Bパート
次の日から武志は会社から休暇を取って街角に立ち、ビラを配って情報提供を呼び掛けていた。その姿は一生懸命で真剣そのものだ。
私も荒木警部から許可を取って、その事故を洗い直した。私自身が違和感を覚えたのもあるが、あきらめきれない武志を納得させるためだ。彼があの事故をいつまでも引きずっていたら、かえって莉子がそれに悩まされてしまうだろう。
事故を起こした車に乗っていたのは4人、運転していた加山守。助手席の合田悟、後席には宮前次郎と松本信二だ。4人は近くの居酒屋で酒を飲んでいたようだが、加山だけは酒を口にしなかったという。
その後、居酒屋を出て車に乗って国道を走った。目撃者によれば、かなりのスピードだったという。そして事故現場の直前でハンドル操作を誤り、歩道に突っ込んで水野莉子をはねた・・・それが調書にあった。
私も裏付け捜査をしてみた。異なる事実がないか・・・。だが調べてみたが何も出てこない。やはり単なるスピードの出し過ぎによる過失なのだろうか・・・。
数日後、私は街でビラを配っている武志を見かけた。すると彼も私に気付いて、すぐにそばに来た。
「日比野さん。聞いてください!」
「何か、あったの?」
彼の様子から何か新しい事実が出たのかもしれない。
「実は重要な話が・・・。運転していた加山は居酒屋にいなかったようなんです!」
「えっ! なんですって!」
「知り合いが教えてくれたんだけど、奴ら4人で飲んでいたけど、そこには加山でなく井上通という男がいた。だから加山以外の奴が飲酒運転したんです!」
「じゃあ、加山は? 車を運転していないならどこにいたの? 事故の時は現場にいたのよね」
「それは・・・わかりません」
「呼び出されて酔っている仲間の代わりに車を運転したという可能性があるわね」
「でも奴ら、嘘をついたんです! これには何かあります!」
武志はそう言った。
(確かにそうだわ。そこに隠したい事実があったとしたら・・・)
私は署に帰って荒木警部にそのことを話してみた。
「う~む。嘘をついてまで加山が居酒屋にいなかったことを隠したい理由があった・・・そう考えるべきだろう。これはひょっとしたらひょっとするかもしれんぞ!」
荒木警部は顎に手を当てた。
「加山は事故現場にいた。これは事実だろう。奴はどこかで合流した。それがどこかということだ。居酒屋からか、帰り道か。それとも事故現場か・・・もしそうなら加山は運転していないことになる」
「警部。それでは・・・」
「ああ、事実関係が全く変わることになる。事故を起こしたのは別の人物だ。これは由々しき問題だ。おい! 倉田!」
荒木警部は倉田班長を呼んだ。
「ちょっと手を貸してやれ!」
「わかりました」
こうして倉田班長たちがあの事故の捜査を手伝ってくれることになった。これで武志の無念を晴らすことができるだろう。
調べて行くといろいろなことが分かった。今回の事故の時、車には合田ら3人しか乗っていなかった。加山はその道を偶然、歩いていただけなのだ。事故の時、その場に駆け付けて身代わりを押し付けられた・・・それが事実だった。あとは裏付けをするだけだ。目撃証言を積み重ねて行けばそれは果たせる・・・私はそう確信していた。
合田悟たちは昔からの付き合いで悪さをいろいろしていた。だが合田の父は町の有力者だ。有能な弁護士を雇ってもみ消しをしていたらしい。莉子の事故の時も武志が示談に応じず裁判になったが、その弁護士の力で軽い刑になったようだ。だが今度こそ彼らに罪に見合った罰を受けさせることができるだろう。
◇
次の日の早朝、武志が署に私を尋ねてきた。息を切らせて、かなり慌てている。
「大変です! 莉子がいなくなった!」
「なんですって! 本当なの?」
「はい。朝から姿が消えていて・・・」
「一緒に探すわ! 心当たりのある場所を教えて!」
散歩か何かでふらっと出て行っただけかもしれない。しかし彼女はずっと家に引きこもっていた。わざわざ杖をついて歩いて行ったのなら・・・私は嫌な予感がした。
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