3

 夕方ともなると、スーパーは混んでいた。お惣菜のタイムセールも始まる時間だ。俺はひしめき合っているカートや人の間をすり抜けながら、まずは一品目を探しに行く。


「粉砂糖は……っと」

 砂糖くらいなら俺にだって探せる。一つ目を難なくクリアすると、俺はすぐに次のターゲットを探し始めた。


「アーモンドパウダー……か」


 お菓子作りなどしないから、アーモンドパウダーなんて買ったことがない。しばらく売り場を歩き回っているが、見つからない。……あ、もしかして。俺は一つの可能性に思い当たる。


 今のシーズンだと、お菓子作りコーナーとして主に使われる材料がまとめておいてあったりするんじゃないだろうか。


 そしてたいていそういう季節ものの特集はレジの近くでやっているものだ。

 推理通りレジにたどり着くと、案の定というべきか、ハートや何やらで彩られたコーナーが立っていた。

「予想どおり」


 少し嬉しくなりながら、アーモンドパウダーを探す。


「あったあった」


 しかもグラニュー糖や食用色素などなど、ほかの材料もすべて見つかったのだった。

 自分の功績を自分でたたえながら、俺は会計を済ませ店を出る。


 ……と、そこで。


「ご苦労、和樹クン」

「河瀬!?」


 スーパーの自動ドアの出口を出たところに、河瀬美來が腰に手を当て立っていたのだ。

 俺より背の小さい彼女の、威厳などみじんもない仁王立ちを見ながら、尋ねる。

「河瀬、どうしてここに」


「本当は和樹に買わせ……買ってもらって、家まで届けてもらうつもりだったんだけど。和樹、私の家知らないでしょ」

「そりゃね」

 出会って一年の高校生男女、しかもただのクラスメイトが互いの家を知っていたら少しの恐怖を感じてもいいだろう。

「てか、買ってもらって、の前に『買わせて』って言いかけただろ」

「さあ、なんのことかしら」


 相変わらず自分勝手な彼女の姿に、なぜか安心を覚えながらも俺は袋を手渡す。


「はい。一応メモに書いてあった奴は全部そろえたぞ」

 河瀬はレシートと袋の中身を見比べてから、やがてうなずいた。


「うん、ありがとう! 和樹、はじめてのおつかい、よくできたね!」

「誰がはじめてのおつかいじゃ、こら」

「あはははは」


 何がそんなに面白いんだか。河瀬はひとしきり笑った後、「そうだ」と言って何やら持っていたトートバッグの中から取り出す。


「和樹、はい、これ」

 

 俺の手のひらに、今度は買い物メモではなく筒状の何かが乗せられた。


「パシリのお礼と、義理チョコもかねて」


 パシリさせた側はお礼なんてしないだろ……というツッコミは言わない。というか、吞み込まざるを得ないほど、俺の心臓は高鳴っていた。


 河瀬が俺に渡したもの――それすなわち、紙の筒に入ったカラフルチョコレートだったのだ。


「こ、こ、こ、これは……バレンタインチョコ、なるものでは!?」


「この日に渡すチョコをすべてそういうならその部類に入るかもね」

 どことなくツンケンした声で河瀬が言う。


「河瀬様、ありがとうございます」

「陰キャぼっち和樹からの様付けなんて気持ち悪いだけだからやめて」

「ダイレクトな悪口こそやめてもらっていいですか」


 そういいつつも、俺は人生初バレンタインチョコの幸せをかみしめながら聞く。


「そういや、今日買ったのは何を作るためのものなんだ?」

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