【第6話】理の杜

◯悔恨の日々

ふたたび都会の雑踏に戻された〈トキマチ〉は、一気に現実に戻った。周りが急に寒くなった。あの変な森にいる時は心地よい風が吹いていたというのに、ビルの谷間を通る風はトキマチに冷たく当たった。


「さてと、帰るとするか」


何があろうが明日も商談があるんだよ。部下のプレゼンが毎日毎日、立て込んでいるんで本当に忙しいんだよ。トキマチは地下鉄の入口に向かった。


有楽町のガード下はまだまだ盛況だった。トキマチは何時間いたかどうかわからない〈あの森〉から生還して、正直ホッとしていた。


〈少しだけなら良いだろう〉


いつも空いてる〈焼鳥屋〉に入った。理由は肉が小さいからだ。間違いなく冷凍だとわかる大きさだけど、空いているから、たまに入っているお店だった。



『今日は何かあったのかい?』



店の店主は〈お婆さん〉だった。若い頃は綺麗だったのだろうけど、今や見る影はない。それを言ったらキリが無いけどね。


ガラスケースの中は、焼鳥の在庫があまりなさそうだ。トキマチは皮とシロモツとカシラを二本ずつ頼んだ。


「あゝ別に…何もないよ」


店主は後ろを通ったトラックを、トキマチが見た瞬間、背中に張り付いている〈葉っぱ〉を見つけた。


「背広に楡の葉っぱが付いているけど、

どこまでいって来たんだい?」


トキマチは言われるまで気付かなかった。


〈あゝあの大きな樹で寝た時か!

そうかウッカリ付けてきたんだな〉


「この辺じゃ楡の木は無いからね、アンタどこまで行ってきたんだ?」


〈トキマチは思った〉


昼過ぎに起きた不思議な出来事を話したところで、このお婆さんにはわからないでしょう。しかし何でまたこの俺にあんな出来事が起きたんだ!


「そう言えばちょっと前に、アンタと良く似たお坊さんの格好した人が、店の前に楡の葉を落としていったわね」


「ええっ!俺に似た人!」


「そうだねえ〜もう少し落ち着いている感じだったね。気になったので追いかけていったら、ほら!あそこの蕎麦屋の裏手で見失ったのよ」


〈ちょっと、もおぉ〜

少し落ち着いているって言うなよ!

結構ショックやないか〉


「不思議な方だったわ。何かを見ているわけでも無いのに、何処か遠くを見ている、清々しい感じが全身から溢れていた人だったね」


トキマチはもう何を言われても平気だった。まあこんな時も人生の中にはあるよって、自分に言い聞かせていた。焼き鳥が熱いうちに全部食べて、冷酒を一杯引っ掛けてその店を後にした。


「俺に似ているヤツか!

そんなのゴロゴロいるだろうよ。

でも〈楡の葉〉は少し気になるな」


トキマチはあの森を歩いている時に、心の中に入って来た言葉を思い出していた。



〈心の声〉

『トキマチよ、他人の感情には気付いていたのかな?』




今考えると誰だったんだ?アイツは…他人の感情か?考えた事も無かったな。俺は自分の事で精一杯…精一杯か?だから周りが見えないのか〜 それって言えてる…


仕事をしていても、何でこんなにイラつくのか、よく分からなかったなぁ…先が見えていたと思っていたモノは、自分が決め付けた〈予測と理想〉だったと言うわけか…


まあ、よく考えれば…それもありだな…


トキマチは、複雑な感情が入り混じり、深く考えてしまった。ちょっとしたキッカケでこうなるのが、自分としても不思議だった。



まあ、そう言う事なのか…



〈有楽町線は遅れる事なく

時間通りに入って来た…〉


トキマチは、

明日の〈スケジュール〉を

スマホで確認していた。



◯大きな反省

トキマチが迷い込んでしまったこの森は、悟りを求めて修行者がやって来る〈杜〉だった。平等に与えられている世界(三次元に作られた修行世界)では、現世を心穏やかに生きる者と、どうしても波風を立ててしまう者がいる。だからこの素晴らしい修行世界が用意されているなんて、普通どこまで理解出来るだろうか。


〈トキマチは思ってた、

すぐに結果が出ない世界は辛いところだと〉


『しかし、トキマチよ、悟りはそんな簡単に得られるものでは無いと思わんか?幾転生しても到達出来るのもでは無く、得ても保持するのが難しいのが「悟り」だと理解出来ないか?』



トキマチを始め、乞葛、信行が不思議な森に迷い込んだ。入り方は違ったが、地蔵見習い、どっち付かずの修行者クズレ、酒仙人たちがそこには生きていた。



〈人間にとっての宝物とは何か?〉

言ってみれば、現代版西遊記みたいなものだったかもしれません。順風満帆な事は無いでしょう。成功と思えし物もいつしか掻き消され、ふたたび番手の異なる砥石が現れてくるでしょう。


〜無常なる時間と空間〜


捉えどころのない、一時もその姿を固定しない、

川の水の様な世界観。そして実体の無い存在。



〈与えられる課題は異なるけど、

取り敢えずひと呼吸しましょうか!〉



突っ走っていた自分がどれだけ愚かだったか、時を待てば現れて来たのに勿体無い事よ。失ったモノは大きかったかもしれない。でも反省という名の、仏が与えしリセットボタンがあるではないか!



理の杜の入口にある〈大きな楡の木〉で一休みしましょう。反省という名のリセットボタンをしっかり押して、一旦立ち止まるのも必要なんだと〈理の杜〉は言っているようでした。




《続編》

〈第二巻〉現代の天竺に続く〜

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

となりのお地蔵さん《理の杜へ》① バーボンサム @bourbonsamu505

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ