第24話
歩行者信号が青になり、二人がこちらに向かって歩いてくる。
僕は横断歩道を渡らず、そこから少し離れて立った。スマホを見るふりをして二人の様子を伺った。
二人はまるで恋人同士のように密着して、楽しそうに歩いている。
凛華先輩の彼氏と友達であることに間違いはない。特に彼氏のほうは、人を馬鹿にしたような目をしていたから覚えている。
二人が僕の前を通り過ぎた。僕には気づいていないみたいだ。
僕はカバンから帽子、メガネ、マスクを取り出した。何かあった時のためだと思って、高校の時に買った帽子とメガネをいつも鞄に入れている。まさか役に立つ時がくるなんて。
急いで帽子、メガネ、マスクを装着して、二人を尾行した。
二人は駅のすぐそばにあるカフェに入って行った。
カフェがガラス張りなので外から様子を伺うことができた。二人はレジに並んでいる。並んでいる時もずっと密着したままだ。もし、凛華先輩に見つかったらとか、この二人は思わないのか? いや、逆にこんなに堂々と腕を組んで密着しているのなら、もしかしたら本当に仲の良い友達という可能性もある。
二人がどんな関係なのか確かめないと。
二人は会計を終えて、カップを受け取り、お店の二階へ上がっていった。二階にはイートインスペースがあるようだ。
僕もお店に入ってアイスカフェラテを注文し、受け取ってから二階へ上がった。
二階に上がって見渡すと、テーブル席がざっと六席。あとは窓際のカウンター席が十席ほどある。
コーヒーを飲みながらパソコンで作業している人や、本を読んでいる人など、五人以上はいるようだ。
先輩の彼氏と先輩の友達は、窓際のカウンター席に座っていた。二人の後ろにあるテーブル席が空いていたので、そこの席に座る。
意外と近くて話し声が聞こえる。
僕は耳に全神経を集中させた。
「お前いい加減離れろって! 飲みにくい」
先輩の彼氏の声だ。
「えーいいじゃん。たまにしかこうやって二人になれないんだし」
「誰かに見られたらどうするんだよ」
「私は別にいいよ? 見られても」
「はぁ? もう会ってやらねー」
「いつも会いたいって言ってくるのはそっちじゃん。今日もやるんでしょ?」
「声がでけぇよ! こんなとこでそんなこと言わない」
「もしかして、ついに凛華とやったの?」
「……やってない。付き合って三ヶ月だぞ? 全然やらしてくれないし、その前にキスもさせてくれないんだけど」
「え? キスもまだなの?」
「この前一回だけした。無理矢理」
「無理矢理って。あはは」
「いつもキスしようとしたら逃げられるんだよ。可哀想な俺」
「そうだね。可哀想だね」
「それにしても俺、めちゃくちゃ我慢してるよな?」
「えっ? いやいや我慢できてないじゃん。私とやりまくってるんだから」
「だから声がでけぇって」
「大丈夫だって誰も聞いてない。そろそろ別れて私と付き合えばいいじゃん」
「どうせなら、やってから別れたいじゃん。それにまだ凛華のこと好きだし」
「私のことも好き?」
「お前のことも好きだよ」
「最低〜。あははは」
「お前も最低だろ! 友達の彼氏とやりまくってるんだぞ」
自分の拳が震えていた。片方の手で必死に震えを止めた。
ダメだ。ここであいつを殴っても何にもならない。殴ったほうが負けだ。落ち着け。冷静になれ。
これで先輩の彼氏が浮気していることは確定した。そして、友達も先輩を裏切っている。
一旦、外に出て頭を冷やそう。カフェラテを一気に飲んで、店の外へ出た。
外の空気を吸うと少し落ち着いてきた。
これからどうする? 尾行を続ける? 尾行を続けて、僕はあの二人を黙ってみていられるのか?
そうだ。浮気の証拠になる写真を撮ろう。何かあった時のためだ。凛華先輩を守るための材料になるかもしれない。使い道は後日考えればいい。
スマホの着信音が鳴った。画面を見ると、湊からの電話だった。
そうだった。湊がいる古着屋に向かう途中だった。どうしよう。浮気の証拠になる写真を撮るチャンスなんて絶対今日しかない。
約束を断るか、それとも……。
「もしもし」
「真絃どこ? 遅くない?」
「ごめん。今から駅のすぐそばにあるカフェに来てほしい。あと、マスクと……帽子かメガネある? できればマスクと帽子とメガネをつけてきてほしい」
「え? カフェ? マスク? 何で?」
「会ったら説明する。なるべく目立たないようにお願い」
「分かった……。とりあえず行くわ」
湊を呼ぶべきか迷ったけれど、一人ではこの状況を乗り越えられないと思った。今から一人で写真を撮りに行くこともできた。でも、またこの拳が震え出して、あいつを殴りたくなるかもしれない。僕を止めてくれる人がいないとダメだ。
巻き込んでごめん。湊。
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