#4「小鬼と妖獣2」
暴れる祭客たちを鎮めつつ、正常な状態の人、もしくは黒幕を探すため、それぞれ行動に出た四人。ヒコとカリンは二手に分かれて人混みの中を駆け抜け、
「こうやって空から見ると、本当にすごい人数だね。これだけの人に一体何があったんだろう」
鈴葉が顔に影を落として呟く。風沙梨にももちろん答えは分からず、悲し気な視線を地上に向けるだけだった。
「とりあえず、ヒコが土壁の塔を建てるまで空で待機だね」
そう言って人々の間を縫って走るヒコを目で追う鈴葉。ヒコは小柄な体格を活かして混み合う人々の間に体を滑り込ませ、素早く祭り会場の中心部に向かって行く。会場では二、三人の取っ組み合いを超えて、十人以上がもみくちゃになっている場所もあった。そのような集団を半分に分断するようにヒコは地形を操る能力を使い、地面の一部を垂直に盛り上げて壁を作る。分断された人々の何人かは少数での取っ組み合いを再開し、残りの者は壁を破壊しようと個々での行動を始める。
ジグザグに進むヒコの道標となるべく、鈴葉はヒコの少し先を飛び、中心部に導く。何度か土壁で人々を分断しながらも、それほど時間をかけずにヒコは中心部に辿り着いた。本来であればそこには三メートル程の祭り
「おーい、この櫓の炎消せるか?」
ヒコが燃えた木材を振り回す人から取り上げ、燃えていない持ち手部分を鬼の馬鹿力で踏み砕きながら、空にいる鈴葉へ叫ぶ。木材を取り上げられた者と近くにいた男がその声に反応し、ヒコに襲いかかるが、ヒコはするりと人混みを利用して男から逃げる。ヒコを見失った二人は深追いすることもなく、近くにいた別の人に突進して行った。
鈴葉は燃える櫓を観察する。鈴葉が消火しようとしている方法では、周辺にいる人を巻き込む可能性がある。今の状況では厳しい。それに風沙梨を抱えた状態では、上手く風を扱えないかもしれない。
「先に塔を建ててほしい。あと、周りの人を遠ざけてくれたら何とかなるかも」
「了解」
ヒコは鈴葉が案内する地点まで移動し、自身の足元を盛り上げた。地上十メートルに達するほど垂直に地面が浮き出て、土と岩の塔が出来上がる。塔の上は直径二メートルくらいの円状の地面になっていて、ある程度動ける広さがある。
鈴葉はヒコが立っている塔の上に風沙梨を降ろし、自分は飛んだまま櫓の方を向く。ヒコも塔から櫓を見下ろす。いくつも土壁を作り、そのまま維持しているヒコの表情には少し疲れの色が見える。それでもヒコは櫓へ向けて手を伸ばし、能力を発動させて地形を操作する。
櫓周りの地面がうねりながらでこぼこと盛り上がり、人々の足場を悪くする。理性のない人々だが、動きづらいのを嫌って平坦な地面へ、自然と移動していく。そうして燃える櫓から人を遠ざけ、今後近寄る者を減らすために、一メートル程度の土壁を柵代わりに作る。
「これでいいか?」
「うん! ありがとう!」
鈴葉は感謝を述べると、櫓から少し離れた上空まで飛んで行く。右手に紅葉の団扇を構え、妖力を込める。そのまま右手を振るうと、とてもその団扇の大きさから発生するとは考えられない強風が生まれる。天狗という種族が最も得意とする風を起こす術だ。鈴葉は風を操る能力を発動させ、起こした風を自在に操って見せる。ヒコが作った柵の中で櫓を囲うように風を渦巻かせ、炎を飲み込んだ一本線の竜巻が夜空を照らす。激しくその場で渦巻く風は、火種となる木材から炎を奪い、熱を冷ましていく。櫓の炎を全て吸収して火炎旋風となった竜巻は鈴葉に制御され、火種から切り離されると上空へ昇っていく。十分な高さまで炎の渦が昇ると、鈴葉は風を大気に霧散させる。火種を失い、空中に放り出された炎は瞬く間に消え、空は夜の闇に覆われた。
櫓の木材は黒く焦げたり、赤い燃えさしとなってまだ熱を持っているものがある。鈴葉はもう一度団扇を振るって風を起こす。今度は起こした風を圧縮させ、鋭い刃のような形状にする。風の刃を燃えさしに向けて発射し、木材を細かく切断する。完全な消火とはいかないが、短時間で燃え尽きる状態には持って行けただろう。
鈴葉は風沙梨とヒコのいる塔まで戻り、ひとまず消火――被害の縮小の成功を報告する。
「水もないし、一か所に時間を割けないしな。あれくらいでいいと思うぜ」
ヒコが鈴葉に頷き、風沙梨も同意する。
「よし、じゃあ話し合った通り、鈴葉は他の消火に回ってくれ。ここほど燃えてる場所はそうそうないと思うが、油で燃えてる箇所は気をつけろよ」
「オッケー! ヒコはちょっと疲れてるように見えるけど、大丈夫?」
「まあ、正直今維持してる壁だけでも、結構妖力が削れてるんだよな。とはいえ、あたしにはこいつがあるからまだ何とかなるぜ」
ヒコは暑さと疲れで額に浮いた汗を拭いながら自慢げに笑い、背中に背負っていた杖を手に取った。持ち手は少し曲がった木の棒で、杖の先端には頭くらいのサイズがある桃色の珠がついている。持ち手の棒は珠に巻き付くように伸びていて、その渦巻いた部分にはいくつか桜の花が咲いている。珠の中にも桜の模様が薄っすらと光っている。
「ずっと気になっていたんですが、その杖は一体……?」
風沙梨がまじまじと杖を見る。見ているだけでもそれが膨大な妖力を持った武器であると伝わってくる。しかしヒコは人混みを駆け抜ける時も、能力を使って土壁を作る時も、その杖を背負っているだけで使っていなかった。メインで使う武器ではないのだろうと風沙梨は推測する。
「これは
「おお、頼もしい!」
杖を肩に乗せてドヤ顔を決めるヒコに、鈴葉が感嘆する。
「まずはあそこの激戦区っぽいところに行ってみるよ。風沙梨はサポート頼むぜ」
「はい、頑張ります!」
ヒコはそれじゃと軽く手を振り、十メートルの高さの塔から飛び降りる。能力を使って着地できる高さに地面を盛り上げて段差を作り、段差を飛び移りながら地上へ降りて行った。ヒコの背後の段差はすぐに元の地面に戻り、地形を維持する妖力を節約している。
「よし、私も行ってくるね」
「はい……。どうかお気をつけて」
鈴葉は近場の火が上がっているところへ向かい、風沙梨は不安そうに耳を垂らしてその姿を見送った。
上空から会場を見渡せる鈴葉は、ほとんど風沙梨のサポートなしに動き回れる。風沙梨にはヒコとカリンへの指示を優先させ、素早く炎のある場所へ移動する。ヒコの予想通り、櫓のように大きな火災は起きていなかった。強風だけで吹き飛ばせる程度の火を消して回り、より燃えている場所は櫓と同じようにして、炎を空へ逃がして燃料になる可燃物から切り離す。途中でいくつか小さな消火器も見つけ、油が燃えている個所をメインにそれを使っていく。消火器の数はそれなりにあったのだが、人々の破壊行為に使われて穴が開いていたり、ホースが千切られて使えなくなっているものが多かったため、全ての炎上箇所に使うことはできなかった。
鎮火をしながら正常な意識がある人を探すが、どこを見ても暴れる人々ばかりであった。本当に会場の中で一人も無事な人はいないのかと不安がよぎる。
そうしているうちに、カリンが奮闘している姿が目に入った。カリンの周辺は一時的に記憶を書き換えられた影響か、人々が大人しく立ち尽くしている。ヒコと同じく、大人数が集まっている場所中心にカリンも能力を使っているようだ。
「カリン、大丈夫?」
鈴葉は飛ぶ高度を下げ、カリンに声をかける。一瞬びくりとしたカリンだが、味方だと気づいてほっと安堵の息をつく。しかし能力の使い過ぎで妖力が削られているのか、表情にはやはり疲れの色が見られる。
「はい、なんとか……。ですが、もうそろそろ最初の方に記憶を書き換えた方たちへの術が解けると思います。すみません……」
「最初というと、だいたい三十分前くらいかな? これだけの人数を三十分も沈静化させられるなんてすごいよ」
カリンは膝に手をついて少し休憩しながら話す。
「無事な人は見つかりましたか?」
「ううん、全然。風沙梨から連絡もないし、ヒコの方もまだ見つけてないと思う」
「そうですか……」
カリンはやっぱりというように溜息をつく。そして真っ直ぐに立ち、紫の瞳に深刻な色を浮かべて言う。
「記憶を書き換える時に、人々の記憶も覗いたんですが、最初の人たちと同じく、全員から記憶が抜け落ちていました。無事な人も怪しい人も、記憶を持っている人すらいない、完全に手がかりがありません。このまま四人で続けていても、私たちが力尽きるのは目に見えてます……」
「それはそうだけど……」
カリンは俯いてしまい、鈴葉は励まそうとするが打開できる案が思いつかない。
「
弱音を吐くカリン。鈴葉もその言葉に流されかけたが、一つの疑問が浮かぶ。
「ちょっと待って。祭りってまだ始まって一時間とかそれくらいだよね。カリンとヒコに会った時からだけど、新たに祭りに来る人が一人もいないんだよ。これも黒幕が何か関係してるんじゃないかな」
カリンが驚いて顔を上げる。鈴葉はそのまま言葉を続けた。
「きっと祭りにまだ来ていない人もいっぱいいるはずだよ!」
「た、たしかに……」
カリンは何か考えているのか、黙ったままそわそわと周囲を見回す。
「……そうですよね。諦めちゃだめですよね。……鈴葉さん、一度風沙梨さんのいるところへ戻って、ヒコも呼んで話し合いませんか? このまま会場を動き回るより、新しい作戦を考えた方がいいと思います」
「私もそう思う! 先に塔へ行って風沙梨にヒコも呼んでもらうよ。一人で大丈夫?」
「ええ、少し休めたので大丈夫です。私のことは気にせず、先に行ってください」
鈴葉は頷くと、祭り会場中心にそびえる土の塔へ急いで向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます