第4話 ◯◯の間の期間

 翌朝、駅の改札はいつものように通学・通勤の人達で賑わっている。


「今日も人多いねー」


「だね」


 人通りは変わらないのに、ヴァレンタインデーが終われば、急に街中は静かになったような気がした。


 駅に貼られているポスターも、ヴァレンタインデーからホワイトデーの物へと変わっている。


「ホワイトデーってさ、何かついで感あるよね」


 わたしが言えば、隣にいる朱音が手を繋いできた。


「分かる。貰った男の子もさ、どんな気持ちでこのポスター見てるんだろうね……ということで、貰った彩音ちゃんはどんな気持ち?」


 首をコテンと傾けて覗き込むようにして聞いてくる朱音から、照れを隠すようにそっぽを向いて応える。


「べ、別に。お返しはちゃんとした方が良いかな……とか?」


「へぇ」


「何、その興味なさそうな反応は。お姉ちゃんが聞いてきたんでしょ」


「だって、好きでもない相手から貰ったら普通『お返し面倒くせぇ』『金が勿体ねぇ』か、『俺ってこんなに女子から貰ったんだぜ』って悦に浸るかでしょ」


「なるほど……って、お姉ちゃん酷すぎ」


 たまに、朱音は男嫌いなのではないかと思う時がある。


 わたしは先程のお返しに朱音に聞いた。


「じゃあ、反対に聞くけど、チョコあげた側はどんな気持ちでこのポスター見てるの?」


「え、あたしあげてないよ」


「いやいやいや、物理的には、わたしが吉田君にあげたけど、あれはお姉ちゃんからじゃん。だからさ、どうなん?」


 再度聞けば、朱音は興味なさそうに言った。


「んー、別に」


「は? 別にって何!? だって、本命チョコって言ったら告白と同義やで! 返事はイエスかノーか、半分か……って古いな。って、ちゃうわ、ボケ。とにかく、ドキドキソワソワするもんやろ?」


 一人でノリツッコミしてしまった。恥ずかしい。


 そして、気を張っているときは標準語で喋れるが、気が抜けるとすぐに関西訛りになってしまう。前後に並んでいる人が、チラリとこちらに注目しているのが分かる。


 ただ、一度関西弁になると、わたし達は関西弁で喋ってしまう節がある。


「彩音は初心やねん。そんなところが可愛いんやけどな」


 よしよしと頭を撫でられ、子供扱いしてくる朱音にムッとした顔を見せれば、朱音は溜め息を吐いて言った。


「ほな言うけどな、ヴァレンタインからホワイトデーなんて一ヶ月もあるんやで? 好きならそれまでに返事があるはずやん。無いってことは脈無し確定。逆に惨めになるから、お返しとかせんといて欲しいねん」


「せ、せやな……」


 それなら、わたしも藤井君に早めに返事をするべきだろうか。


 藤井君に恋愛感情があるわけではないのだが、失恋には上書き保存が良いと聞く。この際、吉田君を諦める為に藤井君と付き合うのも悪く無い。


「そんな浅はかな考えで付き合ったら、藤井君が可哀想やで」


「確かに……って、わたし、なんも言ってないんやけど」


「彩音の考えてることくらい分かるわ。双子なんやから」


「マジで!? てことは、わたしの好きな人も……?」


「勿論分かんで」


「マジか……」


 修羅場確定……かと思いきや、朱音に横からギュッと抱きつかれて言われた。


「お姉ちゃんやろ?」


「え?」


「彩音は、あたしの事が大好きやもんね。当たってるやろ?」


「あ……せやな。せやせや、お姉ちゃんがめっちゃ好きやで。それは間違いないわ」


 良かった。吉田君の事はバレてはいないようだ。


“まもなく、4番線に◯◯行きの電車が到着します”


 タイミング良く電車がホームに到着した。


「座れるかな」


「無理やろな」


 わたしと朱音は満員とまではいかない、やや混雑した電車に乗り込んだ。


◇◇◇◇


 教室の扉を開けるなり、藤井君と目が合った。


「お、おはよう」


「う、うん。おはよう」


 互いにぎこちなく挨拶すれば、藤井君の友人が異変に気が付いた。


「おい、藤井。なんかあったんか?」


「べ、別に」


「それ、別にって態度じゃないじゃろ」


「彩音ちゃん……いや、朱音ちゃんかな? 藤井に虐められたりしとらん? 大丈夫?」


「あ、うん……」


 困惑していると、藤井君は友人二人の背中を押しながら言った。


「おい、お前らこっち来い。彩音ちゃんに嫌われたら末代まで呪っちゃるけん」


「おー、こわッ」


「朱音ちゃん、彩音ちゃん。バイバーイ」


 友人の一人に手を振られ、小さく振り返す。手を振りながら朱音に声をかける。


「お姉ちゃん」


「何?」


「これ、ホワイトデーまで続くのかな?」


「だから昨日フッてやろうと思ってたのに……彩音が意識しちゃうじゃん」


「ん? 意識って?」


「何でもない」


 そう言って、朱音は自身の席についた。


 わたしも席につけば、隣の席の吉田君がチラリとこちらを見た。


「おはよ」


「おはよ」


 会話終了。


 こっちはこっちで気まずい。そして、今後の朱音と吉田君の行く末が気になってしょうがない。


 恋が実っても心から喜べないし、実らなくても何だか切ない気持ちにさせられる。


 これが一ヶ月も続くのかと思うと……。


「はぁ……」


 溜め息しか出ない。


 18年も生きていて初めて知った。ヴァレンタインデーとホワイトデーの間の期間が、こんなにも長くて気まずいものなのだと。

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