SCENE2:星海を泳ぐ魚
異星からの呼び声
銀河系外調査のために先行して航行していた哨戒艇アンテロスが発見した小惑星、アングルス。仮名として異星系科学者の一人であるフランク・アングルス博士の名をつけられたその小惑星に、ソムニアから調査艇が送られた。
小惑星アングルスは月の四分の一程度の大きさで、酸素や水などは見当たらないが新たな鉱石資源に対する期待を持たれての調査であった。
哨戒艇が送ってきたカメラの映像から地表に小規模の洞窟が散見されていること、光を反射する材質の鉱物があるらしいことなどが判明した。
調査班として送られたのは、サフィール班。新異星探索部隊ディアマンテの中でも経験豊富な部隊で、過去にもソムニアの歴史に名を刻むような功績を挙げている。
上層からの命を受けて下層ドックから飛び立っていく様子を、誰も何の不安もなく見送っていた。
そしてそれは、探査艇ディアマンテの乗組員たちも同じであった。
「艦長。サフィールからの定期連絡です」
「繋げ」
簡潔なやり取りののち、通信が接続される。映像と音声の両方を送ることが出来る状態で繋がり、実体のない画面上にサフィール隊長の顔が映し出された。
『此方サフィール班。降下完了。現在地から視認出来る洞窟は三つ。地表は暗灰色の砂のようなものに覆われています。映像で光を反射していた物体の正体は不明。このあと組を分けて洞窟へ向かいます』
「わかった。引き続き調査を頼む」
『了解』
ノイズもなく音声はクリアで、無事通信を終えることが出来た。艦長もブリッジの乗組員も、ホッと息を吐く。
未知の惑星や銀河系外の異星人などとの邂逅は、何度繰り返しても緊張する。仮に此方が敬意を持って接しようとも、向こうにとって無礼であれば意味はない。地球に存在した国々のあいだでさえ、文化の違いは存在したのだ。星が違えば尚更である。
このままサフィール班は問題なく調査を進め、アングルスのサンプルを持ち帰り、初動調査は終わるかと思われた。
――――しかし、それから約一週間ものあいだ、サフィール班からの通信はなく。更にソムニアからの通信に答える声すらもなかった。
「サフィール班、もう七日も連絡ないけど大丈夫かな」
「彼らに限って夢中になって連絡を忘れてたなんてことはないだろうけど……」
「こっちからの呼びかけにも応じないなんておかしいよな」
「おかしいっていや、博士の発表も変じゃなかったか」
「あの博士はいつだっておかしいだろ。首になってないのが不思議なくらいだ」
乗組員たちが、声を潜めて不安を口にしていく。最初期の頃は諫めていた艦長も、一週間音沙汰なしともなれば吐き出さなければ不安に押し潰されそうになる気持ちも理解できると、ただ渋い顔をするだけで咎めることはしなくなっていた。
対外的には調査中となっているため、ディアマンテ乗組員以外はこの空気を知らず帰還を純粋に待っている状態である。それゆえ艦長は乗組員らに、決して不安を外に漏らすな、艦内ではどれだけぼやいてもいいが家族や友人には明るく振る舞えと言明していた。
拭いきれない諦念にも似た空気が、ディアマンテ内に満ち始めた頃。
「艦長! サフィール班からの通信です!」
「なに? 繋げ」
「はい!」
ブリッジの通信交換手が、サフィール隊からの通信をブリッジ中央のモニターへと繋ぐ。いつもの連絡であるなら映像も共につけられているはずが、何故か音声のみであることを疑問に思いつつ。
「サフィール班、応答せよ。なにがあった」
艦長が努めて冷静に声をかける。
数秒の間を置いて、かすかなノイズが走った。
『艦長。見つけました』
すぐに紛うことなきサフィール班班長の声で応答があり、艦内に一瞬安堵の空気が流れる。
「そうか。ではサンプルを持ち帰り……」
艦長がそう言いかけたときだった。
『此処は良い星です。是非皆でいらしてください』
此方の通信を聞いていないかのように言葉を遮り、サフィール班長が言葉を重ねて呼びかける。
『すぐに皆でいらしてください。お待ちしています。此処は良い星です。此処は良い星です。資源も豊富にあります。皆で住むのにとても良い星です。どうかすぐに皆でいらしてください』
それは、異様なまでに穏やかで安らかな、星への勧誘の声だった。
若い乗組員の「ヒッ」という怯えたような声だけを残してブリッジが静まり返る。引き攣った表情で乗組員たちが艦長を見つめるが、艦長もまた、言葉を発することが出来なかった。ディアマンテを故郷とするサフィール班が、見つけたばかりの異星に母艦乗組員を勧誘するなどあり得ないことだ。
なにより恐ろしいのは、その声があまりにも穏やかで夢を見ているかのようであること。新異星調査中にこんなにも緊張感のない声を発することも、常であれば絶対にあり得ない。
起きてはならないこと、起きるはずもないことが起きている。
『是非皆でいらしてください。皆でお待ちしています。此処は安全です。どうぞ是非皆さんでいらしてください。お待ちしています。此処は安全です。此処は安全です。とても良い星です。此処は安全です』
水を打ったようなブリッジに、いつまでもサフィール班長の声だけが響いていた。
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