等【獣】と事を構えたい訳じゃないんだよ?


 でも、流石に今回の面倒事は、あたし独りだと時間が掛かっちまうからね」

 「でも、出来ない訳・・・・・じゃないんだろ・・・・・・・?」

 「まぁね。でも、可能ならさっさと終わらせたいじゃないか」

 「……確かにな。


 ――なら、せめて雇えよ・・・


 男は苦笑して、一転して真顔でやらせるなら、せめて仕事として依頼しろと告げる。


 「おいおい、中々に強気じゃないか。


 まぁ、良いよ。神殺し補佐・・・・・200・・・

 「当然、だろ?」

 「だよ、馬鹿垂れ。充分だろ?」

 「神殺しの手伝いが200万とか、悲しい程に安い命だな」


 ニヤリと笑い合って交渉する姿は、悪友同士のじゃれ合いの様な、ある種の和やかさすら感じさせる雰囲気を感じさせる。


 「まぁ、先ずは此処の続きから・・・・・・・だろうがね」

 「【アレ等・・・】は幾らだよ?」

 「100で良いでしょ?」

 「湿気てやがるぜ……」


 二人は【其れ等】に、やっと眼を向ける。


 「ヒギャアアアアアアアアアアアアアア!?」

 「喰われる!!吸われる!?」

 「何でこんな所に【ティンダロスの猟犬】が!?其れも群れで出て来るんだよぉ!?」

 「銃弾が来る!?何処だ!!次は何処からだ!?」

 「助けてくれ!?血が!!血が無くなる!!」

 「「「クスクスクス」」」


 【?階】にある【倉庫区画】は阿鼻叫喚の坩堝にあった。


 ある者は、【ティンダロスの猟犬】の亜種・・・に精神を貪られ、或いは生ける腐毒に肉を蝕まれる。


 ある者は、不可視の【星の精】に奇襲されて、生きたまま血を吸われ続ける。


 ある者は、【倉庫・・一帯に広がった・・・・・・・あおぐろい亀裂から・・・・・飛来する銃弾・・・・・・に撃ち抜かれる・・・・・・・


 更に、既に身体中に裂傷を刻み、血と精神を啜られて絶命し倒れ伏す、巨躯を持つ異形の【其れ】は、【博物館に展示される怪】とも呼ばれる邪神の一柱・・・・・【ラーン・デゴス】。


 この数十分後、【倉庫】内で生命活動を行っている者は、たった二人しかいなくなった。

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