『せられー』がもんげー可愛い、晴れの国の美雨さん【KAC20255】

風波野ナオ

『せられー』こそ一番岡山らしい言葉である※

「森の芸術際、週末行こうか?」



私が聞くと、美雨(みう)さんが答える。



「せられー」



それは、天下無双の決め台詞。

美雨さんは何でもこれで済ませてしまう。



岡山弁で『~してください』という意味だが、アクセントや言い方で意味が違う。

普通は『せ』がフラットで『られ』にかけてアクセントが高くなり、その後は抜ける。


さっきのは、最初からやや高く、『れ』にかけて更に上がっていくアクセント。

『すればいいじゃない。わたしはあまり興味がありません』の意味だ。

岡山に来て3年。やっと『せられー』の違いがわかるようになった。


※ 個人の感想です。




生まれも育ちも岡山、晴れの国なのに名前は雨の美雨さん。

興味ない。いつもそうだけど、結局私に付き合ってくれる。



だが、今日は残念な事を伝えないといけない。




「4月に東京へ転勤なんだ」


美雨さんはこう答えた。


「せられー」


アクセントは下のまま。力がない。訳すなら『すれば?でも本当は嫌』だろうか。


一緒に用水路へ落ちたことを思い出した。後で月光の元笑いながら、ダンスをしたっけ。

このまま彼女を置いて、東京へ戻って幸せなのか。


「よかったら一緒n……」


最後まで言えず、私はえりをつかまれ、投げられた。

宙に浮いたと思ったら、私と彼女は一回転。私が押し倒した格好になっていた。

ご丁寧に布団まで敷いてある。


彼女はじっと私を見つめた後、目を閉じる。




そして言った。


「せられー」




初めて聞くせられーだった。アクセントは途中までフラット。『れ』が高くなって、最後にハートが付いているようだ。訳すと『しても、いいんだよ♡』か。

彼女は少し赤らみ、私は息を呑んだ。天使のように思えた。



このせられーなら毎日聞きたい。



決めた。





その後、私と美雨さんは更に仲良くなり、一緒に暮らしている。

東京の会社は辞め、地元企業に入った。


『起きられー』

『会社行かれー』

『早く寝られー』


あれ以来天使のせられーは、一度も言ってくれない。

それが、一緒に暮らすと言うことだろう。





「そういえば、プロポーズしてなかったですね」


くつろいでいた美雨さんは、読んでいたゼクシィを放り投げ正座。

えっ、今する流れ?




彼女は私の目を見つめ、少し照れながら言った。


「せられー」

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