第39紡 誰もいないはずの教室

日直だった私は、放課後、忘れ物を取りに教室へ戻った。

窓の外はもう暗く、廊下の明かりだけがぼんやりと差し込んでいる。


ドアを開けると、中に人影が見えた。

制服を着た、誰かが黒板の前に立っている。


「……まだ、いたんだ」

そう声をかけると、返事はなかった。

目を凝らして見ると、制服が少し、古いように見えた。


翌日、友達にそのことを話すと、変な顔をされた。

「誰も残ってなかったって先生言ってたよ。カギもしまってたって」


放課後、また教室を見に行った。

昨日のように黒板の前に立つ人影はいない。

代わりに黒板の隅に、小さな文字で書かれた言葉があった。


「また明日ね」


私はチョークで「だれ?」と返してみた。

次の日、そこにはこう書かれていた。


「教えてあげる。順番にね」


それから毎日、黒板に“誰か”とのやり取りが続いた。

日付も、名前も書かれず、ただ短い言葉だけが残されていく。


「わたしはまだここにいる」

「授業中がすきだった」

「昼休みの音がこわかった」

「いつか、また、いっしょに」


だんだん、言葉が長くなっていった。

そして、ある日を境に、こう変わった。


「ずっとひとりだった」

「やっと、あなたが来た」

「だれにも渡さない」


黒板に返事を書くのをやめた。

それでも次の日、「なぜ返事しないの」とだけ残されていた。


私はこわくなって、先生にその教室のことを尋ねた。

先生は黙ったまま、やがてこう言った。


「……あの教室、昔、事故があった。ひとりの子が――」

その先は教えてくれなかった。


次の日、私は教室に入らなかった。

黒板の文字が気になりつつも、もう関わらないと決めた。


けれど、家に帰ってふと気づいた。

机の上のノートに、チョークのような文字で書かれていた。


「ここにもいるよ」


背後に視線を感じた。

あの制服の、少し古びた匂いがした。


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機械が紡いだ短編小説集 機械 ツムグ @shurafy

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