修行
全然迷
KAC20255
森は薄暗く、陽はまだ姿を見せない。
かろうじて木々の騒めきが聞こえ、霧の中に不釣り合いな甘い紅(べに)の匂いが微かに漂う。
薫は腰ほどの高さの岩の上、八艘の構えを取っている。
風が吹くたび、長い紅(くれない)の髪がゆるやかに揺れ、額にうっすらとかかった汗をなぞる。
「身体がふらついてるぞ、薫」
「力を抜け」
鋭い声が響く。
「今度は霞の形だ」
「はい……」
言葉とともに、汗を拭うと、岩の上で静かに構えを取る。
薫はゆっくりと呼吸を整えた。
 ̄ ̄ ̄ ̄
百錬流
彼女が学ぶ流派は、独特であり形は3つ。 どれも通常の形と呼ばれるものとは違う。
虚(うろ)の形 ……心 虚の如く 己を無くすこと。
鏡の形……形 鏡の如く 相手を写すこと。
水の形……剣 水の如く 自在に動くこと。
無形、そしてその動きは変幻自在。
しかし、それには全てを知る必要がある。
薫は今その虚の形を練っている。
 ̄ ̄ ̄ ̄
百錬が手にしたのは、一本の木刀。しかし、それはただの木刀ではない。
百錬の魔素が流れ込むことで、刃のような鋭さを持つ武器となる。
百錬が構えた瞬間、薫の目が鋭くなる。
一瞬の沈黙。
そして……。
風が鳴る。
薫の体がバレエのダンスをするが如く華麗に舞う。
「(心は虚の如く、形は鏡の如く、剣は水の如く)」
剣は霧のように魔素を纏い、水のように流れた。
百錬の木刀が打ち込まれる。
それを紙一重で躱しながら、薫の刀がしなやかに弧を描く。
“スゥンッ!”
“ボゥアッ!”
だが、次の瞬間百錬は魔素を放ち、動きを誘う。それに釣られた薫の脇腹を
生身の木刀が……。
“バチィン!!”
衝撃が響き、薫の身体が岩の上で揺れ、思わず足元が崩れそうになる。
「……っ!!」
そのまま後方へ跳び、息を整える。
百錬は刀を下ろし、ゆっくりと首を振った。
「オメェの切っ先は、振れっぶれだ」
百錬の厳しい声が響く。
硬い魔素を纏った木刀の鋭い一撃が、薫の刀を弾き飛ばした。
「くっ……!」
手のひらにジンとした痛みが広がる。
「オメェ、何を迷ってる?」
薫は軽く空を見上げて眼を瞑る。
刀を握る指先の魔素が微かに波立つ。
……迷っている? そんなはずは……。
「私は……」
「私は、ただ……」
……何を考えていた?
力を振るう責任?
理解できない焦り?
戦いに対する恐れ?
それとも、ただの……?
思考は巡る。
百錬はふうっと溜息をつき、刀を肩に担いだ。
「いいか、薫。剣は心を映す。心が揺らげば、魔素も揺らぐ。そして剣に現れる」
木刀の切っ先が、スッと薫の額へと向けられる。
その気配に薫は思わず目を開いた。
「敵の前で迷った時点で、オメェはもう斬られてんだ」
「オメェは虚の形の何たるかを分かってねぇ」
「基本だぁ基本、全てはそっから始まるのさ」
薫は唇を噛み締め、再び目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
彼女は暴れる魔素を抑え、そして迷いを断ち切る様に両手の拳を握り締め、喉の奥から叫ぶ。
「うぉおおおおーーーーーーっ!!」
余計な思考を手放し、薫の魔素も鎮まり、もう一度目を開いたとき、切っ先はもう微動だにしなかった。
木々の間から陽が訪れ、森も動き出していた。
薫は思う。
「(迷いは完全に消えたわけじゃない。
けれど、それを抱えながらでも、前へ進める気がする)」
彼女の足元に、朝露が光っていた。
……しばらくして。
「さて、腹も減った。まずは飯だな」
「ふふっ、ですね」
二人はゆっくりと歩き出す。
森の中、昼の光が穏やかに降り注いでいた。
「お腹空きましたねぇ……」
「…………」
更に時は流れ。二人は森を歩き続ける。
「はァーっ! もう、夕餉どきですねぇ……ほんとッ、お腹空きましたねぇ」
百錬は薫をチラリと見返り。
「そこの木の根っこでも齧っとけェ」
「師匠、それパワハラです」
「どこからどこまでが、線引きってやつやら……、AC(公共広告機構)かってェの」
「???」
「空腹の線引きなんてもんはなァ、気の持ちようだ」
「気持ちでお腹が膨れるなら、苦労しませんよ……」
「甘ぇな。武人ってのはな、飢えにも慣れとくもんよ」
「……まさか、次の修行って“空腹に耐える”ですか?」
「おっ、察しがいいなァ」
「“武士は食わねど高楊枝”ってやつだ」
「いやいやいや、修行になってませんよ! ご飯食べましょうよ!」
「“腹が減っては戦は出来ぬ”とも言うじゃないですかぁ」
「まあ、冗談だ。ほら、この握り飯でも食っとけェ」
「もォーっ!、最初から出してくださいよ!!」
「ははは、空腹の限界を知るにやぁ、いい機会だったろ?」
「もう……ほんとに、もうっ……」
ふくれっ面で、握り飯を受け取り、ほっと息をつく。
「ところで、師匠はどうして天下無双を目指差なかったんですか?」
「ああァん、そんなこったァどうでもいい……」
「黙って、食っとけェ……」
百錬は酒をちびちびやり出した。
空はいつの間にか朱に染まり、森の木々が長い影を落としていた。
よく朝、
日が昇る少し前。
「師匠 早く起きて、いいかげん布団から出て下さい」
「もう少し寝かせてくれェ」
「ちょっと頭がズキズキする」
「えーっ あの後、ずっと1人で飲んでたんですかぁ?」
こうして修行の日は続く……。
修行 全然迷 @zen_zenmei
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