幕間 地獄めいた悪徳なる虐殺劇。そして色欲犬

 続き


 ボス戦(メインの登場人物不参加)

――――――――――――――――――――――

 暫しの休息で多少は落ち着いた【蘇芳】と【粉擬】は、通路の左右を確認してから、姿勢を低くして吹き抜けへと向かう。


 花壇の裏から慎重に顔を出して、先にあるエントランスを見下ろす。


 血や体液が飛び散ち、人や生物の手脚や臓物、何かの部品や残骸が転がるエントランスで、バーコード禿の、一糸纏わぬ肥満体を晒した中年男性が、【武術月棲獣】や【蜥蜴人間】を含む、現在までの死闘を潜り抜けた強者だろう者達に囲まれている。


 それぞれの得物や、其れに引けを取らない爪牙等が向けられて、普通なら、囲まれている中年男性が自身にほぼ確定で訪れるだろう死に怯え、恐慌するか、絶望で自暴自棄になって、命乞いでもするだろう。


 しかし、中年男性はむしろ余裕綽々とした下卑た笑みさえ浮かべており、包囲している筈の者達の方こそ、余裕は無く、張り詰めた緊張感と幾らかの恐怖が感じられる。


 「ゴミ共が、神を相手にその程度で勝てると思っているのか?」


 自身を取り囲む者達を見回しながら嘲ると、肩位の高さで掌を上に両手を上げて、心底面白いとでも言いたげに哄笑する。


 同時に、中年男性の身に変化が起こる。


 内側から何かが流れ込む様に、ボコボコと皮膚が波打つ様に盛り上がり、痙攣しながら肥大化していく。


 小汚い黒ずんだ肌色は白くなっていき、骨が軋み、肉が断裂する音を鳴らして、白熱した様に蒸気を放ち始める。


 唯一、其れ等の変化が伴っていなかった頭部は、盛り上がる肩や首の肉で激しく揺らされ、沈み込んでいっていたが、前触れ無く跳ねる様に浮かび上がると、そのまま分離して床に転がる。


 全身を汗と血で濡らした、ブヨブヨとした白熱する無頭の巨人と呼ぶべき姿の【其れ】は、上げていた掌を返して正面に向ける。


 掌に一筋の裂け目が現れたかと思うと、其れは上下に開き、中にあった黄ばんだ乱立する鋭い歯と、長くうねる唾液で濡れる舌があらわとなる。


 ――【尊厳を汚し貶める者】

 ――【貪る口の手】

 ――【小悪党の司祭を騙る者】


 今、この瞬間、【【悪徳と倒錯を齎す神】イゴーロナク】がエントランスへと顕現した。


 邪神が顕現した事で、不浄なる神気オーラが、えた汗と腐敗した血の鉄錆じみた生臭い悪臭に、名状し難い濃密な香気が、膨大な湿気を帯びた熱気として放出される。


 足元の影から小さな無数の手が伸びると、溢れ出る様に、ボロボロのローブのフードを目深に被った、妙に肉付きの良い奇形児の様な【イゴーロナクの従者】が現れて数的不利を埋めていく。


 取り囲む者達が、増大していく脅威に一歩退くも、野放しにはしてはいけないと、誰かが合図する訳でもなく、一斉に襲い掛かる。


 ――其れは、余りにも一方的だった。


 【イゴーロナクの従者】一匹一匹は、その見た目通りに大凡おおよその身体能力は、【武術月棲獣】や【蜥蜴人間】を含む討伐隊の者達と比べれば大きく劣っているだろう。間違っても、正面から戦えば雑魚だ。


 しかし、その数に加えて、次々と銃撃から主を護る肉盾となり、或いは波濤の様に襲い掛かり、手脚に組み付いて行動を阻害しに掛かる【従者】が、犠牲を払いながらも重りとなって討伐隊を絡め取る。


 【イゴーロナク】は、そうして動きを鈍らせた討伐隊の内、前方に立つ四体の【武術月棲獣】を、雑に横薙ぎに振るった右腕で弾き飛ばす。


 その剛腕から繰り出される圧倒的膂力により、纏わりつく【従者】諸共、【武術月棲獣】は吹き飛ばされて床に転がり、動かなくなる。


 向きを変えると、空いた左手で【武術月棲獣】の一体の頭を掴み、握り潰す。


 赤紫色の鮮血を噴き出して絶命した【武術月棲獣】の屍体を、大きく振り被って、後方で銃を構えようと悪戦苦闘する者や、何とか《魔術》の詠唱をしようとする者達へと投げ付ける。


 投擲された屍体は、砲弾の様な速度で彼等に到達し、被害を増やす。


 その後も、【従者】によって拘束された討伐隊を蹂躙していく。


 ある者は、蹴り飛ばされて、吐血して床に転がる。


 ある者は、掴まれると掌に開いた口で生きたまま貪られる。


 ある者は、握り締められた拳を振り下ろされて、床に血液や体液を撒き散らす事になった。


 正に地獄絵図の様な一方的な鏖殺。其れを成した【イゴーロナク邪神】は、抵抗すら出来ずに斃れた愚者共を嘲笑う様に両手の口を歪めて、泡立つ唾液を零す。


 「嘘……だろ……!?」

 「何で神格なんて出て来てんだよ……ッ!?」


 其れを上から見ているしか出来なかった【蘇芳】と【粉擬】は、視線を外す事が出来ないまま、掠れた声を漏らす。


 【イゴーロナクアレ】には勝てないと本能的に理解する。


 気付かれてはいけない。気付かれたら、次は自身が無惨な最期を迎える事になる。


 恐怖で身体が震える。心臓の音が嫌に耳に響く。


 どうか、気付かないでくれと祈るしか出来ない【蘇芳】の背後から・・・・


 「よぉ、嬢ちゃん。おっちゃんとイイ事しねぇ〜か?」


 そんな気の抜けた低い男の声が聞こえて、二人は反射的に振り返る。


 其処には、いずれの種の様にも、しかし何れの種とも違う様にも見える大型犬の物らしき胴に、髪が申し訳程度にしか無い、ニヤニヤと嫌らしく嗤う、浮腫むくんだおっさんの頭部が付いた【人面犬】と呼ぶべき姿の何かが立っていた。


 「な、何――」

 「――野郎が口開いてんじゃねぇ〜よぉ」


 【粉擬】が何か言おうとした瞬間、【人面犬】が軽く屈んだかと思うと姿が消え、次の瞬間に、何かが弾ける・・・・・・音と共に・・・・、【粉擬・・の頭部が消失する・・・・・・・・


 近くには【粉擬】の頭部だったであろう、砕けて中身がぶち撒けられた残骸が広がり、其れをしただろう【人面犬】が、舌打ち混じりに吐き捨てる。


 【粉擬】の残された胴体が倒れる。


 【人面犬】はそんな物に興味は無いとばかりに視線を【蘇芳】に向けると、鼻の下を伸ばしてゆっくりと数本近付くと、飛び掛かって【蘇芳】を押し倒す。


 受け身も取れずに倒された【蘇芳】は、腹部に重みを感じて頭を持ち上げて見ると、興奮で顔を紅潮させて、舌を垂らして荒い息を吐く【人面犬】が、腹部に乗り、欲情に塗れた澱んだ眼を胸元に向けていた。


 余りの気色悪さに鳥肌が立ち、身が竦む。


 「うぇっへっへっ、やっぱり、女の身体は良いなぁ〜。柔いねぇ〜、柔いねぇ〜。でも、服が邪魔だよなぁ〜?」


 【人面犬】は前脚で【蘇芳】の胸を弄びその感触を愉しむ様に踏みながら、嗜虐的に愉しげに嗤っている。


 「なぁ、舐めて良い?良いよなぁ〜?嫌とは言わねぇ〜よなぁ〜!?」

 「――嫌に決まってんだろ、エロ親父がッ!!」


 【人面犬】が舌を伸ばして、身を乗り出し、【蘇芳】の顔に自身の顔を近付ける。獣臭さと加齢臭が入り混じった様な悪臭が鼻を突き、【蘇芳】は顔を少しでも遠ざけようと背ける。


 後少しで【蘇芳】の頬に【人面犬】の舌が届くと云った所で、【粉擬】の怒声と共に、胸元にあった重みが消える。


 顔を向ければ、五体満足の【粉擬】が【人面犬】の尻尾を掴んでハンマー投げでもする様に振り回し、吹き抜けの向こうへと投げ捨てている姿があった。


 「テメェ、化け物こっち側かよ!?クソがッ!!」


 【人面犬】は、今度は憤怒で顔を赤黒く染めて、空中で即座に体勢を立て直すと、恐るべき事に見えない床でもあるかの様に、こちらに向かって跳躍してくる。


 「ぶっ殺――」

 「されちゃ困るんだよねぇ〜」


 飛び掛かってくる【人面犬】の横っ面を、黒い兎耳のパーカーの上に、外套の様に炎を纏う男が足先で蹴って、【人面犬】が軽く怯んだ隙に反対の脚で禿頭を踏み付けて、【蘇芳】と【粉擬】のいる通路に飛んで着地する。


 「クソッ垂れがぁあああああああああああああああッ!!」


 【人面犬】が、怒りで胴体の毛を逆立たせ、顔に幾つもの青筋を浮かばせて、血走った眼を向けて、唾を飛ばして吠え猛る。


 「臭い覚えたぞ!!ぶっ殺してやるからな!!絶対に嬲り殺してやるぞ!!ボケがぁあああああああああああああああ!!」

 「だってよ?」

 「言ってる場合か。離れるぞ」


 【人面犬】の呪詛めいた怒声に対して、纏っていた炎を消して、興味なさそうな顔でそんな事を言う男に、【粉擬】は呆れた様に、そんな場合では無いと返す。


 「はいはい。【白瀬】立てる?」

 「……御免、無理」

 「おぉ?《魔術》に悪態付かないなんて、結構精神的に来てたみたいだね。


 ……しょうがないか」


 倒れたまま、首を緩く横に振って力無く其れだけ返した【蘇芳】の様子に、男は軽く瞠目すると、仕方なげに薄く笑って、【蘇芳】の腕を持つと、身体を反転させて背負う。


 「で?何処行くの?」

 「此処から離れた所だ」


 【粉擬】と【蘇芳】を背負った男は、少し前に【粉擬】と【蘇芳】が通った通路へと進んでいく。


 その背後にある吹き抜けの下、エントランスでは……、

――――――――――――――――――――――

 「巫山戯やがってぇええええええええええええ……ッ!!」


 【粉擬】と黒い兎耳のパーカーの男に叩き落とされた【人面犬】は、性的な意味でも食料としても美味そうだった女を味わう事を、男二人に退けられた屈辱から無尽蔵に湧き上がる怒りで、先程までいた3階の通路を見上げ、唸る様に赫怒の言葉を吐く。


 そんな【人面犬】に【イゴーロナク】は新たな獲物玩具が来たと、【従者】をけしかけながら、膨れ上がった贅肉を揺らして歩み寄る。


 そして、一斉に【従者】が【人面犬】へと飛び掛かった瞬間、


 「――んだぁ~?テメェ等?」


 【人面犬】が苛立たし気に振り返る。同時に・・・殺到していた・・・・・・従者・・が全て・・・不可視の何かに・・・・・・・抉られ・・・、或いは食い千切られた・・・・・・・様に削り取られ・・・・・・・て絶命する・・・・・


 【人面犬】――【正式名称:【管理番号:2076【顔喰らいの犬影とその囁かれる眷属】】】は、ただでさえ不愉快な事があったばかりなのに、更に鼻が曲がりそうな悪臭とゴミが絡んできた事で、激怒していた。


 「ゲロみてぇ〜な味がしやがるな、クソッ垂れめッ!!つぅ~か、臭ぇ〜んだよ、ボケがッ!!肥えた野郎の裸何て、お呼びじゃねぇ〜んだよッ!!死ねッ!!」


 唾を吐き捨て、【イゴーロナク】に向き直って、怯むどころかキレ散らす【顔喰らいの犬影とその囁かれる眷属】は、自身の権能を使って、先程惨殺した・・・・・・【混血種】と同様に【イゴーロナク】を始末する為に歩み寄る。


 対する【イゴーロナク】も、【従者】を一瞬で葬った【顔喰らいの犬影とその囁かれる眷属】が出現させた・・・・・精神構造実体霊的実体】を超常的な感覚器官で認識すると、【従者道具】では幾ら数を集めても無意味と判断する。


 そして、【顔喰らいの犬影とその囁かれる眷属】が資格を持っている事を認めて・・・・・・・・・・・・・、自らの手で屈服させる為に直接、相手をする事にした。

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