白昼の珍客
昼食時の下層ドックは、仕事上がりほどではないにせよ程よい喧騒に塗れていた。金属を熱したとき独特の匂いの中に紛れて各々が持ち込んだ食料の匂いが立ちこめ、雑多な空気を作っている。
昼の時間ばかりは運搬用重機や合成木箱が労働者たちのテーブルや椅子に変わる。多少行儀が悪くとも、大事な仕事道具に傷さえつけなければ目を瞑ってもらえるのがこの時間だ。当然だが、普段の仕事中に作業道具を尻に敷こうものならアーヴィンの怒声と岩のような拳が飛んでくる。
ユーリは貨物用の箱を運搬するのに使うパレットを数枚重ねたものの上に腰掛け、中層商業区で購入した握り飯を食べていた。
「そういや、一週間くらい前に出て行った調査艇、まだ戻ってないのか?」
ユーリを一角に歪な円を描くようにして座っていたディルク班の一人、エミールが誰にともなく訊ねた。ユーリとは違って下層の商業施設で購入したブロートサンドを囓っていたフリートヘルムが、小さくくぐもった声で「
それを皮切りに、ディルク班の昼食時の話題はサフィール班へと移った。
「此処には来てないな。余程機密に触れるもんじゃなきゃ、帰還箇所は下層港になるはずだし……抑も、出て行くのを隠してないんだから帰還も隠さないだろ、普通」
「余程向こうでヤバいもんを見つけたなら別だがなあ……そうだとしても、帰港自体隠したら余計噂になるってわかってんだろうし」
「てことは、調査が難航してるのか。珍しいな、サフィール班が」
先輩たちの、勝手知ったる会話を不思議そうな表情で聞いていたユーリに気付いたディルクが、すいと寄ってきて肩を組んだ。百九十センチ近い長身のディルクと現在成長中のユーリが並ぶと、実にアンバランスだ。
「サフィール班ってのは、調査艇ディアマンテの下位部隊で、優秀な探索者が揃った班なんだよ。主に異星探査の先遣隊として活動してて、今回もそれで調査に向かったはずなんだが……」
「それって、前に鉱石資源が豊富かも知れないってニュースになったヤツですか?」
「そう、それだ」
異星アングルスの名は、ユーリもソムニア艦内放送の一つを見ていて知っている。最近銀河外で発見された新たな小惑星で、酸素や水などは見当たらないが鉱石資源の新しい産地になりそうだと期待がされていた星である。大きさ自体は月の半分ほどもない小さな星だが、地表にいくつか深い洞窟らしき穴も発見されている。
上空からの映像調査では生命体らしき影は見当たらなかったが、微かに生命反応が見られたことから、新たな有機物も発見出来る可能性もあった。
調査が十全にされていない星は、たとえ発見されたとしても一般に位置情報までは公開されない。それゆえ、ユーリを初めとしたソムニアの住民はサフィール班が現在何処にいるのか、ソムニアへ向かっているのか、まだ調査しているのか、何一つ知ることが出来ない。
サフィール班は、異星アングルス上にある洞窟内を調査するために降下しており、ユーリは丁度休暇日だったため見ていないのだが、先日このドックと隣接する港から出港していったらしい。
「でも、星を調査するならそれくらいかかるんじゃないですか?」
「そりゃまあなあ。でも、いくらうちが下層ったって、何の情報も入ってこないのはおかしくないか?」
「俺は、その辺のことはよくわからないですけど……」
そうユーリが呟くと、ブロートサンドを食べ終えたフリートヘルムが口を挟んだ。
「抑も俺は、アングルス博士の命令ってのがおかしいと思うがね」
「まあ、それを言っちゃあ……」
吐き捨てるようなフリートヘルムの物言いに、ユーリが首を傾げる。
ディルクはフリートヘルムの言い方を「まあまあ」と窘めつつも内容には同意している様子で、言葉を選びながらユーリに解説する。
曰く。アングルス博士は大言壮語の虚飾博士で、何故博士の称号を得ているのかも不思議なくらい何の功績も持たない人だという。これはあくまで根拠のない噂だが、他人の功績を奪って自分の名で論文を発表したのではと言われている。たとえ噂でもそういった悪評をまことしやかに囁かれる程度には、疎まれているらしい。
フランク・アングルス博士は多くの才人を生み出してきたアングルス一族の者で、アングルス一族はソムニア内でもある程度の発言権を持っている。彼の曾祖父が特に偉大な科学者であったことで知られており、上層には数多の功績者に並んでその名が刻まれた盾や肖像画が飾られている。
フランク・アングルス博士は常日頃からそんな曾祖父にも劣らぬ天才であると豪語しているが、天才の証明が成された事実は、残念ながら確認されていない。
「だから今回の調査も、なんかヤバい裏があるんじゃないかって話だ」
「ま、あくまで噂だけどな。なにせ下層に研究室のネタは降りてこないもんで」
「それはそうだ」
考えても仕方ないか、とディルクが話題を切り替えようとしたときだった。
俄にドックがざわめき、周囲の作業員たちの視線が一箇所に集まった。つられて、ユーリを含むディルク班員たちも周りの視線を追って同じほうを見る。
「アーヴィン。レーヴの調整は済んでいるか」
隊員の視線が集まる先には、魚のヒレのようなパーツが頭上や袖、裾などについた朱いフードパーカーを羽織った小柄な少女がいて。しかも隊長のアーヴィンに対し、まるで十年来の友人と再会したような気安い口調で話しかけていた。
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