幕間 【獣】との邂逅

 続き

――――――――――――――――――――――

 【粉擬】と、【蘇芳】を背負う男は、近くにあった非常階段を登って5階に移動していた。


 全力で駆けていた所為で、両膝に手を付いて荒い息を吐く【粉擬】を、【蘇芳】を背負ったまま同じ様に走っていたにも関わらず、軽く息が上がった程度の黒い兎耳のパーカーを着た男は、呆れた様に見下ろす。


 「君、【ショゴス・・・・】なのに貧弱過ぎない?」

 「ゼェ、ゼェ、ゲホッ、ゲホッ!!


 ……仕方ないだろ。殆ど人間・・・・みたいな物・・・・・なんだからよぉ」


 寧ろ、涼しい顔しているお前が可怪しいんだと眼で文句を言う【粉擬】を無視して、男は背負う【蘇芳】に眼を向ける。


 「で、そろそろ動けそう?」

 「……うん、ありがとう。【脱兎】」


 まだ、完全には調子を取り戻してはいない事に気付きながらも、男――【脱兎】は、【蘇芳】を背中から降ろすと、周囲を警戒しながら【粉擬】に尋ねる。


 「そっちはどうだった?


 と云うか、【白瀬】は見逃されてたんじゃなかったの?」

 「遅れて来ただけだったよ。畜生。


 取り敢えず、出口は未だ見付からず、頭を二度も吹っ飛ばされたわ」

 「何やってんのさ。


 こっちは、……う〜ん、まぁ、蟲に追われたり、ちょっと取引・・・・・・したりしてた」

 「取引?【何と・・】?」


 【誰】とは聞かない。相手が人ならざる存在である可能性は、この世界にいる時点で少なくないのだから。


 「【】の構成員が居てね。【頭首トォウ】名義で、協力を依頼した」

 「【獣】の構成員がいたのか!!と云うか、何サラッと【頭首】名義でやってんだ!?」


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 【獣】。


 ペット探しや護衛、果ては傭兵活動等、簡単に云うならば、荒事も出来る何でも屋の様な組織だ。


 非常に高い依頼達成率と、然し受けるかどうかは、提示された金と、受け手のやる気で決まるとされる、何とも評価が難しい組織であり、その始まりは【平成の二・二六事件】と呼ばれる、国会襲撃事件を引き起こした自衛隊及び警察の襲撃犯の【裏切り者】達だと云われている。


 表向きは・・・・、帝国主義への回帰を謳う軍事クーデターの様な事件であった其れは、当時の国会内で警備をしていた者達と【裏切り者】等、そして後に合流した参加していなかった自衛隊や警察職員によって、鎮圧されたとされている。


 真実は兎も角、少なくとも、其れが鎮静化した後に設立されたのが、【獣】と云う訳だ。

 ―――――――――――――――――――――

 兎に角、その【獣】と出会い、取引したと言う【脱兎】は、二人にその取引内容を伝える。


 「まぁ、金を払うから、【粉擬】と【白瀬】を含めた三人が脱出する手助けと、其れ迄の護衛をしてくれってね」

 「なら、当の【獣】は何処にいるんだよ?」

 「なら、先ずは見付けてから呼べって言って何処かに行っちゃってね」


 肩を竦めた【脱兎】は、スマホを取り出すと画面を操作して、恐らくは【獣】の構成員に電話を掛ける。


 「もしもし、どうも、さっき契約した【脱兎】ゆーもんですが」


 【脱兎】は軽い調子で通話している相手に名乗るが、


 「……え?契約の変更ですか?さっき結んだばっかですよねぇ?」


 通話の相手から、いきなり想定外の事を伝えられたのか、【脱兎】の顔が怪訝な物になる。契約の変更と言っていたが……。


 「……は!?【緋色スカー――】……ッ!?


 ……ふぅ……。


 と、あぁ……、まぁ、はい、其れはぁ……、はい、分かりました」


 【脱兎】が驚愕の余りに大声を上げ掛けて、堪える様に数秒黙り、小さく息を吐くと、なんとか落ち着いたのか、戸惑う様な歯切れの悪い受け答えをする。


 「……あぁ〜、はい、成る程?まぁ、其れならまぁ……。う〜ん。」


 困った様に眉根を寄せて、悩みながら通話する【脱兎】の様子を見ながら、【粉擬】は壁に寄り掛かって蹲る様に座って俯く【蘇芳】に話し掛ける。


 「まだ調子戻らねぇ〜のか」

 「……御免」


 顔を向けるどころか上げる事もせずに謝る【蘇芳】に、【粉擬】はガシガシと頭を掻くと、どう言った物かと考える。


 そもそも、自分達は本来なら、変装能力を駆使して潜入して、情報を入手出来れば離脱するだけの、荒事は想定外の諜報チームだ。


 当然、完全に無縁とはいかない可能性はあるので、相手の注目を集めた上で、高い機動力で撹乱する事が出来る【脱兎】が居るのだが、其れはぶっちゃけ戦闘能力が人間の範囲内程度である【蘇芳】と、其れよりはマシ程度の【粉擬】を逃がす時間を稼ぐ事が出来る程度で、火力で相手を打ち倒す様な役目では無いのだ。


 そんな裏方的な役割で活動していて、直接的且つ致命的な脅威と遭遇する経験が少なかった【蘇芳】にとって、いきなり死地に閉じ込められた上に、【邪神イゴーロナク】の顕現や【人面犬変態犬親父】に襲われ掛けた事による精神的負荷は非常に大きな物だったのだろう。


 だが、このままの状態でいつまでもいられれば、致命的な隙となって【蘇芳】自身や、【粉擬】や【脱兎】も下手すれば死ぬ様な事態になり兼ねない。


 故に、どうにか立ち直って貰わないと困る訳だ。


 「いい加減にしろよ。いつまでも蹲っていられたら迷惑だ」


 【粉擬】は、敢えて冷たい声音で突き放す様に思ってもいない事を言う。


 「……ハハッ、そうだよね。本当に御免」


 影の差した煤けた笑みを浮かべて、自嘲する【蘇芳】の姿は痛々しさを感じさせて、【粉擬】は苦虫を噛み潰したように顔を顰める。


 「お前は飄々として周りを掻き回す様な奴だろうが。何、座り込んでんだ。さっさと立てよ。此処から出ないといけないんだぞ」

 「…………」

 「……立ってくれよ。立って動かないと、どうにもならないんだぞ」

 「……分かっているよッ!!でも、


 ……?何、この臭い……?」


 【粉擬】の言葉に、【蘇芳】が感情を爆発させて反論しようとした時、鼻を突く様な悪臭を感じ取る。


 腐臭の様なその臭いは直ぐに濃さを増していき、吐き気を感じさせる程の濃密さへと変わっていく。


 辺りを見回して、いつの間にか通話を終えていた【脱兎】が、差し出す様に持ったペンの先からあおぐろい煙の様な物が溢れ出して床へと落ちていく。


 其れは広がる事無く積み重なる様に留まって高さを上げていき、人一人程の高さになると、煙が拡散する様に晴れて、中から黒い裾長の外套を纏い、フードを目深に被って俯き顔を隠す青年らしき男が姿を現した。


 男は金と黒の眼で、辺りを確認する様に見回すと、【脱兎】へと向き直る。


 「連絡してきたって事はコイツ等か?」

 「そうそう、この二人が私の仲間達です。問題無いですよね?」

 「あぁ。でだ、先程伝えた件・・・・・・についてだが」

 「分かってますよ。【探し物・・・】ですよね?」

 「そうだ。――」

 「おい、アンタが【獣】か?」


 【脱兎】とやり取りしている男の言葉に被せる様に、【粉擬】が会話に割り込む。


 男は眉を顰めると、面倒臭さを隠す様子も無く、機嫌の悪さを感じさせる幾分か低くなった声で答える。


 「あぁ、【獣】に所属している【猟犬ハウンド】だ。先に言っておくが、無意味な問答はする気はないぞ」

 「……コイツをどうにか出来るか?」


 【粉擬】はそう言って、膝を抱えたまま顔を上げて、どう云う表情を浮かべれば良いのか分かっていない様な微妙な表情でこちらを見ている【蘇芳】に顔を向ける。


 男――【猟犬】はチラっと【蘇芳】に視線を向けると、【粉擬】に視線を戻して肩を竦める。


 「お前は、俺を心理療法士カウンセラーか何かと勘違いしているのか?生憎と精神分析カウンセリングは専門外だよ。


 お前自身でやるか、其処の依頼人か本人、又は時間にどうにかして貰え」


 【蘇芳】に対して、自身に出来る事は無いと、呆れ混じりに答える【猟犬】に、【粉擬】は何かを言おうと一歩前に踏み出して口を開き、何も言わずに踏み出した足を戻して視線を顔ごと下に逸らす。


 「話を戻すぞ。


 さっきも伝えたが、不本意ながら、別の依頼人クライアントが出てきてしまってな。幸いな事にそちらの依頼と並行して行う事が可能な内容だったが、俺自身による護衛が不能になった上に、そちらにも【協力】して貰う事になった訳だ。


 其処は大変、申し訳ないと思っています。済みませんでした」


 言い訳じみた内容にも聞こえるが、三人に向けて腰を折り、真摯に頭を下げている姿は、一応の謝意は感じられた。


 「まぁ、相手が悪いのは間違いないですからね。


 其れで、確か【探し物】があるとか」

 「あぁ、そうだそうだ。其れが【協力】に繋がるんだよ。


 【イゴーロナクの手像】と【グラーキの黙示録 ⅩⅢ巻】を見付けてきて欲しい。


 注意点なんだが、【手像】はその場で破壊して構わないが、【グラーキの黙示録 ⅩⅢ巻】は破壊せずに回収して欲しい」

 「そう云えば、さっきも言ってましたね。何故ですか?」


 【猟犬】は面倒そうな表情を、幾らかの愉しげな笑みに変えると、小さくクックッと嗤い声を漏らして答える。


 「神殺しの切り札・・・・・・・さ」


 【猟犬】の頬に走る黝い靄を燻らせる罅割れから、溢れ出る様に量を増して噴き出す靄が、朧気ながらも輪郭を持ち、鋭角的な結晶体の鱗や爪牙を持つ四足獣じみた姿を形成する。


 三人が知識として知っている物と比べれば小柄で、存在感も小さく感じる【其れ】は三体程現れると、それぞれ一人につき一体になる様に分かれる。


 「コイツ等を護衛に付ける。本来の一匹狼である【原種】よりは一体一体の能力は低いが、群としての連携で不足は無い筈だ。何かあれば、向かう。


 ……頼んだぞ」


 そう言うと、【猟犬】は湧き出す靄で全身を包み込み、通路にある角へと吸い込まれる様にして消えて行く。


 其れを見送った【脱兎】は、肩を竦めると申し訳なさそうな顔を作って、【粉擬】と【蘇芳】に顔を向ける。


 「そう云う訳だから、【探し物】しようか。勝手に決めて御免ね?」

 「いや、まぁ、良いんだが……」


 【粉擬】は【蘇芳】を見る。その視線に気付いた【蘇芳】は、大きく溜息を吐くと、ゆっくりと立ち上がる。


 「大丈夫よ。いつまでも、膝抱えて座り込んでいられないしね」

 「……そうだな。


 其れで、本当に探すのか?」

 「其処にいる御目付役の眼の前で、知った事か!!なんてして問題ないと思うならしても良いと思うよ?


 僕は絶対にやらないけどね」


 【粉擬】だって本気で【探し物】を見付ける事を放り出すつもりはなかったが、そんな事を言われれば、顔の一つだって顰めたくなる物だ。


 チラリと【其れ御目付役】を見れば、何を考えているのか分からない金色の眼を【粉擬】に向けて、口だろう裂け目から、赤くうねる先端が鋭い針の様になった細長いしたを揺らしている。


 数秒程、苦悩する様に黙って、苦い物を口に含んだ様に口を歪めて、眉根を寄せて眉間に皺を寄せると、諦めた様に其れ等を緩めて深々と溜息を吐いた。


 「冗談だよ。【白瀬】が動けるって云うなら、さっさと行こう。どうせ、安全な所なんて無いんだしな。


 まぁ、直ぐに見付かってくれると有り難いんだがね」


 苦笑する【粉擬】につられる様に【脱兎】も笑う。そして、じゃあ、探しに行くか、となった所で、ふと浮かんだ疑問を【脱兎】に尋ねる。


 「で、その【探し物】は何処にあるかの目星とかはついているのか?」

 「えっ?」

 「さぁ?流石にこの建物の何処かにはあるとは思うけどね」

 「……マジかよ……」


 ……どうやら苦労しそうである。

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