第16話 観と考を以て、解と焉へ
同じ人物に複数の呼び名が使用されております。【豹ヶ崎】=【濱家】、【一】=【佐宮】
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【豹ヶ崎】は【支給端末】を取り出し、撮影した【部屋】の画像を確認する。
見た所、画面に映る【部屋】の状態は、記憶にある物と変わらない。
今までに得た情報を加味して、あの【部屋】で回収出来なかった物や、【グラウハイム305号室】内の異常の解決策について考える。
【薬品棚】に関しては、正直云って実際に確認しない限り、何も分からない為に後回しにするしか無い。
【実験机】の上にあるビーカーは、今いる【リビング】にある【解体設備】にある装置の、空いている場所に嵌め込めそうに見える。だとしたら、利用法は血液の採取だろうか?
他の道具も自身の作品の為の材料の調合等に使っていたと推測は出来るが、あくまでも可能性の話に留まる。
【洗面所】に乾燥機があったが、【ファイル】にあった骨の像の材料の作成方法に、乾燥した骨の粉末とあったので、その為に使用していた可能性がある。
次に、画像に映る左右の壁に貼られた写真や、正面の壁に描かれた絵画を見る。
左右の壁に貼られた写真群は、注意深く見ても、【手帳】に貼られていた犠牲者の物である事しか分からない。
正面の壁の絵は、上に昇る階段やその先の出口らしき部分から、何となく通路を示している様にも見える。
もしあれが《絵画門》で、【豹ヶ崎】にも正常に利用出来るなら、緊急時の脱出口に使えるか?と思ったが、その為には先ずはあの厄介な【魔法陣】をどうにかしなければならない。
見えていない手前の壁についても考えなければならない。
【豹ヶ崎】は手持ちの道具を確認する。
……今あるのは、【端末を含む三つの支給品】に、元々持っていたスマホや財布、そして【【一】に渡された掃除道具等が入った鞄】だけだ。
掃除道具と云っても、ハタキやスポンジ、洗剤が入ったスプレー等の様な一般的な清掃に使われる様な物ばかりで、特別な物は無い様に見える。
【豹ヶ崎】は書き出して整理する為に、【支給された自身の手帳】と【ボールペン】を取り出す。
今迄に得た情報を簡潔に書き出しながら、部屋の中央にある【屍体と魔法陣】をどうにかする方法を考える。
「……あの中央の【屍体】にも、他の物と同じ異常があるんですか?」
「えぇ、直接触れれば、その死への過程を受ける事になります」
【事前に聞いていた【屍体】の仕様の再確認】と云うべき問いに対する、【一】の予想通りの返答を聞いた【豹ヶ崎】は、続けて
「――では、【
その問いを聞いた【一】は軽く眼を開くと、感心した様に笑みを浮かべる。
「成る程、確かに試す価値のありそうなアイディアですね。まぁ、今回はお勧めしないですが。
【魔法陣】が吸入機関で、【短剣】がそれを室内の様々な物に供給している訳ですが、【短剣】が【屍体】から抜かれてしまえば、その供給が出来なくなる訳でして。
その結果、【屍体】に何が起こるか分からないと云う問題があるんですよ」
【一】からそう言われてしまったので、【短剣】を抜く案は却下する。どう考えても【恵居】と交渉して解除や停止をさせるなんて事は、困難だと思われる以上は、やはり【魔法陣】をどうにかするしかなさそうだ。
そこで【手帳】に情報を書き出していた【豹ヶ崎】の手が止まる。
「……【佐宮】先輩、
ふと湧いた疑問。
そもそも前提として【
何故なら、此処に向かう道中に車内で見た資料に、『一応、対処完了になっている事案なんだから、今更になってインシデントだけは起こすなよ』なんて書いてあったからだ。もし、研修の為に残されていたのならば、インシデントなんて事態になる可能性は低く、態々そんな事は書かれなかっただろう。
ならば、何故なのか?
【豹ヶ崎】の根本的な問いに、【一】はニコリと嗤って答える。
「簡単ですよ。
「え……?」
余りにも簡潔な答えだった。
【一】は何処か貼り付けた様な酷薄さを感じさせる冷笑を浮かべて続ける。
「我々が警察からの要請で、最初に【
勿論、あの【魔法陣】や【屍体】の特性は、既に突入していた警察官達の犠牲で把握していました。その不安定な性質も、その危険性も分かっていました。
その上で、我々はそれを些末な対価として許容しました。当然、【恵居】の犠牲になった女性達も含めて」
【一】の告白は、つまり組織としての利益の為に、それ迄の犠牲になった命は仕方のない物であると切り捨てたと云う事だった。
【恵居】が犯した罪を裁く事や、無差別に犠牲を生む様な危険性を許容した上で、それが持つ利益を優先したのだ。
【一】はそこで一度言葉を切ると瞑目する。
「この世界で【善悪】なんて物よりも、【利害と影響】の方が優先されます。
【既に終わったと云う結果】よりも、【終わりと云う結果を食い止められる可能性】が優先されます。
【我々は光の中に生きる無辜の者達の影で無ければならない】。そして、【渾沌の闇の中に潜む物が白日の下に現れる事を防がなければならない】のです」
眼を開きそう告げた【一】の顔には既に笑みは無い。
真剣な表情で告げた冷酷と云える宣言は、【豹ヶ崎】が持っていた嘗ての常識では計り知れない存在を相手に、その常識と秩序を守る為に水面下で動く組織としての在り方を示していた。
然し【豹ヶ崎】には、それが異常な脅威によって生まれた犠牲を正当化する為の言い訳の様に感じ、組織の在り方への疑問を生む事にもなっていた。
「まぁ、今のは建前と云うか最初の理由であって、それよりも上の理由があるんですがね」
「え?」
一転して、あっけらかんとした軽い調子で言われた言葉に、【豹ヶ崎】は些か間の抜けた声を漏らす。
「【
具体的には、いや、
兎も角、【一度結末を迎えたと判断された【
「そんな遊びみたいな……」
「彼の者等にとっては遊びみたいな物ですよ」
【豹ヶ崎】の戸惑いが多分に籠められた言葉を、【一】は諦念を感じさせる嘲笑と共に肯定する。
然し、その表情には諦めの色は無く、寧ろ今から行う悪戯の結果を楽しみに待つ悪ガキの様な笑みすら笑みを浮かべている。
「いやぁ~、本当に
「どう云う事ですか?」
その問いに【一】は戯ける様な手振りや仕草を交えて、心底気分良さげに理由を語る。
「我々は先程言った様に、【あの魔法陣】や《魔術》について調べる為に、態と不完全な状態で
然しその所為か、我々は【
勿論、他から誰か派遣されれば、その人は探索者として活動出来ますが、影響が室内で完結している様な場所に、態々派遣なんてされません」
そこで何処か芝居がかった動きを止めて一度言葉を切ると、嗤って【豹ヶ崎】の眼の奥まで覗き見る様に視線を向ける。
【一】は、ずっと自宅の敷地に巣食っていた害獣や害虫をやっと駆除出来る事を喜ぶ様に、安心感とは対極の、見た者をゾッとさせる程に純粋で心底嬉しそうな笑みで、握手を求める為に右手を差し出す様にして【豹ヶ崎】を指す。
「だから、【
研修と云う口実で、貴女を【
【豹ヶ崎】は【一】の異様な雰囲気に言葉を失う。
【あの部屋】で芽吹いた【豹ヶ崎】の不信の狂気とは比べ物にならない程の狂気を感じさせる圧を伴う様子は、何らかの精神異常が発生しているのでは?と思わせる。
【豹ヶ崎】が抱いていた、時折ふざけはするものの職務は真剣に取り組む先輩と云う【一】のイメージが容易く上書きされる程の狂人じみた気配は、されど【豹ヶ崎】を見る興奮で散瞳した双眸に、確かに宿る正気の色が余りにもそれと懸け離れていて、何よりも恐ろしい。
【一】は冷たく愉しげに嗤う。
「さぁ、そろそろ
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