#3「小鬼と妖獣」
村の手前で立ち尽くす
「風沙梨、これ、どうなってるの?」
「わ、分かりません……」
鈴葉は目を見開いて村を見たまま言い、風沙梨は数歩後退って、震える声で答える。
何とかしなきゃと鈴葉はこの異常事態を少しずつ飲み込んでいく。祭り会場で暴れる人はいても、止めようとする人はいない。大規模な喧嘩ではなく、きっと事件……何者かの仕業に違いない。
村の周りに目をやるが、怪しい人物は見当たらない。いや、鈴葉達のように祭りにやって来る人すらいない。鈴葉達が来た南の道と同様に、東の道にも人の姿はなく、闇が広がるだけだった。
鈴葉がいろいろ考えていると、風沙梨が耳をぴくりと動かし、歩いてきた道を振り返る。鈴葉もそちらに意識を向けると、灯りで足元を照らしながらこちらへやって来る二つの人影が見えた。
村をめちゃくちゃにした犯人かと、鈴葉は警戒して帯の後ろに刺した紅葉の団扇に手を伸ばすが、犯人なら明かりをつけてこちらへ向かって来るわけがない。そう思って相手の姿がはっきり見えるまで待つ。
相手の容姿が確認できるほどの距離になった時、相手も鈴葉達の存在と、その後ろに広がる異常な村の様子に気付き、戸惑った顔で鈴葉達と村を交互に見る。
「あんたたち、これどうなってるんだ?」
そう言って明かりを持っている方の人物が早足で近づいて来た。肩上くらいの長さの緑のツインテールをした小柄な少女だ。頭には二本の小さなツノが生えていて、小鬼と呼ばれる種族だと予想できる。ノースリーブの白いシャツに、膝の高さまである青いスカート、履き物は裸足にサンダルと夏らしい格好をしている。首からはオレンジ色の、
小鬼の少女の後ろから、もう少し背の高い少女がびくびくしながらやって来る。ふんわりとした肩下くらいの長さの赤い髪、長袖の白いワイシャツに、薄手のクリーム色のベスト。チェック柄の赤いミニスカートと、膝下までの白い靴下、茶色いローファー。頭と腰下からは薄茶色の犬の耳と尻尾が生えている。
小鬼と犬の少女は、鈴葉達とニメートル程距離を保って立ち止まり、少し警戒した表情で状況の説明を待つ。
「私たちも今来たばかりで、何が何だか……」
鈴葉は正直に答えるが、小鬼の少女は疑うようにじろりと青い瞳で鈴葉の全身を観察する。鈴葉も相手の出方を伺い、万が一襲われてもすぐ動けるように全身に気を張り巡らせる。
「ヒコ、多分この人たちは何もしてないよ」
「記憶を見たのか?」
「見てないけど……あの
犬の少女が小鬼の少女――
「カリンがそういうなら、まあ……」
そんなヒコの様子を見て、犬の妖獣――
鈴葉と風沙梨も二人と敵対することはなさそうだと、ひとまず警戒を解く。
「すまない、勝手に疑って。あたしは小鬼のヒコ、こっちは妖獣のカリン。あんたたちは?」
「私は
「木霊の風沙梨です」
簡単に自己紹介をし、ヒコは鈴葉の隣に立って村に目を凝らす。人々の暴動は少しも収まらず、四人が睨み合っていた間も絶え間なく破壊衝動のままに暴れていた。
「本当にどうなってんだこりゃ」
ヒコが腰に手を当てて、どうしたもんかとため息をつく。
「このまま放っておけないよ。なんとかしないと」
鈴葉は拳を握って覚悟を決めると、ずんずんと村へ歩き出す。
「師匠!? どうするつもりですか」
驚いて風沙梨が後を追って来る。ヒコとカリンも顔を見合わせ、策があるのならと鈴葉に着いて行く。
「とにかく止めてみる。見てるだけじゃ何も分からないし」
鈴葉はそう言うと、一番近くにいた二人の男性に注目する。村の住人ではない初めて見る人だ。二人とも武器を持たずに取っ組み合い、吠えるように怒鳴りあっている。
「二人とも、落ち着いて! 一体何があったの?」
鈴葉は二人の男性を引き離そうとするが、二人はそんな声には目もくれず、相手を地面にねじ伏せようと必死になっている。鈴葉も負けじと耳元で騒ぎ、妖力を込めて増強した手で取っ組み合う二人を離れさせようとする。
一人の男性が鈴葉を鬱陶しく思ったのか、怒りでぎらついた目を鈴葉に向ける。視線に気づいた鈴葉はその狂気と目が合って、びくりと身をすくめる。男性は取っ組み合っている相手から手を離すと、鈴葉に向けて拳を振り上げる。ぎゃっと叫んで後ろへ跳ぶ鈴葉。男性の拳は空気を殴り、鈴葉を仕留めようと足を一歩前に出す。しかしその足はもう一人の男性によって止められた。男性二人は取っ組み合いを再開し、鈴葉はほっとしながらも話が通じない相手にどうしようかと頭を悩ませる。
「師匠! 大丈夫でしたか?」
風沙梨が鈴葉の手を引いて暴れる人から離れさせる。祭り会場の数メートル手前で、今の光景を見ていたヒコとカリンも難しい顔で、鈴葉が話しかけた二人を見ている。
「言葉が通じなかった。あの人たち、何か喚いて怒りをぶちまけてるって感じ。何に怒っているんだろう」
鈴葉は耳をしゅんと垂らす。改めて暴れる人々を見回し、その数に絶望する。二人すら止められないのに、この何百、何千の人々をどうすればいいというのだ。
「何か操られてる感じとかあったか?」
「あまり自信はないけど、妖術をかけられてる感じはなかった」
ヒコと鈴葉は手がかりのなさに溜息をつく。何者かに操られているのであれば、対象から黒幕の妖力を感じられることが多い。術者の腕が良ければ妖力を隠すことも可能であるが、この規模の人数でそれを実現するのは、よほどの力の持ち主にしかできない。かといって、自然にこのような事態が起きるはずもない。
「……」
「カリン?」
黙ったまま、まだ男性二人を見つめているカリン。ヒコが名前を呼ぶと、カリンははっとしたように瞬きをしてヒコの方を見る。
「どうした? 何か分かったか?」
「うん……。解決には繋がらないかもだけど……」
カリンは注目されて恥ずかしそうにしながら、弱気そうな顔で話し出す。
「私は人の記憶を操る能力があるんです。それであの二人の記憶を覗いてみたんですが、二人とも何も覚えていないみたいで……」
どういうことだと首を傾げる三人。カリンは犬耳をぺたりと前に寝かせて、おどおどと説明を続ける。
「その、あの人たちの記憶ですが、今の状態になる少し前の部分から抜け落ちてます。つ、つまりここにいる皆さんは、自分自身ですら理由も分からないまま、ただただ暴れているだけなんです。さっき鈴葉さんに襲いかかった人も、もう鈴葉さんのことを忘れてしまっていて、目の前に人がいるから殴っているって感じです。多分……」
「なんだか謎が増えた気がする」
「異変が起きる前の記憶もないってことは、犯人が誰なのかも分からないのか」
カリンの説明に、鈴葉とヒコがそれぞれ感想を述べる。役に立たない情報だったかと、カリンはすみませんと肩を落とす。気にするなとヒコが肩をぽんと叩く。
「とりあえず、なるべく被害を抑えながら、正気の人がいないか探そうぜ。何が起きたか分かるかもしれない。もしかすると黒幕が紛れてるかもしれないし」
ヒコの言葉に三人が賛成を示すと、ヒコはそのままてきぱきと指示を飛ばしていく。
「カリンは記憶を操る能力で、できるだけ多くの人に偽の記憶を植え付けてくれ」
「分かった。暴れてはいけないって思い込ませたらいいんだね。大勢となると効果と時間は薄れるけど……」
カリンが頷くと、ヒコは言葉を続ける。
「あたしは地形を操る能力を持っている。土壁を作って争いが激しい所を分断するよ。同じく、数が増えると持続時間や強度は薄れるが」
ヒコは鈴葉と風沙梨の方を向く。何かできることはあるかと青い目が尋ねている。鈴葉は少し考え、背中側の帯に挿していた紅葉の扇を取り出す。
「私は風を操ることしかできないけど、それで火を消すことができるかも。あと、空から無事な人を探せるよ」
「了解。それで頼む」
最後に風沙梨の言葉を待つヒコ。風沙梨は困ったように三人の顔を順に見て、耳をしんなりと寝かせる。
「私は音を操る能力を持っているのですが、あまり貢献できそうにありませんね……。この会場を動き回れる自信もありませんし」
「風沙梨は治癒術も使えるじゃん! あと、能力で離れた場所から私たちに声を届けられるでしょ?」
鈴葉が横から補足を入れる。戦闘や揉め事が苦手な風沙梨は、こういう話になるとマイナス思考になるが、サポート役として十分に活躍できる能力を持っている。不安そうな表情の風沙梨がでもと言いかけるが、ヒコが閃いたとばかりに顔を明るくして先に声を出す。
「だったら、祭り会場の中心に、あたしが塔を建てるよ。で、鈴葉が風沙梨をその上に運んで、風沙梨は全体を見ながら指示を出す。これで効率よく被害を抑えつつ、人探しもできるんじゃないか?」
鈴葉はいいねと親指を立て、カリンも問題ないと頷く。重要な役目を与えられた風沙梨だけが目を白黒させて戸惑っている。
「ほら、風沙梨! 頑張ろう! 村のみんなを助けるよ! それにここにいるよりは高い所の方が安全だと思うし、もし何かあったらすぐ私が飛んで行くから!」
「わ、分かりましたよ……。少しでもお役に立てるなら!」
風沙梨は半ば投げやりに、自分に言い聞かせるように言い放つ。その握りしめた拳は恐怖で震えていたが、鈴葉が大丈夫だと風沙梨の手を取る。風沙梨の青い瞳に不安の色は残っているが、少しは落ち着いたのか、震えは収まっていく。
「よし! 話は決まったな。第一目標は意識がある人を見つけることだ! 行くぞ!」
ヒコとカリンは二手に分かれて会場内に突っ込み、鈴葉は風沙梨を背中側から抱え上げ、すっかり暗くなった夜空に飛び上がった。
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