第10話 浴室探索

警告:自殺表現と屍体有り。


 又、同じ人物に複数の呼び名が使用されております。【豹ヶ崎】=【濱家】、【一】=【佐宮】

――――――――――――――――――――――

 【豹ヶ崎】は掃除を終えて、探索を再開していた。


 玄関から比較的近くにある左手前の扉の先はトイレであり、屍体どころか異常も無い、本当に只単に放置されて汚れている便器があるだけで、調べる場所も少ないその場所でした事と云えば、掃除だけであり、語る事は何一つ無い。


 一応、便器の中も確認するのかと【にのまえ】に恐る恐る尋ねて、必要無いと云う答えが返ってきた時は、【豹ヶ崎】も思わず安堵の息を吐いた。


 隣にある左奥の扉は半透明の樹脂製で、手前に何かあれば薄っすらと透けて見えるだろう。微かに水の滴り落ちる音が聞こえる事から、洗面所なのだろう。


 取っ手に手を掛けて引くと、鍵が掛かっている事も無く簡単に扉は開く。


 中は予想通り洗面所で、左側に洗面台があり、右側に恐らく浴室に繋がるだろう先程の扉と同じ扉がある。


 先に洗面所を調べると、一般的なタオルの束やドライヤー、石鹸等があった他に、何かを磨く為の硬毛のブラシや、除湿する事で中に投入した物の乾燥を促す乾燥機があった。


 とは云え、気にはなるものの、それ等が今重要かと云われれば、現状はそこまででは無いので一先ず後回しにして、本命だろう浴室へと向かう。


 水が溜まっている場所へと、継続的にチョロチョロと少量の水が流れ落ちる様な音が聞こえる浴室と、今いる洗面所を隔てるドアを開けると、中に充満していたらしい濃密な鉄錆じみた生臭い臭いが洗面所へと流れ込む。


 それを無視して浴室を見れば、赤黒く染まった水が溜まった浴槽に肩まで浸かった【恵居】と、浴槽から飛び散って乾いたらしき汚れがあるタイル貼りの床に転がる刃に血痕が付いた剃刀と、明らかに真新しい紙が使用されている数枚の何かの書類があった。


 浴槽からは当然、水が溢れているが、流れ出た水は剃刀や書類らしき紙を濡らす事無く排水溝へと細く流れている。


 「此処はリストカットによる失血死ですかね?」

 「そうでしょうね」


 もはや、完全に慣れて動揺すらしなくなった【豹ヶ崎】は、浴槽の中で事切れた【恵居】の屍体を見ながら【一】へと分かり切った事を尋ねる。


 【一】も否定する事無く返したので、やはり見立ては正しいらしい。そして、【一】にとっても想定していなかった異常なのか、鋭い目付きで床に落ちた書類を見ている。


 「触らない方が良いですか?」

 「そうですね。ちょっと待っていて下さい」


 【一】はそう言うと書類に近付き、何かを呟いてから書類に触れる。……何もなかったのか、そのまま拾い上げると、書類に書かれている事を確認する様に暫く見て、【豹ヶ崎】の下へと戻ってくる。


 「どうぞ。どうやら、行方不明者を探す張り紙のコピーの様です」


 【一】が差し出す書類を受け取り見てみれば、成る程、確かに劣化や破損をしている元々のそう云った張り紙を、別の真新しい紙にコピーした物の様だ。


 幾つか眺めて、その内の一枚に眼が止まる。

 ――――――――――――――――――――

 行方不明!!情報提供求む!!


 【宮川 麗子(19)】が2015/9/10から行方が分からなくなっております。何か知っている事がある方は、どんな些細な情報でも構いませんので、以下の連絡先に連絡してお教え下さい。


 TEL (080)-■■■■-■■■■

 ……

 ――――――――――――――――――――


 見覚えのある名前だった。当然だ。だって、あの冷蔵庫に収められていた肉のラベルに書かれていた名前なのだから。


 きっと、この張り紙を書いた人物は彼女の事を未だに探し続け、いつか生きて元気に帰ってくる時を待ち続けているのだろう。……それが、既に叶わぬ願いであると知らずに。


 そう思うと、非常にやるせない気持ちが湧き上がってくる。


 更に数枚見た所で、最後に張り紙では無い、名簿か何かのリストらしい物が現れる。


 幾つもの何か――恐らくは犠牲者の名前――を上から太線を引いて塗り潰してある其れは、殆どがその線によって見えなくなっているが、一番下に書かれている名前だけが、線を引かれずに読める状態で残されていた。


 【虛洞こどう 隱理かくり


 この名前だけが残っていると云う事は、彼女の名前に線が引かれる前か、殺害か誘拐をされる前後に死んだと云う事だろうか?


 情報が足りないので、この先は想像する事しか出来ない。いや、――


 「――【佐宮】先輩、【虛洞・・ 隱理・・と云う名前が・・・・・・書かれた・・・・ラベルが・・・・貼られた肉や・・・・・・監禁されていた・・・・・・・人物はいましたか・・・・・・・・?」

 「いいえ・・・監禁されて・・・・・いた人物は・・・・居らず・・・そんな名前・・・・・のラベルが貼られた・・・・・・・・・肉はありません・・・・・・・でした・・・


 更に云えば、この複数枚の紙は・・・・・・・・今始めて確認・・・・・・されました・・・・・


 【一】が明確に否定した事で、【虛洞 隱理】と云う女性が少なくとも、この部屋に生死関係なくいなかった――正確には、【恵居】によって無理矢理連れ込まれていなかった事が明らかとなった。


 そして、この紙が少なくとも今迄なかった物である事も。


 今更、内部で発生したとか、【恵居】が態々わざわざ用意して浴室に置いたとかでは無いだろう。


 【一】の先程までの反応を見る限り、それが研修の為の演技では無いのならば、この書類は【豹ヶ崎】の為に用意された小道具の類でも無く、完全に想定外の代物と云う事になる。


 つまりは【恵居】でも【一】でも無い、この場所にこれを置いた第三者がいる事になる訳だ。少なくとも、この部屋に関係ある上に、本物の情報であろうこれ等を置いた第三者の目的が分からず、非常に不気味な物を感じざるをえない。


 「この書類の情報は正しいのですか?」

 「正しい可能性は高いですね」


 【一】が正しい情報である可能性が高いと認めた事で、愈々いよいよこの書類を用意した者の目的が分からない。まさかとは思うが、【豹ヶ崎】にヒントを出しているつもりなのだろうか?


 【豹ヶ崎】は、いつまでも考え込んでいる訳にはいかないと、書類を鞄にしまうと改めて浴室を観察する。


 少なくとも、先程出会った時にはとてもでは無いが、ちゃんと入浴をしている様には見えなかったにも関わらず、一通りしっかりとシャンプーや石鹸が置かれており、更に女性向けの物である事以外に、気になる事は無い。


 ……死んで、そう云った事に無頓着になり、あの様になった可能性もあるかも知れないが、なんとなくそうではない様な気がする。そもそも、【恵居】に代謝とか、そう云った物が起きるのかは分からないが。


 落ちている剃刀も触れずに眺めただけだったが、特に可怪しい所は無い様に見える。


 「因みに、一応此処も掃除するんですか?」

 「此処は良いですよ。洗面所は軽くやりますがね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る