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 俺は陰キャで友達もほとんどいなくて、クラスでも河瀬が話しかけてくる以外は必要最低限しか言葉を交わさない正真正銘のぼっちだけれども、これだけは分かる。


 放課後の教室に、二人きり。日付は二月十四日、しかも俺のほうが呼び出されたときた。

 ――これは期待していいんだよな? 河瀬サン。

 

 本命でないことは十分承知だ。彼女と俺が釣り合うはずもないし、彼女は基本誰にだって優しい。だがそれでも義理チョコくらいは期待したっていいよな……いいんだよな……? もらえる、よな……?


「あのねえ」

 河瀬がため息とともに更に呆れた目を向けてきた。

「何を期待してるかはわからないけど、アンタにチョコはないから」


「……え」


 俺の口から思わず声が漏れた。


「あ、ないんすか」


 おい、何を口走っているんだ、俺! ないんすか、なんて、まるでチョコだけを求めてきた恥ずかしいやつだろ! まあ現に期待していたのは間違っていないんだけどね。


 もうここまできたら、素直に告白するしかない。

「すみません、正直に言いますと、チョコを期待していました」

 すると河瀬は少し笑って言った。


「そこまで来るとすがすがしいね。正直すぎるから友達いないんじゃないの?」

 そんなことはないと思うけど。……と信じたいけどね。

「まあ、チョコはない。だけどチョコに関することではあるよ」

「それは河瀬、どういうことだ?」

 

 まったくと言っていいほど話が読めない。すると河瀬が話し出した。


「今日はバレンタインデーでしょ。私は友チョコを作りたかったの」

「はあ」

「なんだけど家に材料がなくて作れなくて」

「そうだったのか」

「それでさ、和樹を呼んだのよ」


 そこだ。なぜそうなるのだ。なぜ家に材料がないから俺を呼ぶのだ。その過程に、その理由に言及してくれ。

 ……いや、待てよ。まさか。


「……だから俺を『材料』に?」

「なわけ」


 俺の渾身のボケを一掃する河瀬。まあボケというよりかは、ほんの一瞬そうかと思ったが。


「和樹。そのさ、ほんとに材料にするかと思ったみたいな目、やめてくんない?」


 河瀬が笑いながらそう言ってくる。やはり俺の思考は彼女には透けて見えるらしい。


「まあ、ここで俺を材料にとか言えるのが和樹の面白さなんだけどね」


 そう言った後、河瀬は改めて俺の顔を見た。

「それでなんだけど、材料が家にないからさ。和樹、買ってきてくれない?」

「つまりそれって」

「そう、パシリ」

「まあ、ここでなんともなさげにパシリとか言えるのが河瀬の面白さなんだよな」

「でしょ?」

「なわけ」


 俺はツッコんだ。年頃の男子を呼び出しておいてパシリは無いだろうがよ。

 そう言いたかったが、やめておく。


 そうだ、河瀬はそんなやつだった。


「わかったよ」

 俺は仕方なく首肯した。

「おつかい、行ってくるよ。どこに何を買いに行けばいいんだ?」


「え、ほんとにいいの?」

 河瀬の顔が輝く。こんなときですら可愛いと思ってしまうのだから、本当に美人は得だよな。

「じゃあ、これ買ってきて」


 俺の手にメモが押し付けられる。

「お、おう」


 河瀬のきれいな字で書かれた食材の羅列が目に入る。


「おい、河瀬。これ買ったらどこで待ち合せれば……って、あれ」


 なんと、河瀬はいつの間にか消えていたのだった。さっきまでここにいたはずなのに、俺がメモに見入っている隙に姿を消したんだろうか。


「ったく」


 付き合う俺もどうかと思うが、河瀬はクラスの中でも話しかけてくれる貴重な存在なので無下には扱いたくない。とはいっても、別に俺が話しかけてほしいと頼んだわけではないんだが。


「まあ、とりあえす買うか。どっかで会えるかもしれないし」


 俺は教室を出て、スーパーマーケットへ向かうことにする。

 

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