科学と魔法

 中層第六区から第九区へ向かうトラムに乗り込み、リーシャはそっと目を伏せた。住宅地である第六区には当然ながら無数の人の目があるが、管理者AIが出歩くこと自体は珍しいことでもなく、道行く住民たちは気紛れに挨拶をしたり噂をしたりするだけで、特別変わった反応を見せることもない。

 今更二足歩行の人型アニムスに驚くような環境でもないこのソムニアには、管理者アニムス以外にも、機械義肢やペットロイド、接客用ドロイドなども存在している。更にアニムスは、人間と遜色ない容姿のものもいれば、フィクション作品の世界から抜き出してきたような華美なもの、児童向けアニメの架空生物キャラクターを模した姿のものまで、様々ある。

 トラムの窓から外を見れば、公園で子供たちが『魔法少女☆スタアライブ』に登場する、少女たちを魔法少女に勧誘する不思議生物を模したペットロイドと遊んでいる姿が見えた。十歳にも満たない女児たちが魔法のステッキを振りかざして、きらきら輝く軌跡でハートや星を描いている。

 スタアライブはソムニアのような宇宙コロニーで生活する少女たちが、アイドルをしながら裏で魔法少女として世界を守るというストーリーだ。力強くいつでも希望を忘れないミラクルスター。明るく元気で常に笑顔を絶やさないポップスター。人一倍泣き虫だが心優しく分け隔てない慈悲で周囲を癒すキュアリースターの三人の少女が主人公で、中層では様々なグッズが売られている。

 見ていると、子供たちもどうやらそれぞれ役割分担をして公園の平和を守っているようだ。彼女らの保護者らしき大人が、公園の片隅に設置されている四阿で穏やかに見守っている姿が見える。


「いいな……」


 ぽつりと零したリーシャの本音は、丁度到着したトラムの停車音にかき消されて、誰の耳にも届かなかった。

 リーシャも以前、テオドール博士に頼んで件のCGアニメを見せてもらったことがあった。まだ地球歴だった頃から少しも変わらない、少女たちの友情と冒険と成長の物語だ。主人公の年齢が、ちょうどリーシャの外見設定年齢と同じくらい――十二歳前後とあって、尚更感情移入してしまった。

 上層に帰れば、リーシャの部屋にもあの架空生物のペットロイドが浮遊している。ミントグリーンと生成の毛並みに、やわらかな体。肉球のついた四肢に、額についたサファイアブルーの宝石。地球上にもソムニアにも現在発見されているどの惑星にも存在しない魔法生物は、子供たちの世界にだけはパートナーとして存在できる。

 子供たちはそれぞれ好きな魔法少女になれるし、それが終われば、家族の元へ帰ることも出来る。

 ただ、リーシャには彼らのように共に遊ぶ友達はいない。世界観を共有して煌めく魔法少女として振る舞える相手がいない。世界を守る戦いを終えても、迎えてくれる家族はいない。護衛艦に、人のような日常など存在しないのだから。

 広い宇宙でひとりきり。リーシャは、ソムニアを護るためだけに存在する、護衛艦ベアトリーチェの管理者アニムスだ。それが当たり前で、そうあるべきだったのに。


「何故、何故わたしは……寂しいと思うこと自体、あってはならないことなのに」


 トラムの駆動音に紛れさせ、リーシャは密やかに疑問を零した。

 リーシャは管理者アニムスとして出来て当然の、平静を装うことすら出来ない。

 同時期に作成された戦艦ヴァージルの管理者アニムス・ヴィルは、普段から冷静で表情も氷のように動かない。同じくソムニアの管理者アニムス・ダンテは、穏やかな表情と口調だが、リーシャのように感情を大きく揺るがすことはない。双方共に人を模していながら人ではない、管理者AIらしい揺るぎない精神を持っている。


「抑もどうしてわたしだけ、子供の姿なのでしょう……」


 中層の研究区最奥にある上層へ向かうエレベーターに乗り込み、肩を落とす。暗い表情をしていては、またメンテナンスに回されてしまうというのに。

 ダンテとヴィルは中身に違わず外見も成人男性の姿をしている。護衛艦などという重要な艦のアニムスが、何故リーシャのような少女なのか。彼らと同じ大人の男性で作られていたなら、精神も安定していたのではないかと詮無いことを考えてしまう。

 掃海艇アンネローゼのアニムス・メリーアンや、工作艇日向及び日和のアニムス・

ひよひわは子供の姿をしているが、精神までは未熟ではない。抑も、彼らが子供の姿で作られたのは仕事の性質上小回りが利くことを求められているからだ。

 強さや頼もしさが求められるであろう護衛艦とは話が違う。


 ――――わたしが、外と関わらないからじゃないかしら。


 上層に到着し、扉が開いたのと同時に、雪衣の言葉が頭の中で反響した。

 雪衣はずっと、全てを諦めたような態度だった。幸せになってはいけない。なにか望むことすら許されない。万一にも死を命じられたなら迷わず従うであろうあまりに深い諦念をその細く幼い身に宿していた。


 本当は、リーシャはテオドール博士が雪衣を友人候補に選んだ理由を知っていた。たくさんいる中層の人間から、他の誰でもない彼女を選んだ理由を。

 雪衣の最後の言葉と態度は、リーシャの胸の内を見透かしたようだった。


「同じものに会いたかった、なんて……わたしは……」


 リーシャもまた、管理者AIとしての自覚以外のものが芽生えてしまった、存在を赦されないであった。


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