Cパート
私と武志は手分けして莉子を探し回った。大学やレッスン場、そして行きそうな店や友達のところなど・・・。しばらくして私はやっと彼女を見つけることができた。彼女は広い川原の公園に座っていたのだ。私はほっとして武志に連絡すると、彼女のそばに寄った。
莉子は眺めていた。その先では数人の少女がダンスの練習をしている。彼女たちはバック転などのアクロバティックな技のため、厚いクッションを置いていた。
「莉子さん」
私は彼女に声をかけた。すると彼女は私の方を見ることもなく口を開いた。
「ここは私の原点なの。アイドルにあこがれて、ここで遊んだ。布団をクッション代わりに置いて飛びはねていたわ・・・」
彼女の目は遠い過去を見ていた。「布団(FUTON)」というグループ名がそこから取ったというのを聞いたことがある。
「私もあんな時があった。あの頃は楽しかった。でも今の私は・・・」
彼女は動かなくなった左下肢に目を落とした。私は彼女に言った。
「あなたの足は動くわ。きっとまた踊れるようになる」
「気休めは言わないで! 私にはわかっているの」
「そんなことはないわ」
「いいえ。兄さんも同じことを言うけど、もう私はお終いなの・・・」
その時、車の大きなエンジン音が響き渡った。スポーツカーが1台、川原に乗り入れてきたのだ。ここは車両進入禁止のはずなのに・・・。周りの迷惑も顧みず、猛スピードで飛ばしてはドリフトして砂を巻き上げて我が物顔で走りまわっている。
練習していた少女たちはあわててクッションをもってそこから逃げた。
「まただわ! 迷惑なのに・・・」
彼女たちはぶつぶつ言っていた。その車は常習的にここで走り回っているようだ。注意しなければならないが、とりあえず莉子を安全なところに避難させなければならない。
「危ないわ! 行きましょう!」
私と莉子は立ち上がってそこを離れようとした。すると車が私たちの前で停まった。
「おや! 『翼の折れた妖精』じゃねえか! コソコソ嗅ぎ回りやがって!」
窓から顔を出したのは合田悟だった。私たちが捜査しているのに気付いたのだろう。すべて莉子のせいだと思い込んでいるようだ。
「この野郎! またひかれたいのか!」
それを聞いて私は直感した。あの事故の時、車を運転していたのは合田だと・・・。私はそれを彼に突き付けた。
「警察よ! あなたが事故の時に運転していたのね!」
「うるせえ! そんなことどうでもいいだろう! 思い知らせてやるぜ!」
合田は逆上して車を急発進させて私たちに向かってきた。
「危ない!」
私は彼女を抱きかかえて何とか車をやり過ごした。こんな危険な行為をする合田をこのままにはしてはおけない。
「待ちなさい!」
私は追いかけた。すると合田はUターンして車をこっちに向けてきた。私をひき殺そうとせんばかりに突っ込んでくる。
「停まりなさい!」
私は拳銃を抜いて、「パーン」と上に向けて威嚇射撃した。だが車はスピードを落とすことなく走ってくる。
「パーン! パーン!」
今度は車に向けて発砲した。だが車は向きを変えず、そのまま走ってくる。私はあわてて横に飛んで、間一髪のところで避けることができた。だが・・・
「莉子さん!」
車は莉子に向かってまっすぐ突進している。走ることのできない莉子は逃げられない。車が彼女にどんどん迫っていく。その時、武志が川原に来たのだ。
「莉子! 危ない!」
彼はとっさに車の前に飛び込んでいき、莉子を突き飛ばした。それで彼女は地面を転がって難を逃れることができた。だが代わりに武志が車にはねられることになった。
「バーン!」
武志ははね飛ばされて地面に転がっていった。一方、車はコントロールを失い、盛り土に乗り上げて停まった。中からあわてて合田が出て来て逃げようとする。
「逃がさないわ!」
私は合田を捕まえると右手を取って組み伏せた。
「殺人未遂の現行犯で逮捕します!」
私は合田に手錠をかけた。彼は観念したのか、そのままおとなしくなった。この男の罪は重い。きっと厳罰に処せられるだろう・・・私はそう確信していた。
車にひかれた武志は気を失って地面に倒れたままだった。
「兄さん!」
莉子は何とか立ち上がり、杖なしでよろめきながらも兄のもとに歩いた。
「兄さん! しっかりして!」
彼女は何度も呼び続けた。するとようやく武志は目を開けた。
「莉子か・・・。大丈夫だったか?」
「私は大丈夫、でも兄さんが・・・」
「俺も大丈夫だ。動けないだけだ。俺もしばらく入院だな」
武志は心配させまいと無理に笑顔を作っている。そして彼はあることに気付いた。
「莉子、歩けたじゃないか。杖なしで・・・」
彼女もそう言われた初めて気付いた。
「本当だ。兄さんが心配で思わず・・・」
「もう左足は動くんだ。もう足のことで悲しまないでくれ。昔の莉子に戻ってくれ!」
「私、心配ばかりかけていて・・・、でももう兄さんを心配させないから・・・」
「それじゃ、兄さんと約束してくれ。またダンスに挑戦すると・・・」
「でも私・・・」
「莉子ならできる。約束だぞ!」
武志は優しく微笑んだ。
「うん。わかった。私、やってみる」
莉子は大きくうなずいた。その表情にかつての明るさが戻った。
◇
幸いなことに武志は数か所の骨折だけで命に別状なかった。だがしばらくは入院となる。その間、莉子は・・・。
私は偶然、あの川原を通りかかった。するとそこに莉子の姿があった。おぼつかない足つきでダンスを練習している。彼女は兄と約束を果たそうとしているのだ。だが・・・すぐに転んでしまった。
「莉子さん!」
私は彼女のそばに駆け寄ろうとしたが、背後からの声で止められた。
「日比野。手を出すんじゃない」
振り返ると荒木警部が立っていた。
「警部!」
「私も彼女のファンでな」
荒木警部も彼女のことを気にかけていたのだ。
「彼女は自分の足で立とうとしている。だからこのまま見守ってやるんだ」
だが彼女はそれからも何度も転んでいた。
「まだあんな感じで・・・。彼女はまた以前のようにダンスができるのでしょうか?」
私の問いに荒木警部は確信したように答えた。
「きっとできる! また立ち上がる意志がある限り、彼女はきっとできる。私はそう信じている」
私たちが見ている前で莉子は何度も立ち上がった。その足は転ぶたびにしっかりと地面に立っていた。天下無双の妖精・・・その称号を取り戻す日が来るのかもしれない。
翼の折れた妖精 広之新 @hironosin
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