焔丸の天下無双
くさなぎきりん
第1話
「
戸を開け放って飛び込んできたのは、町内の若い衆、弥助だ。荒い息をつきながら、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「弥助は相も変わらずやかましいね、何だってんだい?」
火鉢の前で朝餉の支度をしていた女が、面倒くさそうに振り向いた。
「
その言葉に長屋の住人たちが顔を見合わせる。空気が凍るような静寂。
「……オルガ・ディゼット、だったか」
煎餅座布団を枕代わりに寝転がってた男が呟く。
男の名は
『天下無双』とは形のある物ではないが、何故か誰もがその持ち主を認識できる。そして、この国で最強の剣客ただ一人のみが持つことができる、正に「天が認めた最強の称号」なのである。
ゆえに挑戦者が後を絶たないが、それもまた『天下無双』の宿命なのだ。
「朝飯前の運動にゃ丁度いい。ちょっくら行ってくらぁ」
焔丸が道場に到着すると、既にその男は待っていた。
異国の地から流れ着いた巨漢。身の丈六尺五寸(約二メートル)を誇る、鍛え抜かれた肉体の持ち主。
しかも力だけではなく、研ぎ澄まされた反射神経と、幼少期から培った技術も持ち合わせている。
そんな怪物がこの国で「太刀」に出会い、その強さは他者が手が付けられない段階へと至った。
……焔丸を除いて、だが。
仇敵が現れるとオルガはにやりと笑い、抜き身で肩に担いでた太刀を片手で振り下ろした。
空気が裂ける轟音。
「Chegou a hora da vingança《復讐の時は来た》! コタビコソ『テンカムソウ』ヲワガモノニ!」
低く響く異国訛りの声。
「ハッ! 大人しく
焔丸は腰の宝刀『竜燐』を抜いた。世に一振だけの、真っ赤な刃身を持つ刀。
双方が剣を向ければ、一騎打ちの条件は成立する。両名の放つ凄まじい剣気に道場がビリビリと振動する。
超級の剣気に当てられ泡を吹いて失神する見物人やら腰を抜かす輩も出る中、両者ほぼ同時に床を蹴る。
速い速い! 刃が交わること四度、わずか数瞬の出来事だ。
オルガが不敵に嗤う。
「スザクハ、ドウシタ! スザクヲウッテコイ!」
焔丸は静かに目を細めた。
竜燐を操る焔丸だけが使える、必殺の剣『朱雀』。焔丸の剣気が最高潮に達したとき、それに呼応して竜鱗の刀身は炎と化す。あらゆる防御が不可能となった竜燐を、焔丸の持つ最高速度の斬撃で放つ。これを受けた者で未だに剣を握っているのは、今のところオルガ一人のみだ。
半年前、この必殺剣で袈裟に焼き斬られてオルガは敗れ去ったのだが……
オルガはその技を撃ってこいと挑発しているのだ。
「ほぉ、粋がるじゃねぇか」
一歩踏み込んで右薙。これは陽動。
すかさず逆袈裟。これも陽動。
そして本命は陽動と比較にならないほどの神速で上段からの唐竹一閃!
炎が唸りを上げ、剣が燃え上がる。
「イマダ!」
オルガの体が素早く横へ流れる。傷が癒えてから今日までひたすら練習してきた『三才歩』と呼ばれる体捌きがこれ以上ないタイミングで決まった。
炎の刃が空を切る!
スザク、ヤブレタリ!!
オルガが勝ち誇った笑みを浮かべようとしたその時。
軸足の踏ん張りが消滅。直後、オルガの左膝から下が泣き別れた。
「……ナ、ンダト……!?」
崩れ落ちたオルガが目を見開く。
床に倒れた時、ようやく何が起きたのかを把握した。焔丸の刃が、斬り下ろした直後に空中で瞬時に向きを変え、左足を払っていたことに。
焔丸は静かに刀を納める。
「二段朱雀よ。初撃で沈むのが当たり前、二の太刀があるなんざ知ってる奴ァ、そうはいねえってな」
「……ニダンスザク……ミゴト……!」
オルガは微笑を浮かべたまま気を失った。
決着がついた後、道場に静寂が戻る。
やがて見物人共が息を吹き返し、歓声を上げる。
「やっぱり旦那は天下無双だ!」
「すげえ、朱雀にそんな続きがあったとは!」
「しかし恐ろしき剣技……『天下無双』の頂の高さは図り知れんな……」
「さ、
焔丸の天下無双 くさなぎきりん @kusanagikirin
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