4 鈍化

 マネジャーは年齢不詳の男の人だ。学者には見えないし、会社員は勤まりそうにない。芸術にも縁遠いだろう。

 中学の先生に似た人がいた。地に足が着いていなかった。ふわふわと漂うように生きていた。

 そのことを本人も分かっていたようで、台本を読むように授業をこなし、生徒と目を合わさず、かといって臆病ではなかった。

 気象天文部の顧問だったが、実態のない部活だったので、彼にはちょうどよかったのかもしれない。夜モヤシ、と呼ばれていた。由来も意味も分からない。

 メガネを外してコートを脱いだ。ロッカーのハンガーに掛ける。酩酊を誘うような強い香水と消臭剤の匂いが漂ういくつかの小部屋の横をすり抜けて店の前の路地に出た。酔客の通り道になっている。絶好のキャッチポイントだ。

 下着が見えそうなほどに短いスリット入りのスカートと限界まで胸元の開いたブラウスを身に着けている。薄いジャケット一枚を肩に羽織り、なるべく肌の露出が多く見えるように工夫して立つ。

 布の面積が小さいことはすぐに気にならなくなったが、寒さはどうにもならない。真冬はキツい。最初の頃は、寒さと恥ずかしさと緊張で足が震えた。それをむりやり押さえつけて、狙いを定めて笑顔を作る。

 覚えればさほど難しいことではない。だんだん命中率は上がる。いや、狙うべきターゲットが分かってくる。

 ふと気づくと、隣にもう一人立っていた。知らないだ。新人さんだろうか。蒼い顔をしてうつむいている。ここが分かれ道だ。越える事ができれば続けられる。そうでなければ消える。

 見た目は悪くない。顔は整っている。明るく染めた長い髪もしなやかだ。胸元にはきれいな谷間ができているし、白い太股も艶めかしい。そして若い。お客さんはすぐにつくだろう。泣きだしてしまわなければ。

 私は初めての時、涙が止まらなかった。泣き過ぎて、嘔吐えずいた。お客さんはシラケて他の子を指名しなおした。でも、マネジャーは怒らなかった。そんなもんだよ、みんなそうさ。

 その通りだった。二人目のお客さんを迎える頃には泣くのに疲れて神経が麻痺していた。平気とまではいかないけれども、なんとかこなした。

 近眼だということも、なにがしかの助けになっているかもしれない。見たくないものをはっきり認識しなくて済む。不思議なことに、その効果は視覚だけに留まらなかった。メガネを外している時の私は空っぽだ。

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