第35話 「バッタリ遭遇」
放課後、俺と透華は駅前のショッピングモールをぶらついていた。
別に何か目的があったわけじゃない。
ただ、こうしてふたりで並んで歩くのが、最近自然になってきたからだ。
「……なにか、買うものがあるわけでもないのに、歩き回るものなのね」
透華が少し不思議そうに呟く。
「まあ、そういうもんだろ。別に友達といる時“何かしなきゃいけない”わけじゃないしさ」
「ふうん……。友達って、こういう時間も含めて一緒に過ごすものなのね」
「そういうもんだよ」
そう言いながら、俺は透華の横顔を盗み見る。
相変わらず整った顔立ち。けど最近は、ふとしたときに表情が柔らかくなることが増えた。
(……かわいいよな、素直に)
そんなことをぼんやり考えていた、そのときだった。
「——あれ?」
聞き覚えのある声がした。
振り向くと、そこに立っていたのは――俺の妹・由美利だった。
「お、お前……なんでこんなとこに?」
「こっちのセリフなんだけど? お兄ちゃん女の子とデート中?」
にやにやと意地悪く笑いながら、由美利が俺と透華を交互に見た。
「……べ、別にデートじゃねえよ!」
俺が慌てて否定する横で、透華もピタリと動きを止めていた。
彼女にとっては当然初対面だろう。少しだけ緊張してるようにも見える。
「あー、でもさ。まあ、時間の問題だとは思ってたけど」
「は?」
「だってさ、お兄ちゃん、最近ずっと嬉しそうだったし? 友達だーとか言ってたけど、そんな顔するの、絶対特別な子しかいないでしょって思ってたもん」
「……お前なぁ」
前のプレゼント交換の際、あの御影学園の茨姫にプレゼントを渡す、ということは知っているのでそんな驚かれる、ようなことは無いがあっちが確信を持ってる以上謎に由美利は詰めてきていた。……なんでー?
俺が頭を抱える横で、透華が小さく咳払いをした。
「……あの。初めまして、氷室透華よ」
「あ、うん! 初めまして! 由美利って言います!」
由美利はにこっと笑って頭を下げる。こういうときだけ、妙に礼儀正しいんだよな、こいつ。
「……お兄ちゃんが、いつも言ってた透華さん?」
「い、いつも……?」
「言ってたって、お前……!」
「うわ、図星なんだ」
ぐさっと来ることをあっさり言ってくる由美利に、俺は反論する気力もなくなった。
「ふふっ……」
そんな俺たちを見て、透華がふっと笑った。
珍しい。人前で、こんな自然な笑みを浮かべる透華は。
(……これが、家族の前だからか?)
「ねえねえ、お兄ちゃん。彼女さんなんでしょ? そうなんでしょ?」
「違うっつってんだろ!」
「へぇー、じゃあ透華さん、今のお兄ちゃんの反応聞いてどう思いました?」
「えっ……?」
透華が小さく目を見開く。ちょっと動揺してるっぽい。
「その……」
しばらくもごもごしたあと、透華は顔を伏せ、かすれた声で呟いた。
「……べ、別に。……何とも、思わなかったわ」
その反応絶対何か思ったやつだ。
由美利がにやにやと俺を見てくる。
「ね、ね。今の、透華さんめっちゃ可愛くなかった? お兄、惚れ直したでしょ?」
ノリノリな由美利。透華も別に嫌がっている、と言うよりかは困っている、という方が正しいか。
「……お前、帰れよもう」
「えー、だって、こんな面白い場面、めったにないし!」
透華はそんな由美利の様子を見て、最初は戸惑っていたが、やがて小さく笑った。
「……あなた、面白い子ね」
「えっ、嬉しい!」
由美利はぱあっと顔を輝かせた。
「お兄ちゃんにも少しはこの明るさを分けてあげればいいのにね」
「ほっとけ」
そんな他愛もないやりとりを続けながら、俺たちはモールの中を少し歩いた。
途中、ジュースを買ったり、ゲームコーナーを冷やかしたり。まるで、家族のようだった……。
(……いや、透華と一緒にいるのに、“家族”ってのは違うか)
ふと、そんなことを思った。
******
帰り際。
「じゃ、私は友達と約束あるから。バイバーイ」
由美利は手を振って走り去っていった。
俺と透華は、二人きりになった。
「……賑やかな子ね」
透華がぽつりと言う。
「……うん、まあな。迷惑なときもあるけど」
「でも、楽しそうだったわ」
その言葉に、俺はちょっとだけ照れくさくなった。
「そっか……」
「……」
「……」
沈黙。
けど、さっきまでの喧騒とは違って、心地いい静けさだった。
ふと、透華が俺を見上げた。
「私、少しだけ羨ましかったかも」
「……え?」
「あなたには、そうやって、無邪気に話しかけてくれる存在がいるのね」
「……」
何て返せばいいか分からなかった。けど、何か言わなきゃと思って、口を開いた。
「……だったら、さ」
「?」
「俺が、透華にとって、そんな存在になればいいじゃん」
「っ……」
透華の目が、驚いたように揺れた。
それから、ほんの一瞬だけ——ほんとに一瞬だけ——
「……ふふっ」
小さく笑った。
その笑顔は、どこか寂しそうで、でも嬉しそうだった。
「……期待、してるわよ」
「おう、任せとけ」
自然と、そんな言葉が口をついて出た。
俺たちは並んで歩き出す。
並木道の影が、夕日に伸びて、ふたりの影が少しだけ重なった。
——少しずつ。
本当に、少しずつだけど。
俺たちは、確実に近づいている気がした。
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