【KAC20255】お疲れ様です

石田宏暁

【テーマ】天下無双・ダンス・布団

「病院行ったの?」 

「ああ、足底腱膜炎だって」


 嫁さんは、いじっていたスマホの画面を見せて言った。「ほらぁ、それ長時間の立ち仕事などが主な原因だって。労災でるんじゃない?」


「はぁ〜入院するわけじゃないし、ストレッチとか筋力トレーニングするしかないって医者も言ってたから無理だろう」

「ふうん。お大事に~」


 労災で会社になんか頼れるわけがない。俺の担当している取引先は、売上不振で同業他社にアライアンスを組んで貰って何とか首を繋いでいる状態だった。


「はぁあ〜足が痛い」と嫌味を言いながら洗い物と洗濯をやる。共働きだから、やるのは当たり前だけど。


「パパ、アライアンスって何?」と小学生の息子が聞いた。最近は親の仕事に興味が出てきたのか『電話があったことだけお伝えくださいっ』とか『なるはやでアポとります』なんて言葉を冗談でいっていた。


 仕事用語が面白いのかもしれない。こっちの気もしらないで。


「業務提携って意味だけどさ、ウチの商品が店頭でいちばん売れないから、会社でも取引先でも一番の下っ端なんだよ」

「ふうん。お大事に〜あはは」

 

 下っ端だから倉庫の棚を組み立てたり、在庫の棚卸しを手伝ったり、何の仕事をしてるのか分からなくなる。身体は痛いし。


 数年前は、まだ景気もよくてパリッとしたスーツで店周りして新企画の商品サンプルを持って商談していたのに、今は人員不足で雑用ばかり押し付けられる。


「はぁあ〜」あの頃はやり甲斐もあってサービス残業なんて何ともなかった。今じゃ詰まらない仕事だと馬鹿にしていた内勤が、逆に楽しそうに見えて妬ましい。


「何でも横文字にすれば深刻味が出て便利なのよ」嫁さんは気楽に息子に話している。「パパもよくモチベーションが〜とか言ってるでしょ。意味分かってないよ、絶対」


「パパの会社はガバダンスがカバカバだぁ」

「あははは!」嫁さんが笑う。「それをいうならガバナンスが、ガバガバよ」


「……」

「パパ、元気ないね。足痛むの?」

「あ、ううん。大丈夫」


 昨日の決算報告は散々だった。取締役に『お前の部門は赤字をどう改善する気だ?』とか『経費払って返品貰いやがって、こんなの商売じゃない』とか『意識を変えてレベルの高い仕事してください』といわれた。


 他の部署からも、アイツは駄目だと陰口をたたかれている。雑用やってりゃ下に見られても仕方ないのかも。


『雑用なんか誰でも出来る仕事は他にやらせて、もっと高度な目標たてなさい』


 でも誰かがやらなきゃ、俺が率先してやらなきゃって思っていた。仕事にレベルも高度も低度もないだろうって。


『あなたの為に言ってるんですよ』


「おれ、会社辞めたいかも」息子が部屋でゲームをしている間に俺は嫁さんに話していた。「いくら働いても認めて貰えないみたいでさ、ちょっと辛い」


「……」嫁さんは少し黙っていた。俺は泣きそうな声を絞った。「まだまだ息子にも金かかるし、男らしくない理由かもしれないけどさ」


「あっは。もともと男らしくなんかなかったじゃない。一緒にマニュキュアでも塗る?」

「な、なんだよ」


「辞めてもいいよ」

「……え?」


「売れないのは貴方のせいじゃないんだけどなぁ、雑用やってくれるし、現実分かってないのは会社の人よね。でもまあ何とかなるよ。私も働いてるし」

「ごめん――」俺は涙を堪えて、言葉につまった。嫁さんは、あまりにもあっさりと退職を許してくれた。


「謝ることないよ。男だからとか、仕事するからとか、それだけで結婚したわけじゃないもん。信じてるから一緒になったんだもん」

「あ、ああ、ぐすっ。ありがとう」


「気晴らしに悠くんとゲームでもしなよ。今日は美味しいもの、作ってあげるから」

「こんな俺ですまない」


 俺は部屋に座って、戦国武者が敵をバタバタと倒していくモニターを眺めていた。息子は自分の座布団を俺に渡した。


「パパ、足痛いなら使っていいよ。もういっこ足にひきなよ。一緒に天下無双やる?」

「どれどれ、まだ三面やってるのかよ。いいよ、後ろで見てるから」

「えーっ、二人用でやろうよ!」

「はいはい」


 下手くそな息子は、何回も何回も殺られては立ち上がって戦っていた。あまり楽しそうに死ぬものだから、ついつい笑いが漏れた。


「ああ、やられた!」


「あと一面やったら直帰していいよ」

「マンパワーでいこう」

「ウィンウィンで~」

「お疲れ様です!」


 さっきまで退職願いを書こうと考えていたのに、何回も立ち上がる武者を見ていて、それでいいような気がした。それが生きてることの醍醐味とすら感じた。


 仕事用語を聞いていたら、また可笑しくなった。息子が電話口から覚えてしまうほど、俺は本当は仕事が好きなんだろうな。


 もっと気楽に考えれば良かったのかもしれない。何回だって何度だって立ち上がれはいい。本当に死ぬわけじゃないんだ。


 もう少し頑張ってみるかな。


「パパ、悠くん!」いつもの明るい嫁さんの声がした。「さあ、すき焼きが出来たわよ」



          完

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