Aパート

 私は同じマンションの知り合いの女性に頼まれて城南署に行くことになった。彼女は水野莉子という大学生だ。裁判所で暴れた兄の身柄引き取りに行ってほしいという。彼女は左下肢が不自由で松葉杖をついている。


「ごめんなさい。兄がこんなことになって・・・」

「いいのよ。心配ね」

「いつもなら兄はこんなことしないのだけど・・・」


 彼女はため息をついた。彼女は私と同じマンションで5歳上の兄と2人で暮らしている。両親は2年前に交通事故で亡くなっており、その兄が会社員として働いて生活を支えている。

 以前、彼女は「布団(FUTON)」というアイドルグループでダンスを担当していた。キレのあるアクロバティックなダンスとそのかわいらしいルックスから「天下無双の妖精」と呼ばれていた。だが半年前の事故が彼女の運命を変えた。


 レッスンからの帰り道、ただ普通に歩道を歩いていた彼女に猛スピードで車が突っ込んで来た。彼女はひかれて左下肢の骨を複雑骨折した。その後遺症でダンスができなくなったばかりか、杖が手放せなくなってしまった。それから彼女は家に引きこもり、暗い顔をするようになった。


 私は署で手続きをして武志と会った。引き取りに来た私に彼はバツの悪そうな顔をしていた。


「けんかしたって聞いたわよ?」

「ごめんなさい! つい・・・」

「仕方がないわね、莉子さんが心配していたわよ。さあ、帰りましょう」


 私は武志を引き取ってマンションに帰った。その途中、武志は私に言った。


「莉子はずっとあのままなんだ。もうダンスができなくなって・・・」

「足がそんなに悪いのね」

「いや、医者が言うにはリハビリすれば普通に歩けるようになるって。でも莉子はあきらめて杖を手放なそうとしない。事故に遭った後、『翼の折れた妖精』などと雑誌に書かれてショックを受けたようなんだ」

「莉子さんは立ち直るわ。彼女は強いもの。アイドルグループに入るために一生懸命、ダンスを練習していたから」

「俺もそう信じているんだ。きっと立ち直るって。だけど・・・」


 武志はため息をついた。


「俺は腑に落ちないんだよ。莉子があんなになったのに相手はあんな軽い罪だなんて・・・」

「でも裁判でそうなったんでしょ」

「不注意で車があんなスピードで突っ込んでくるもんか! 調査ではかなりのスピードだって。死んでもおかしくないほど。道をずっとぶっ飛ばしていたんだ。だけど運転していた加山からはアルコールは検出されなかった・・・」


 武志は裁判の結果に納得していない。それは私も同じだ。何か違和感を覚えていた。


「俺! もう一度、調べ直すよ。それで民事裁判を起こして奴らを謝らせてやる! 莉子からダンスを奪った奴らに・・・」


 武志はそう言った。莉子はもう忘れたいと思っているかもしれないが、妹思いの武志は何としてもその償いをさせたいと考えているようだ。

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