第5話 ツッコミが必殺技になりそうな件

スライムを倒したあと、俺と詞音は並んで森の出口を目指していた。


いつの間にか隣を歩くようになっていたが、二人の間には微妙な沈黙が流れている。


「なあ、詞音」


「……何ですか?」


「あのスライム、わざわざ自分の弱点教えてくれたよな」


「ええ」


「この世界のモンスターって、みんなあんなに親切なのか?」


「そんなわけないでしょう。あなたが呑気すぎて油断しただけです」


詞音は呆れたように目を細めたが、なぜか頬がかすかに赤い。


「……でも、あなたといると不思議と退屈しないですね」


「へえ?」


俺が少し驚いて横を見ると、詞音はすぐ視線を逸らした。


おい、それってデレってやつじゃないか? ここで照れ隠しとか、テンプレすぎて逆に斬新だぞ。


と、その時。


「そろそろ僕の自己紹介をしっかりしておこうか、一騎くん」


唐突に頭の中でカタリの声が響いた。


「お前、まだ自己紹介終わってなかったの?」


「もちろん。僕はただのスキルじゃない。君の言葉を具現化する、最強の相棒さ」


「胡散臭さが半端ないんだけど」


「失礼だな、一騎くん。最高の相棒に向かって」


「俺はお前を相棒に選んだ覚えはないぞ」


「選ばれるより選ぶタイプだからね、僕は」


「なお悪いわ」


「まあ、それはさておき、僕のルールを簡単に説明するよ」


俺は小さくため息をついた。


異世界に来てから能力と口喧嘩ばかりしている気がする。


だが、確かにこいつの能力について、ちゃんとしたルールをまだ聞いていなかった。


面倒だが、真面目に説明を聞くべきだろう。


「……なんだよ、早く言えよ」


「君の言葉を現実に変えるのが僕、『言霊無双』だ。ただし条件がある」


能力は丁寧に説明した。


1.意識的に言った言葉だけが発動する。

2.否定形は無効。(「死なない」でも相手は死ぬ)

3.断定形のほうが効果が強い。(「倒れろ」より「倒れた」が強力)

4.比喩表現は発動しない。(「ぶっ飛ばす」はダメ、「吹き飛んだ」はOK)


「つまり、下手なツッコミが必殺技になるわけか?」


俺が確認すると、カタリは嬉しそうに答える。


「その通り! 一騎くん、君のツッコミには命がかかっている」


「面倒すぎる……」


ため息をつく俺に、詞音が微妙な表情で口を挟んだ。


「あなたのツッコミ、無駄に多いですもんね」


「いや、無駄じゃないだろ。君が変なこと言うから……」


「あ、そうですか。すみません、変な女で」


詞音が拗ねたように顔をそらす。


しまった、また微妙な地雷を踏んだか?


「あー、そういう意味じゃなくて……」


「知りません。あなたは私を変だと思ってるんですよね?」


「あーもう、そういうのズルいからやめてくれよ……可愛いし」


「は?」


やばい。また心の声が漏れた。


詞音の顔が一瞬で赤くなったが、すぐに無表情になって冷静を装う。だが耳まで真っ赤だ。


おいおい、テンプレを忠実に守りすぎだろ。


「あー……とにかく次の街に行こう。次の街ってどこ?」


話題を逸らすために急いで聞くと、詞音は少しだけ機嫌を直し、軽く咳払いをした。


「句読点自治区です。交易が盛んな街で、情報も手に入りやすいですから」


「またすごい名前だな……」


「異世界では普通です。あなたの名前のほうがよっぽど変ですよ、一騎くん」


「いや、吉良一騎って普通だろ?」


「普通じゃないです。バストゥール=ヴェルグレイン=オルディナ=ファルセウス=グランディオ=レクト=エルバラン=フィンブラス=エルネスタ=ルドルファード三世とかなら普通ですが」


「どこが普通だよ!」


俺は全力でツッコんだが、詞音は涼しい顔で言った。


「それに、あなたの名前、覚えやすくていいですね」


「え?」


「何でもないです。さっさと行きましょう」


そう言って、詞音は先に歩き出す。


なんだそれ。そんなさりげないデレ方があるかよ。


カタリが俺の頭の中で楽しげに言った。


「一騎くん、この旅、なかなか楽しくなりそうじゃない?」


「うるさい」


ぶっきらぼうに返したが、正直ちょっと楽しみだと思ってしまった自分が悔しい。


異世界、面倒くさいけど悪くないかもしれない――いや、悪くないどころか、かなりいいかもしれない。

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