第12話

 土曜日午後三時、そろそろ先輩を迎えに行こう。僕の家の最寄り駅で待ち合わせて、お菓子とかジュースとか買ってウチまで一緒に行く。

 お母さんは五時以降しか帰ってこないから、それまでとりあえず今後の計画とかを話す予定だ。


 駅の改札口を出た辺りで先輩を待つ。はぁ、と息を吐くと、白い息が出るくらい寒くなってきた。空を見上げると、雲が空一面をおおっている。どこを見ても灰色の空だ。僕の心の色と同じだ。ずっと心が灰色なんだ。心が黒で塗りつぶされそうだけれど、凛華先輩がいてくれるから、僕の心に少し白が足されて灰色になる。

 

 スマホで時間を確認する。もう電車がついた頃だろう。もうすぐ先輩がくるはずだ。先輩は今日どんな服装でくるのだろう。制服か、黒ずくめの姿しか見たことがないので、ちょっとだけ楽しみだ、とか思うだけならいいよな。


「真絃お待たせ」

 先輩の声が聞こえて振り返ると、黒ずくめの先輩がいた。

「えっ。今日、目立たない格好しなくていいんですよ? 普通の服装で良かったのに……」

「私、普段からこんな感じなの。黒い服ばっかりなの」

 先輩が口をへの字に曲げて、悲しそうな顔をしている。最近は強気な先輩よりも、普通の女の子の顔をする先輩のほうが多くなった気がする。まぁ普通の女の子ってなんなんだっていう話だけれど。

 先輩はもしかして拗ねたのか? 僕は余計なことを言ってしまったのかもしれない。

 

「なんかすみません。……先輩、黒似合いますね」

「無理に褒めなくていいよ。ほら行くよ」

 先輩が歩き出した。

「待ってください」と僕は先輩の腕を掴んだ。

「何?」

 先輩は僕を睨みながら、頬を膨らませている。

「僕の家は逆方向です」

 また先輩の口がへの字になった。

「真絃が前歩いてよ」

「分かりました。先輩、黒似合うのは本当ですからね。先輩細くて、スタイル良いし、髪も綺麗で、モデルみたいで、そういう黒が似合う人ってなかなかいないと思いますよ」

 先輩の口角が上がったような気がした。機嫌は直ったかな。

「もういいから、前歩いて」

「はい」

 途中、家の近くのコンビニに寄って、ジュースやおかしを買って僕の家に向かった。


 僕の家について玄関を開けようとした時、先輩から笑顔が消えた。初めて僕に声をかけた時のような顔をしている。きっと緊張しているんだろう。

「先輩、まだ誰もいないんでリラックスしてください」

 先輩が頷いた。

 玄関を開け、靴を脱いで家に上がって先輩を待つ。先輩は丁寧に手を使って靴を脱ぎ、家に上がって靴を綺麗にそろえる。僕の散らかした靴までそろえてくれた。

「すみません。ありがとうございます。僕、友達の家とかだったらちゃんと靴そろえますからね!」となぜか弁解した。

「いいよ、気にしないで。私も自分の家だったらそろえないから」

 先輩が片方だけ口角上げ、悪そうな顔をして笑った。

「意外とがさつなんですね」

「意外とか言ったね!? 真絃の中で私のイメージってどんな感じなの?」

「さぁ。僕の部屋二階なんでついてきてください」

「話そらした」

 背中に先輩から睨まれているような視線を感じるけれど、怖いから振り向かないでおく。

 部屋のドアを開け、「先輩入ってください」と言うと、先輩が部屋を物色するように見ている。そんなに見られると、裸を見られているように恥ずかしい。

「あんまり見ないでくださいね」

「あ、ごめん。男の子の部屋初めてだから。……あ、友達の部屋が初めてだった」

「そうなんですね。特に何もない部屋ですよ」

「い! が! い! に部屋綺麗にしてるんだね」

 先輩がしたり顔を僕に向けてくる。さっきの仕返しのつもりなのか、意外、を強調して言ったきた。今日の先輩は子供みたいだ。

「い! が! い! と僕、綺麗好きなんですよ。なんか……今日の先輩コロコロ表情が変わって面白いです」

「え、面白い? なんかやだ」と言って、先輩がカーペットの上に座る。

 僕はテーブルに買ってきたジュースとお菓子を広げ、先輩の横に座った。

「先輩、どうぞ食べてください」

「あのさ、今日は先輩呼びと、敬語、やめたほうがいいんじゃない? 付き合ってることになってるんだし」

「そ、そうですよね……何て呼んだらいいですか?」

「凛華」

「り、ん、か」

「うん。今から敬語もなしね」

「分かりまし、分かった」

 先輩が微笑んだ。優しい目をしている。僕も微笑み返して、しばらく見つめ合った。目が離せなかった。先輩に吸い込まれていきそうな感覚になった。少し吸い込まれそうになって、先輩に近づこうとする体を必死に止めた。先輩が僕から目を逸らした。

「きょ、今日聞かれそうなこと考えておこうよ」と言って先輩が自分の髪をくるくると指に巻いている。

「そ、そうですね」と言って僕も意味もなく自分の髪を触る。


 それから、いつから付き合っているかとか、聞かれそうなことは考えた。

 あとは、先輩が不倫相手の子供だとどうやってお母さんに気づかせるのかだ。前に、大丈夫だと言っていた。でも、どうやって気づかせるのか、大丈夫なのか先輩に訊いたら、「大丈夫。私に任せて」と言うだけだった。だから、そこは先輩を信じるしかない。

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