第8話 レイド
上の階の蹂躙を聞きながらリラックスする日々が続く日常。
一人として突破してくる冒険者はおらず、俺はただスパルトイと鍛錬し、スライムを撫で続ける生活を送っていた。
「…今日は静かだな」
「ぷー」
俺の呟きにスライムが鳴き声を発する。
そんな鳴き声に胸をきゅんゅんさせて撫で回す。顔が緩くなるのが分かるが、ここには俺以外誰もいないも同然なので気にせず顔を緩めまくる。
それにしても、今日は本当に静かだ。
ちょっと様子見で上に行ってもいつも通りハイ・ゴブリン達は寝っ転がってたりしてただけだし、冒険者が来たか聞いても首を振るだけ。
スパルトイもどこか不穏な空気を感じているようで、今は俺の斜め後ろで警戒している。
「…まさか、な」
以前のあのD級の弓使いの言っていた【S級】…それが脳裏に過ぎる。
杞憂であれば良いが。
そう思っていた時だ。
『警告』
普段とは一風変わったウィンドウの様子に、背中から嫌な汗が出る。
『ダンジョンへの大規模な攻略が発生します。これより、
俺は急いで残りのDPを確認した。
2140P…どうする、恐らく相手は高ランクを含めた大多数の冒険者の群れ。パーティ規模の人数ならハイ・ゴブリン達だけでどうにかなるが、今回となるとどうにも言えない。恐らく…数十人、部屋すると数百人か?そんなに冒険者がいるとは思えないが、厄介なことは確かだ。
1000Pはハイ・ゴブリンの強化に回し、残りのDPは俺の強化に回そう。
今の俺の身体能力は生まれた時の約五十倍。C級冒険者ならば問題なく撲殺できる。しかしそれ以上となると…そうだな、筋力と耐久にほぼほぼ割り振り、いつものように真っ先に魔法使いやらを始末できるとは限らない。優先度を低くしていた魔力の耐性に残りを全て注ぎ込もう。
___ドゴッ!
っ、もう始まったのか。
ハイ・ゴブリン達の雄叫び。それが鬨の声となった上の戦いの終わりを、俺は待つ。
冒険者の悲鳴、ハイ・ゴブリン達の怒号、勇ましく響く声、甲高い悲鳴、何かが潰れる音、叫び声、剣戟、重い音、爆破音、雷鳴、風の音、何かが割れる音、肉肉しい音。
まるで戦争の縮図。血で血を洗うような争いを耳に、俺は目を閉じて結果を待つ。
やがてその荒々しい音は鳴りを顰めていき…。
人間達の雄叫びが聞こえた。
「…全滅、か」
しかし、マスターである俺は健在。そしてスパルトイも、俺の腕の中で震えるスライムも来たる冒険者を待っている。
下の階へと降りてくる足音が聞こえる。人数は…重なり過ぎて分からん。凡そ20といったところか。
やがて一人二人と俺達の待つ階層へと、冒険者が雪崩れ込んできた。
「いたぞ! マスターだ!」
「す、スパルトイ!? C級だぞ!?」
「あのハイ・ゴブリンの群れが前哨戦だってのかよ…!」
「狼狽えるな!!!」
一番前に立つ冒険者が背後の冒険者を一喝する。
「幾ら強力な魔物といえど相手は一匹! 数で押せば負けることはない!」
「行くぞ!」
そうして、冒険者二十人とスパルトイ単独での戦いが始まった。
相手はどいつもこいつもC級以上なようで、スパルトイの攻撃を悉く回避している。しかし石の剣と二つ腕の攻撃を完全に避けることはできないようで、冒険者の何人かが石の剣に両断され殺されていく。
二十居た冒険者の半数がスパルトイにより殺され、そのまま全滅するかのように思えたが…。
後衛である魔法使いが放った三つの火球、二つの雷撃がスパルトイに直撃した。
「やったぞ!」
「ナイスだ! 良くやった!」
最後の障害であるスパルトイを殺したと思っている冒険者達が湧き立つ。そして、指揮官であろう冒険者が、味方を讃えようと背後を向くと…。
「危ねえ!___がぁッ!」
「え?」
三つの腕が欠損したスパルトイが土煙の中から現れ、指揮官を庇った冒険者を石の剣で串刺しにした。
心臓を一突き。あれはもう助からんな。
呆然とする指揮官だったが、瞬時に状況を判断すると一撃で瀕死のスパルトイを切り伏せた。
こうして、残るはマスターである俺だけ。
最後に殺された冒険者を見て歯噛みする指揮官の冒険者は、視線を切って俺を見据えた。
「…良くぞここまで、とでも言えば良いか?」
「な、喋った!?」
驚愕しざわめく冒険者を半目で眺め、俺は胡座を解いてスライムを横に置く。
「まずは讃えよう。よくぞ俺が丹精を込めて育てた配下を撃ち破った。おめでとう、死した仲間も報われるだろうさ」
パチパチと態とらしく拍手をしながら、心にもない言葉を吐く。
「戯言を…!」
「何を言う。今までの人間達で、俺にたどり着いた者は誰一人いなかった。しかし、今では俺を守る配下は全滅し、その剣は俺の首に届きつつある。これは俺にとって、賞賛に値する」
しかし…焦って損だったな。これならばスパルトイ一体分のDPを残していたらまだ余興が楽しめた。
「そして、反省点も見えた。トラップも充実すべきだった。そうだな、次はスライムとトラップを大量配置した階層を作るのも良いかもしれん」
「…次があるとでも思っているのか?」
「何を言う。誰にでも未来はあるものだ。光ある未来を見据えるのがそんなにおかしいか?」
恐らく今回の大強襲で、今までにない大量のDPが手に入るだろう。
そうすればハイ・ゴブリンを含めた今の配下を更なる進化へと至らせられるかもしれない。新しい階層、新しい部屋を作ってふざけた部屋を作れるかもしれない。新たな魔物を進化させられるかもしれない。もしかしたらまた新しい魔物やトラップが追加されるかもしれない。
「先を見据えろよ冒険者。足下を見ていては遥か先にある星にさえ手を伸ばせんだろう」
「お前が、人間を語るな!」
指揮官の背後に控えていた冒険者が切り掛かるも、指揮官に手で制される。
「…お前は、なんだ。喋るダンジョンマスターなど聞いたこともない。ましてや我々と同じような知能を持つなんてことも聞いたことがない。お前は、一体何者だ」
おかしな質問をするものだ。
「今お前が言っただろう。俺はダンジョンマスターだ」
「…悪魔め」
「ケヒッ」
あぁいかん、気持ちの悪い笑いが溢れてしまった。
「俺を悪魔と称すか。これ以上とない最高の例えだな。そうだ、俺は悪魔。お前達人間を殺す『悪』だ」
「全員、攻撃準備」
しかしな人間よ、こんな人ではなくなった俺とて人間の心というものはあるんだ。
それは人間を殺す忌避感でもなく、生き物を殺した罪悪感でもない。
どんな正義や悪とて、仲間を殺されれば思うところはあるだろうに。
お前達が仲間を殺されたように、俺もお前らに仲間を殺されているのだ。
お前達のそれが正義だと言うのなら、俺のこの感情も正義に連なるものとなろうよ。
なぁ。
「___ぇ」
弾丸の如く駆けた俺は後衛で詠唱する魔法使いの顔面を蹴り飛ばす。
柘榴のように成り果て、痙攣する死体の上に着地する。
「テアァァァ!!!」
「『
正義だ悪だとくだらない自慰合戦に、今は付き合ってやろう。
「汝らの名は『
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