俺は白い日にだって彼女には勝てない。

咲翔

1

 世の男子諸君に問う。そこの君は、例の日にチョコレートをもらったことがあるだろうか。

 ……え、お母さんからならあるって? それはそれでいいじゃないか。

 ……義理チョコならもらった? 義理でもなんでも女の子からもらったことに変わりはないじゃないか。

 実は本命を受け取ったことがあるぅ? お前、俺の敵な。覚えとけよ。


 俺の母上は、その日のおやつにチョコレートをくれるが、手作りでもなんでもない、市販のものだ。だからこれはもらったチョコの数にカウントしないというルールを俺は独自に作っている。


 そのルールにのっとると、俺はこの十七年間の人生において、二月十四日という「例の日」に女の子、あるいは女性からチョコレートをもらったことが一切ないのである。俺のカレンダーにバレンタインなんて言う文字はない。

 そして、そのバレンタインデーとやらにチョコレートをゲットした俺の敵のみなさんには、必然的にもう一つイベントが発生することだろう。通称「ホワイトデー」――三月十四日にもらったお菓子のお返しをするという行事である。

 

 ホワイトデー。なんということだろう、直訳すると「白い日」である。バレンタインデーにチョコをあげるのは日本の製菓会社の戦略だのなんだのという噂が飛び交っているが、もとはというと「聖バレンタインデー」というれっきとした記念日である。しかし許せないのは、セットで作られた「ホワイトデー」だ。これはもはやその戦略以外の何物でもないと俺は思っているが、それはいったん置いておこう。


 さて、モチのロンであるのだがホワイトデーも俺の辞書およびカレンダーには載っていない。


 ――いや、正確にいうと


 俺の敵さんたちよ、今日でその敵対関係は解消された。俺からの襲撃が起こることはない。安心してこれからは生きるがよい。

 そしてかつての仲間よ、すまない。


 某西暦年、二月十四日。放課後の誰も残っていない教室に呼び出された俺――此上和樹このうえ かずきの目の前には、クラス中……いや学年、学校中から大人気の美少女が今、立っているのだった。


「和樹、今なんか……すんごい偉そうな語り口で何かを語ってなかった?」

「偉そうな語り口? 今、俺何も言っていないんですけど」

「いや、頭の中でって話よ。仲間に『もうお前とは違うんだ』的なことを言うみたいなさ。わからないけど」


 黒目がちな綺麗な瞳に呆れの光を浮かべながら、彼女が俺のことを見てくる。文句なしのルックス、かわいらしい声、少し強気な性格に、すべてを見透かしたような聡明な言動。

 そう、彼女こそが河瀬美來かわせ みくる


 三文字で表すなら「ぼっち」と分類される俺に対して、「人気者」の称号を持つ最強美少女である。


 この陽キャ人気者の彼女は、今年、高校二年生で同じクラスになるなり、陰キャぼっちの俺にしつこいほどかまってくるようになった。

 そしてこちらの思考すら見透かしたような……というのは先ほど述べたが、そのとおりである。

 ご名答だよ、河瀬。俺は今かつての仲間に別れを告げたところなんだ。


 え、なんの仲間かって?

 わかるだろう、バレンタインデーにチョコをもらったことなんてない同盟の仲間たちだよ。


「そ、それで……河瀬」


 精一杯の笑顔を作る。


「俺に何か用かな?」


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