第11話

 ショッピングモールを出て駅に向かう途中、凛華先輩が、「お腹すいたー! 駅前のハンバーガー食べに行こうよ」と言って空元気な笑顔を見せた。

 僕も、「そうですね」と言って無理矢理笑った。正直食欲がなかったけれど、ハンバーガーを食べに行くことにした。先輩が頑張ってくれたんだから、僕は先輩の言う通りに動く。


 ハンバーガーショップについて先輩が先に注文をする。

「僕も一緒に注文してもいいですか?」と先輩に訊いて、いいよ、と言われたので僕も注文した。

 注文し終えて、先輩がお金を払おうと、バックから財布を取り出そうとしている。その手を僕は止めた。

「先輩はお金出さなくていいです」

 先輩が望遠レンズを買っていたおかげで写真が撮れたし、それよりも僕は単純に格好つけたかった。頼りになる男だと思われたかった。

「え? ダメだよ」と先輩が言うけれど、「いいんです。先に席を確保しておいてください」と自分的にはクールな顔をした。

「絶対あとで払うから!」と困った表情をして先輩は席を確保しに行った。


 注文したハンバーガー達がトレーの上に乗せられ、それを持って先輩を探す。お店の奥のほうに座っている先輩が見えた。たぶん僕は学校でも、どこでも先輩を見つけるのが得意なんだ。先輩の名前を知らない時も先輩だけが目に入っていたから。こんなこと考えている自分が気持ち悪い。考えるのをやめよう。


 先輩に近づくと、テーブルの上にお札を出しているのが見えた。お金出さないでって言ったのに。僕は絶対受け取らない。


「先輩、お待たせしました」

「ありがとう。これお金。絶対受け取って」

 先輩が僕を睨むように見ている。そんなに睨まれると怖くて受け取ってしまいそうだけれど、僕は負けない。

「ダメです。先輩は望遠レンズ買ってくれたじゃないですか。だからここは奢らせてください」

「あれは私が勝手に買ったんだから、真絃は関係ない」

「関係あるでしょ!」

「関係ないって!」

「たとえ関係なくても! 男が奢るって言った時は、素直に奢られてください! 僕に格好つけさせてくださいよ!」

 言ってしまった。格好つけさせてとか言うのが一番格好悪いじゃないか。顔が熱い。顔の熱さが首に伝わって、体まで熱さが蝕んでいく。

 先輩が黙っている。黙られると余計に熱さが増して、汗が出る。

 この沈黙をいち早く破りたくて、ハンバーガーを手に取った。

「いただきます!」

 僕は無心でハンバーガーを食べる。先輩を気にしないように、ハンバーガーだけに集中する。


「ごめんね。私、こういうの慣れてないから、どうしたらいいのか分からなくて……」

 先輩が俯いている。そんな落ち込むなんて思わなかった。

「僕こそすみません。変に格好つけようとしてました。すみません」

 まだ顔が熱い。また一口ハンバーガーを食べる。

「うん。ごめん」

「いや、すみません」

 気まずい空気が流れる。先輩がまだ俯いている。いつもの強気はどこいったんだ。

「先輩。食べましょうよ」

 先輩が顔を上げて、うん、と頷く。ハンバーガーを手に取り、先輩が大きな口を開けてかぶりつく。結構豪快に食べるんだな、と思い笑いそうになる。

 でも、まだ気まずい空気が漂っている。何か喋らないと。

 先輩はチーズバーガー、ポテト、ナゲット、シェイクを頼んでいた。僕よりも食べる量が多い。

「先輩がこんなに食べるの意外です」

 先輩が僕の目をじっと見てくる。

「……真絃ってさ、結構ズバッと言うよね」

「え? いや先輩のほうが……」

「は? 私は全然言わないよ!」

「いや、先輩がズバッと言うから僕も言ってしまうんですよ」

「は? 私のせい? だいたい女の子に向かって食べるの意外〜とかさ、女の子は少食って思ってるんでしょ? それ偏見だよ! 真絃とだって意外に食べないんだね。少食なんだ」

「意外とか言ってすみません。というか、先輩も偏見じゃないですか! 男だって少食の人もいますから!」

 先輩がハンバーガーを食べながら、睨んでくるので、僕も睨んだ。

 僕は耐えきれなくなって、吹き出して笑った。

 先輩も僕につられたのか笑い出した。今までで一番楽しそうに笑っている。今は僕のことを父親の不倫相手の息子だとは忘れているんじゃないかな。そんな笑顔だ。僕だけが友達で、僕だけが知っている笑顔だ。


「私達、こんな喧嘩する仲になったの? 初めての友達と初めての喧嘩だよ」

 先輩が優しく笑う。僕も少し口元が緩む。

「喧嘩じゃないです。小競り合いです。初めての小競り合い。それだけ仲良くなったってことですよ」

「そっか、小競り合いか」とポテトを食べる先輩。

 先輩はずっと嬉しそうに笑って食べている。僕も嬉しい気持ちがきっと顔に出ている。はたから見ると、二人でニヤニヤしながら食べているんじゃないかな。


「はぁ、おなかいっぱい」

 先輩がいつの間にか完食していた。僕よりも量が多かったのに、先に食べ終わるなんて。

「食べるの早すぎません!?」と言うと、また先輩が僕を睨んでいる。

「真絃が食べるの遅いんだよ!」

 僕も先輩を睨む。

「……また小競り合いじゃないですか」

 ぷっ、と先輩が吹き出して笑う。僕もつられて笑う。こんな平和な時間がずっと続けばいいのにな。


「真絃、食べながら聞いてね」

 僕は頷く。

「今日は無事に写真撮れたし、月曜日に写真をコンビニで印刷して、脅迫状を作る準備しよっか」

「そうですね」

 先輩がスマホを見ながら、「この写真は決定的な証拠になるね」と言って僕にスマホの画面を見せてくる。

「すみません。今は見たくないです。さっき目の前で見ちゃったので……」

「そっか、そうだよね……ごめん」

「いえ。……先輩は写真見るの平気なんですか? 辛くないですか?」

「辛いよ。でも不倫が続いて、いつか家族が壊れるほうが辛いでしょ? だから今は辛くても耐えられる」

「先輩は強いですね。僕は無理だ。耐えられない」

「真絃はそれでいいんだよ。そのままの真絃でいてよ」

 先輩が僕のことを優しい目で見る。まるで可愛い弟を見るような優しい目。そのままの僕でいたくないな。


「もぉ何で不倫なんかするんですかね! 不倫するなら別れたらいいのに。というか、不倫するなら結婚するなって話ですよ! 不倫は犯罪ではないけど、誰かを絶対に傷つけるんだからやめてほしいですよね……」

「そうだよね……。不倫してる人達って、誰かが傷つくなんて思ってないから平気なんだろうね。自分達が楽しければそれでいい、みたいな。いっそ、不倫がなくならないなら一夫多妻制とか一妻多夫制とかにすればいいのに!」

「……僕は嫌だな。僕は一人の人を愛したいな……」

 今、恥ずかしいことを言った気がする。でも、本当のことだ。僕は自分が傷ついたみたいに、誰かを不倫で傷つけたくない。傷つけたくないと言う前に、一人の人を愛して、一人の人に愛されたい。

「真絃……かっこいいこと言うじゃん。」

「べ、別に普通ですよ」


 

 僕達は月曜日、コンビニで写真を印刷して、カフェでカフェラテでも飲みながら二人で脅迫文を考えた。


 火曜日、二冊雑誌を買った。自分達で字を書くとバレる可能性があるので、雑誌の文章の文字を切り取って、一つずつ文字を白紙に貼っていった。


『あなたが不倫をしていることは知っています。別れないと職場に写真を送りつけます』


という脅迫文を作った。


 その日、家に帰るとお母さんが、「真絃、最近帰るの遅くない? もしかして彼女できたの?」と急に訊かれた。

 彼女ではないけれど、彼女と答えたら、凛華先輩をお母さんに紹介する口実ができる。不倫相手の子供と僕が付き合っていると思わせて、二人を別れさせる作戦ができる。

「うん……。彼女できた……」

 お母さんを見ると、嬉しそうに微笑んでいる。

「そっかそっか! 彼女できたんだぁ! 彼女できたことはいいけどさ、こんな遅くまで彼女連れ回したら悪いよ?」

「分かってる。ちゃんと送って帰ってるし」

「一回ウチに遊びに連れておいでよ。お母さん会ってみたいな。遊びに来て、夜ご飯食べて帰ったらいいんじゃない?」

 お母さんからそう言ってもらえて手間が省けた。先輩に確認をしないと。


 自分の部屋に入って、先輩にメッセージを送る。

『さっき家に帰り着いたんですけど、お母さんから、彼女できたの? って訊かれて、できたって言ったら、ウチに連れておいでって言われたんです! 別れさせるチャンスです! 先輩が嫌じゃなければウチに来ませんか?』

 

 しばらくすると先輩から返事が来た。

『本当に!? チャンスだね! じゃあ脅迫文より先にそっちを実行しよう!』


 先輩と話し合って、今週土曜日に実行することになった。

 きっと土曜日、お母さんは不倫を楽しんで帰ってくる。楽しんで帰ってきたら不倫相手の子供が自分の子供と付き合っていた、と知ったら絶望するだろうな。

 そして、不倫をやめる選択をしてくれたら良いのだけれど。

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