第8話 調査開始

 警告:此の話以降はグロ表現及び屍体有り。何なら、屍体メイン


 又、同じ人物に複数の呼び名が使用されております

――――――――――――――――――――――

 「いや、待ってましたよ。【佐宮】さん」

 「お待たせして済みません。此れ、画材の補充分となります」


 【恵居めぐい錐男きりお】と思われる男に、【佐宮】と呼ばれた【にのまえ】はバンから持ってきた鞄から、油絵の具のセットや絵筆等の絵画に使用する為の道具を取り出して手渡した。


 「嗚呼、ありがとう御座います。そろそろ、足りなくなってきている物もあったので……。


 ……所で、そちらの方は?」


 【一】から受け取った画材を嬉しそうに眺めてから、【恵居】は【豹ヶ崎】に視線を向けて【一】に何者か誰何する。


 「新人の【濱家】さんです。今回は研修として、私の仕事を見学して貰っているんですよ」


 【一】の言葉に、一瞬顔を向けそうになって堪える。【濱家】なんて呼び名は今初めて聞いた。何で車の中で言わなかったんだ。


 「……【濱家】です。宜しくお願いします」

 「嗚呼、宜しくお願いします。【濱家】さん」


 何とか動揺を表に出さずに挨拶をすると、【恵居】はニタニタと、しかし何処か困った様に嗤って頭を下げる。


 「失礼ですが、そろそろ中でお話ししませんかね?肌が弱いので、いい加減に日光が辛くなってきまして」

 「嗚呼、済みません。うっかりしてました。


 【濱家】さん、入りますよ」

 「は、はい!」


 眼を細めて困った様にそう言った【恵居】に、【一】は謝罪すると【豹ヶ崎】を呼んで玄関へと向かう。


 「ウッ!」


 玄関に入った瞬間に、辺りに漂う濃密な腐臭が【豹ヶ崎】の獣人故に、普通の人間よりも鋭敏な嗅覚を刺激する。


 瞬く間に鼻腔内を満たした悪臭に、【豹ヶ崎】は思わず呻き声を漏らした口元を押さえて、湧き上がる吐き気と滲む涙を堪えようとする。


 「大丈夫ですか?【濱家】さん。もしかして、臭いに敏感なのでは?


 申し訳ありません。清掃が余り出来ていない物でして……」

 「……いえ、その為に我々が来ているので。お気遣いありがとうございます」


 【恵居】の気遣う言葉に【豹ヶ崎】は何とか言葉を返す。


 「【濱家】さん、此れから【特殊清掃作業】を行うので今の内に慣れて下さいね。


 其れと、作業は端末に送ってあるので、今の内に確認して下さい」

 「はい……」


 【一】の指示に従い【支給端末】を見ると、【屍体が写っている為、精神を強く持って見る様に】と云う指示と、其の下に玄関を撮影したらしい画像が複数送られていた。


 其れを見て、【豹ヶ崎】は再び湧き上がってきた吐き気を再度堪える。


 写っていたのは、腹部が赤く染まり、首筋や手脚等の至る所に無数の穴が空いた、強く打ち付けたらしき後頭部から血を流して仰向けに倒れる、腐乱しかけた【恵居】の屍体だった。


 医療の知識は無いが、深く刺されたらしき傷や、それとは違う無数の傷口からの失血死の様に見えた。


 刻み付けられた傷口には蛆が湧き始め、其れが孵化する前の卵を産み付けたであろう黒い蝿が集る灰色の肌の屍体は、不気味な事に薄ら笑いを浮かべていた。


 他の画像も似た様な物で、当時の玄関周りを撮影した物らしい。


 【豹ヶ崎】はそれらを見て、何となくだが【恵居】は最期に歓喜に近い物を抱いていた様に感じた。


 スマホから現在の玄関に視線を落とせば、屍体は無かったが、拭い切れなかったのか、小さな暗褐色の染みがコンクリート地の三和土に残されていた。


 「確認しましたか?」

 「はい」

 「では、書かれていた通りに、消臭剤を交換して、埃を取り除きましょう」

 「では、いつも通り【アトリエ】に居ますので、後はお願いします」


 【恵居】はその場で【一】に一礼すると、受け取った画材を持って、猫背でペタペタと埃が積もった廊下を歩いて、左右にそれぞれ二つ、正面に一つある扉の内、右奥にある扉を開けて、其の中へと入っていった。


 つまり、あの部屋が今言っていた【アトリエ】らしい。【一】が渡していた画材と云い、生前は画家か何かだったのだろうか?


 「さて、では作業しつつ調査を行いましょうか。取り敢えず、マスクを付けないと呼吸器を痛めますよ」


 【一】はそう言って鞄から市販品であろうマスクを取り出して付けてから、新品の消臭剤を取り出すと、下駄箱の上にあった既に中の液体が空になっている物と交換する。


 【豹ヶ崎】も其れに倣ってマスクを付けると、取り敢えず玄関のドアを最大迄開けて少しでも外気が出入り出来る様にする。


 「取り敢えず、玄関と廊下は埃を取り除くだけで問題ありません。バケツは此れを使って構わないと許可を貰っているので、正面のダイニングキッチンから水を入れて始めましょう」


 そう言って【一】は下駄箱の隣にある扉を開けて、中からプラスチック製のバケツを取り出す。中には他にもモップや箒等の最低限の掃除道具はある様だ。


 「何か、気になる事があれば、質問をして構いません」

 「そう云えば、水道通っているんですね」

 「必要なのでガス以外は通しています。


 あ、土足で上がる許可を取っているので、此のまま行きますよ」


 そう言って靴のまま廊下を歩き出した【一】の後を追って【豹ヶ崎】は廊下を歩く。足元の埃もそうだが、頭上辺りに張り巡らされた蜘蛛の巣から垂れ下がる糸が、時折顔に付いて鬱陶しい。


 【一】が正面の扉を開くと、先程【一】が向かうと言っていた通り、ダイニングキッチンだった。


 左側の壁に扉があり、先には恐らく別の部屋か物置があるのだろう。


 正面には遮光カーテンで閉ざされた、ベランダに繋がる硝子をアルミの冊子に嵌め込んだ引き戸があり、中央には何処にでも売っている様な模様のあるカーペットが敷かれ、其の上に一人暮らしらしい然程大きくは無い木製のテーブルと二脚の椅子がある。


 左側にあるシンクやコンロのある調理スペースには、フライパンや菜箸等の普通の調理器具が乱雑に収納されており、死んで使われてないからか全体的に埃で汚れている。


 其処迄なら問題なかったのだが、不自然な物が二つ程存在していた。


 一つは、キッチンの一角の設置されていた、天井から下がるビニールの膜で周囲を囲んだ、円筒状の何かを取り付けられそうな所がある、先端に何か接続出来そうな管のある機械や、良く手入れされている事が分かるノコギリやメス等の刃物が収められたケース、そして明らかに何かを吊るす為に天井に取り付けられた滑車にぶら下がった革のベルトのロープ、そして其れ等が設置されている、人が二人は入れそうな上に、中で座って作業が出来そうな浴槽の様な物。


 そして二つ目が、他とは違い一人暮らしには明らかに似つかわしく無い様な、かなり大型で温度調整等が自由に出来る業務用らしい冷蔵庫であり、【豹ヶ崎】にはそれが、キッチンの一角に設置されている一つ目の物と何か関連がある様に感じられた。


 其の一つ目の謎の設置物の中央にぶら下がる革のベルト付きのロープは、本来は何を吊るす為に使用されていたのか、少なくとも今の【豹ヶ崎】には分からない。


 しかし、確実に人体を吊り下げる事は問題無く可能である事は分かった。


 何故なら、革のベルトで首を吊った【恵居】が、ギシギシとロープを軋ませてゆっくりと左右に揺れていたのだから……。

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