5 釣り堀
「この仕事、長いんですか」
新人さんの声は少し掠れていた。でも可愛らしい。アニメのヒロインを思い出させる。もしかして声優崩れ?
「ちょうど一年ぐらいですよ」
「そうなんですか、すごく落ち着いてらっしゃるから、もっと長いのかと思いました」
「難しく考えないことです。一ヶ月もすれば、あなたも同じように立てます」
会話が途切れた。
敵対もライバル視もしないけれど、かといって仲間意識もない。お客さんがつくように自分を磨き、いい仕事をしてお金をもらう。それだけだ。
たぶん、他の多くの職業と、そういう意味では変わらないと思う。翔くんに例えるなら、感性と表現力を鍛えることにより、味わい深くキャラクターを演じてギャラをもらう、ということになるだろう。
私が黙っているので彼女は不安そうだ。でも、言えることは何もない。自分で立つしかないのだ。先輩たちもこんなふうに私を見守っていたのだろうか。
なぜこの店に来たのか。誰も語らないし訊こうともしない。いろんな人がやってくる。それぞれの事情を抱えて。共通しているのは、お金を必要としているということだ。
たまたま釣り堀で隣に座っただけの人。その集合体が私たちだ。顔なじみになれば会釈ぐらいはするが、お互いのプライベートについて深く立ち入ろうとはしない。
出勤の予定だったのに出て来なかったモモカちゃんとマネジャーが電話で話しているのが聞えてしまったことがある。
モモカちゃん。君はなんのために働いてるんだ。
電話の向こうのモモカちゃんの声は聞こえなかった。
――違うよ、自分のためさ。お店の利益とかお客さんの満足なんて考えるから辛くなるんだ。働いてお金を得る。それでいいじゃないか。
見た目はぼんやりしているが、それなりに苦労を重ねてきた人なのかもしれない。
そんなことを思い出しながら寒さに耐えていると、頬の赤いサラリーマンふうの男性と目が合った。今夜は幸先がいい。
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