友達の条件

「は……?」


 生前選別を免れ生きている不完全個体を直接監査しにきたものとばかり思っていたユーリは、間の抜けた声を漏らしてリーシャを見た。だが彼女の表情は揶揄っているふうでもなく、寧ろ真剣そのものだ。


「友達って……上層にはいくらでも同じような身分の人やAIくらいいるだろ?」

「はい。ですが、上層にいる人たちは殆どが研究者です。彼らは、わたしを調整する立場であって、友人ではないのです。……それに、お父様という呼び方も、わたしが中層の家庭を羨んでいるのに気付いて許可してくださったに過ぎません」


 そう語るリーシャの表情は、とても寂しげで。ユーリは、両親が共働きで誕生日や記念日でさえ滅多に会うことが出来ないと言っていた、中等学習院時代の友人の姿を思い出した。


「まあ、上層の都合はわかったよ。なら、なんで雪衣なんだ?」

「それは……お父様はなにも……」


 言葉を詰まらせ、目を伏せながらリーシャが呟く。

 すると雪衣が、小さく零した。


「わたしが、外と関わらないからじゃないかしら」

「えっ……」


 それに驚いたのはリーシャで、どういう意味なのかと見開かれた瞳が語っている。ユーリも同様だったが、十五年付き合いがある分だけ、言葉の意味はわからなくとも雪衣の感情の揺らぎは察していた。

 雪衣は疲れてくると、いつも以上にネガティブな考えに囚われる傾向にある。元々平淡で温度のない口調が更に抑揚を失い、AIよりも余程AIらしい口調になる。

 そのせいで小児病棟でもあまり友達が出来ず、専らアニムスや看護師と話していたほどだった。

 心にもないことを言ったとあとで深く落ち込むのもお約束で、今回もそれだろうと思い、零れ出る言葉を止めようとしたのだが。一歩遅かった。


「だって、そうでしょう。上層の白薔薇姫とお友達だなんて、中層や下層では自慢の種になるじゃない? 本人たちにはそんなつもりなくても、親が上層とのコネに利用したがらないとも言えないわ。そういう煩わしいことが起きにくいのよ」

「雪衣、そんな……そんなこと……」


 ないとは言い切れず、リーシャの語尾がか細く消える。

 自分がどういった存在であるか、リーシャもよく理解している。不沈艦の白薔薇姫なんて大層な呼び名をつけられて、やたらと持ち上げられている事実も知っている。

 ユーリも同様に、酒場で聞いた噂話が全部本当なら、手の届かない上層の高級品が自分から手元に降りてきたなどと知れたら、自分のものにしたがる人間がこの中層にだっていてもおかしくないと思ってしまった。

 言い切ってから、雪衣は布団に潜り込んで深く息を吐いた。

 早速吐いた言葉に後悔しているようだが、訂正するだけの余力もなさそうだった。いまはなにを言っても言葉に棘が乗ってしまうことを、誰よりも雪衣自身が嫌というほど理解している。


「ごめんなさい。たくさんお話ししたら疲れてしまったわ」


 この言葉も、もっと気を遣うべき点があったのに。

 言ってから悔やんで、でもどう言い換えればいいか疲れた頭では思い至らなくて。自身の性格にも体力にも嫌気が差すばかりで、嫌な思考にどんどん落ちていって。

 結局、なにも言わないことが最善になってしまう。それでさえ、傷つけてしまった相手にとっては拒絶と何ら変わりないのに。


「……そうね。わたしも長居してしまって、ごめんなさい。今日は帰ります」


 一礼してから退室していくリーシャを、ユーリが一瞬迷ってから追いかける。

 小児病棟にいたときも、雪衣はこんなふうに孤立していった。遊戯室まで行けない雪衣を気遣ってベッドの周りに集まってくれた子たちにキツいことを言ってしまい、他の子たちから「せっかく遊びに来てあげたのに!」「じゃあもう来ないから!」と嫌われていくのを何度も見てきた。

 他の子たちの言い分は尤もで、動けない雪衣のために色々したのに冷たい言い方で迷惑そうにされたら傷つくのも当然で、それは雪衣自身もわかっていた。それでも、心と体がままならないのだ。

 そうして周囲を傷つける度、雪衣が自身を『やっぱり存在してはいけない命だ』と追い詰めてしまうことも、ユーリは知っている。


「リーシャ」


 玄関前で呼び止めると、リーシャは一瞬ピクリと肩を震わせてから振り向いた。

 その表情は少し精彩に欠けていて、ドールとは思えないほど人間じみて見えた。


「何つーか、今日は色々悪かったな。雪衣も悪気があったわけじゃないんだ。あんな言い方で終わって、まだそう思ってくれてるかわかんないんだけど……」


 リーシャの不安に揺れる瞳を真っ直ぐに見つめ、ユーリは懸命に伝えた。いまは、幼い照れ隠しで乱暴なことを言っていい場面ではないからと、はぐらかしそうになる自分を抑えて。

 一瞬、雪衣はただ疲れていただけだと言おうとした。けれどそれはそれで、自分が突然押しかけてしまったせいだと落ち込んでしまうかも知れないと思いとどまった。なによりいま此処でユーリがなにをどう言いつくろったところで、雪衣がリーシャに言ったことが消えるわけではないのだ。

 それならせめて、伝えるべきことを伝えよう。


「でも、雪衣と友達になってくれたら、俺もうれしい。外には出られないから会いに行くことは出来ないし、俺も仕事で家にいないことばかりだけど……体調のせいで、思うように言えないだけでさ、家に迎えたことは嘘じゃないと思うから」

「……はい……っ」


 涙を溜めた瞳をうれしそうに細め、ユーリの言葉を噛みしめるようにただそれだけ言うと、リーシャは深くお辞儀をして兄妹の家を去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る