第9話 ダンジョン侵略
『う、うわぁぁあああッッ!!』
『助けてくれー!!!』
今日も天晴絶叫なり。
最上階に大量配置したオーガの群れがB級冒険者を蹂躙しているようだ。
まぁ、能力のみでC級に匹敵するオーガが数部屋に十体はいるんだ、並の冒険者では数体倒すだけで限界だろうよ。
それに…。
『ま、まま、す』
「マ、ス?」
『ま、す…た』
「excellent! 凄いぞリム! 流石だ!」
言葉を教えているアルケミー・スライムのリムが可愛過ぎて仕方がない。
正直全二十層に大量配置したオーガのお陰で俺はともかく引き続き護衛をしているシューラ・スケルトンもここ最近戦闘をしていない。
その事でシューラも若干の運動不足感を感じているのか、その六本腕で素振りをしたりしている。
本当は俺も良い加減運動をしたいのだが、いかんせん配下が有能過ぎて冒険者がここまでこない。偶にシューラと模擬戦はすれども、あの戦いで大量に入手したDPで格段に上昇した俺の身体能力の前だとあまり鍛錬にすらならなかった。
うーむ…こう、ダンジョンの形式としては仕方ないが、俺からも人間側を攻められるようになればなぁ。
折角A級まで倒したのに、ただ魔物が追加されるだけ。もう少し刺激的なアップデートでもあれば、退屈凌ぎにもなろうに…。
何か、こう…まだ俺が気付いていない隠し機能とかがあったらな…。
『侵入者を検知』
「あ?」
『S級ダンジョン【
…つまり?
…。
「まぁ、待っていればいいか」
俺は気にせずにリムを愛で続けた。
________________
上階で破壊音が聞こえる。
どうやらダンジョンマスターとはいえ、階層を無視して俺の下へ来ることはできないようだ。
位置的に…オーガは全滅、そしてハードワームがいる層を攻略中といったところか。残るはディープバットがいる一層だけ。来るのは時間の問題か。
しかし、S級ダンジョンマスターと来たか。S級冒険者すら来ていないのに、随分と急な話だ。
「シューラ」
赤く光る目が俺を見る。
「客は迷っているようだ。ここへ案内してやれ」
首を垂れて、シューラはその場から消えた。
その後に鳴り響く、一際大きな轟音。
高笑いと破壊の音が聞こえる中、俺はリムを撫で続ける。
___天井が崩壊する。
「っがぁ!」
瓦礫と共に落ちてくる、鱗を持つ赤髪の女。
尻尾を巧みに操り体を起き上がらせると、背後で音もなく降り立ったシューラに獰猛な笑みを浮かべた。
「貴様、この私を堕とすとは中々やるじゃねえか。どの階層のボスかは知らんが、私は急いでるんでな。急ぎで蹂躙してやろう…!」
炎を撒き散らしながら前傾姿勢になる女を放って、シューラは微動だにしない。俺が手を振ると、また首を垂れて背後へと下がった。
そのやりとりで、ようやく女…灼光のダンジョンマスターは俺に気付いたらしい。
「あ…? お前がマスターか?」
「お前が荒らしたダンジョンの主なら、俺だが」
「っち、つまらん。配下が強いだけの雑魚か。おい、お前。私を前に己の首一つ寄越さんとはどういう了見だ。さっさと自害し、私に全てを明け渡せ」
威嚇のように尻尾を振り回し、地面を割るマスター。
幾ら自動修復するとはいえ、直るのに時間がかかるんだがな…。
ため息と共に中々動かない俺を見て、マスターは更に苛立ちを見せ。
「もういい、死ね」
俺に向けた手のひらから、炎の球を生み出し放出した。
迸る炎の奔流、溶解するダンジョンの壁や床。
俺はそれを、相手のマスターの背後で見ていた。
「…中々死なんな。生命力が強いのか」
「当たっていないだけだ」
「ッ!?」
喋ると同時に尻尾を脚で小突いてやると、マスターは弾かれたように裏拳と共に振り返ってきた。
最小限の動きで避け、続け様に放たれた炎を腕の一振りで退ける。
風圧で後退りしたマスターは、冷や汗を浮かべながらまた獰猛な笑みを浮かべた。
「カカッ! 私の目は節穴だったらしい! すまん! お前を雑魚と言っていまい申し訳ない! 先の非礼を詫びよう! 戦おう!」
「順序を立てて申し立てろ馬鹿が。俺の家荒らしやがって、ぶち殺すぞ貴様」
「それもすまん! 戦おう!」
この手のタイプには何を言っても無駄か。
なら、手っ取り早く終わらせよう。
「お前の得意はなんだ」
「殴る!」
「なら、お前の切り札をさっさと撃ってこい。それで終いだ」
「それは…舐め過ぎじゃないか!?」
「俺もお前を本気で殴ってやる。これで対等だ」
「なら…良し!」
良いのか。
提案した手前こんなふざけた条件で良いのか疑問に思ったが、思いの外通じてしまった。
…仕方がないか。
本当なら中距離で思いっきり鉄球をぶちかましたかったが、殴ると言った以上手を使わなければならんしな。
少し考え無しの発言だったかと息を重く吐き、腕の枷を解放する。
「ほぉ! 魔道具か!」
「違う…とは言い切れんな。生まれつき付けられていたものだ」
俺の左手から伸びる巨大な刃。
黒みがかった出刃包丁のような見た目をしたそれは、何もかもを切断出来るような、そんな雰囲気が漂っている。
特になんの効果もない普通の刃物だが、切れ味だけは抜群だ。オーガの膂力に耐えられる棍棒を容易く真っ二つにする切れ味だからな。
「ん? しかしお前、殴ると言ってなかったか?」
「手を使って攻撃するならば殴るのと同じだろう。そんな事に疑問を抱くな」
「…それもそうだな! 刃物だろうが手を使えば殴ると同じか!」
チョロい。
向こうも漸く納得したようで、握り拳に炎を集め出す。
次々と炎が凝縮されていく様子は見ていて興味深い。要するにあれは炎の圧縮だろう? ただ火力が上がるのか、それとも別の現象が起きるのか…実に気になる。
赤い炎から段々と色が変わり、最終的にはただの光となる。つまりあれが臨界点で、それ以上の変化はないように見える。
「準備は万端か?」
「おう! これが私の最大奥義だ!」
「なら、さっさと済ませよう。これ以上家を溶かされては敵わん」
ふとリムがどこにいるか目線を動かせば、階層の入り口でシューラに抱えられているのが見えた。
あの様子だと、攻撃の余波が行けどもシューラならば余裕で逃げられるだろう。
なら、気にしなくても良いか。
「行くぞ!」
「来い」
脚力と、背中から吹き出す炎の推進力で突っ込んでくるマスター。
音速を超えたその動きは辺りに衝撃波を撒き散らしながら俺の方へと突っ込んできた。
「【
眩い残光を残すその拳を振り上げ、そして。
「___
「___
足の親指から始まり、腕に繋がるまでの全ての関節の回転、そして加速を交えた、神速の突き。
拳が振り下ろされる瞬間、一瞬にも満たない時間の狭間を狙った俺の突きが、極光を放つ拳を諸共吹き飛ばした。
「なッ」
身体に宿る才能をフルに使用した身体操作による一撃は、このダンジョンを消し去り得る一撃を確かに掻き消した。
勢いのまま俺の背後へと突っ込んでいったマスターは、土煙を盛大に立てて瓦礫へと身を埋める。
枷を再び元に戻し、俺は完成足り得ない今の技の反省点を内心で反芻する。
起点である親指の初速が足りない。腰から上半身の加速の受け渡しを失敗した。大まかな点はこれくらいか。
細かいミスは単なる可動域の狭さが理由なので、柔軟などを行えば解決する。
しかしながらシューラを参考にした妄想だけで留めておいた必殺技が思い切り撃てて大満足だ。脳内でシュミレーションしてきた甲斐があった。
一人で満足げに頷いていると、背後の瓦礫が崩れると共にマスターが起き上がった。
「ぬぁー! 負けた! クソ! なんだよ普通に強いじゃないかお前!」
「さっさと帰れ」
「有無を言わさぬ帰宅要請!?」
こっちは配下が半分以上失った上にダンジョンがほぼ全壊してるんだぞ。帰らされるだけありがたいと思え。
「それともなんだ、土に還るか?」
「やめろ! 死にたくない! 分かった帰る! 帰るからちょっと待て! 今から降伏するから!」
「あぁ?」
一体何を…いや、そういうことか?
「私は“降伏する”!」
『承認』
目の前のマスターによる降伏宣言の後に、ウィンドウが現れた。
それは同じダンジョンマスターである相手も見えているようだ。
『S級ダンジョンマスター【
その表示のその後に、ダンジョンに揺れが生じる。
感覚からして俺のいる最下層…いや、ダンジョン全体が下へと下がっている。
「結構時間が掛かりそうだな!」
「おい。これは…俺のダンジョンの上に、お前のダンジョンが現れるのか?」
「なんだ、知らないのか? ダンジョンは勝った方が貰えるんだぞ?」
統合、そして下がるダンジョン、二つのワードで導き出される答えは、ダンジョンの上乗せ。
今の傍迷惑且つ勝手に行われた戦いにより、負けたこいつのダンジョンは俺のダンジョンに統合され、俺のダンジョンの上にこいつのダンジョンが載せられる形になる…のだろう。
しかしこいつの口振りからすると、まさかかなりのダンジョンを吸収したダンジョンが上に来るんじゃないか?
「…大体どれくらい掛かる?」
「あー………吸収した回数と十分を同じにするなら…大体三日は掛かるんじゃないか?」
俺は無言で頭をぶん殴った。
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