第5話 これ、ダブルデートちゃうよ

 気まずいのは勉強でどうにか誤魔化そう。授業を受けていれば、前しか見なくてすむ。


 つまりは、隣の吉田君と、斜め後ろの方にいる藤井君の顔を見なくて良い。


 そう思って授業に集中……。


 担任の先生がパタンと出席簿を閉じた。


「はい、各自自習」


(せやった。授業ないんやった……)


 高校3年生になると、2学期までには授業が終わっている。それからは通学する意味もないような気がするが、うちの高校は一応毎日通学して6時間目まで自習。


 ただ、勉強をしているのは受験が終わっていない生徒だけ。合格している生徒は、自由気ままに過ごしている。女子なんて、飽きることなくずっと喋っていたりする。


「私、図書室行ってくるわ」


「えー、視聴覚室行こうや。あっちの方が喋れるじゃろ」


「調べもんがあるんよ。終わったら行くけん、先行っといて」


 こんな感じに場所移動も可。


 場所移動は、受験が終わっている人なりの配慮だったりもする。これから受験を控えている人は、基本自分の席で勉強をするから。


 ちなみに、わたしと朱音は来週受験。隣の吉田君も近々受験。藤井君は……知らない。


(だって、興味がカケラも無かってんもん。しゃーないよな)


 チラリと藤井君の方に目を向ける。


 バッチリ目が合ってしまった。


 わたしは、顔を真っ赤にしながら自身のノートに目を向けた。


 そして、何故か吉田君の視線がこちらを向いているような気がしてならない。


 チラリと見れば、何とも言えない顔で見られていた。すぐに目を逸らされたが。


(もう、なんやねん! わたしが受験失敗したら藤井君と吉田君のせいや! アホ!)


 藤井君はともかく、吉田君は自分が蒔いた種でもあるのに責任転嫁にも程がある。


(あれ? ちょい待ってや)


 吉田君からしたら、朱音がヴァレンタインで告白したことになっている。わたしは、あの場にいない。


 つまりは、朱音と吉田君が気まずいだけで、わたしは無関係。気まずいと思ったのは、わたしの勘違い? 吉田君からしたら、挙動不審な女が横にいる……くらいにしか思っていないのかもしれない。


(うわ、自意識過剰で恥ずかしいわ。恥ずか死ねるレベルやで、これ)


 一人で悶々としていると、朱音が吉田君の前の席に座って後ろを振り返った。


「吉田君、教えてほしいところあるんだけど」


「うん、良いけど……僕で分かるかな?」


 いつもの光景だ。つい、朱音に嫉妬してしまういつもの光景。


 ただ、やはり吉田君はどこかぎこちない。昨日、チョコレートを貰った(=告白された)のだから仕方ない。


 しかし、朱音は普通すぎる。動揺なんて微塵も感じない。


「彩音も教えて貰ったら? 吉田君、分かりやすいよ」


 朱音に声をかけられ、吉田君と再び目が合う。


「あー、うん……わたしは、今は大丈夫。今日は気分転換に図書室行ってみようかな」


「そう? じゃあ、あたしも行こっかな。吉田君も行く?」


「僕は、やめとこ……」


 吉田君が返事をしようとすれば、後ろの方で藤井君とその友人の声が聞こえてきた。


「藤井、また図書室行くん?」


「おう、卒業したら読めんくなるけん、今の内にな」


「サッカー馬鹿のお前が本なんて似合わんって」


「誰がサッカー馬鹿じゃ、うっさいわ」


 藤井君が教室から出れば、吉田君が言った。


「僕も図書室行こうかな」


「え?」


小鳥遊たかなしさん、一緒に行っても良い?」


「あ、うん。良いけど」


 何故か皆が図書室に集まることに——。


◇◇◇◇


 図書室には、既に数名の生徒が勉強をしていた。


「あー、3人が座れる席は……」


 運の悪いことに、4人用の机は藤井君が座っていた。一人机が空いていなかったよう。


「お姉ちゃん、どうする?」


「教室に戻ろうかしらね」


 踵を返そうとすれば、藤井君が、わたし達の存在に気が付いた。そして、手招きしながら机を指さして口パクしてきた。


『こ、こ、あ、い、て、る、よ』


 それを無視するように、朱音は言った。


「彩音、戻るわよ」


「いや、でも……」


 気まずいのは百も承知だが、藤井君の優しさを無碍には出来ない。


「せっかく来たし、わたし、あそこで勉強してくるね」


 藤井君のいる席の方へと向かう。すると、朱音と吉田君も付いてきた。


 結局4人で座ることに。藤井君の横にわたし。向かいに朱音。その横に吉田君。


(これは、ある意味ダブルデートやな。ホワイトデー終わったら、こんな風にデートしとったりしてな。なんてな……)


 しょうもないことを考えながら、小声で藤井君に礼を言う。


「ありがとう」


「えっと、彩音ちゃん……で、良いんよね?」


「そうだよ」


 わたしの事を好きと言っておきながら、朱音と区別が付かないことに若干苛立ちを覚える。そこは隠しながら、一つ聞いてみる。


「藤井君は、受験終わったの?」


「俺、スポーツ推薦だったんよ」


「そっか、凄いね」


「なんか、彩音ちゃん。昨日と雰囲気違わん?」


 昨日は朱音と入れ替わっていたから……とは、言えない。


 そして、ふと気付いたことが。


「藤井君もその本読んでるんだね。わたしも読んだことあるよ」


「知っとるよ」


「え?」


「彩音ちゃんが読みよった本、全制覇しようと思っとんよ。彩音ちゃん、難しい本読み読んじゃね」


 ニカッと笑う藤井君に、ドキリとしてしまう。


 ただ、藤井君に言いたいことが一つ。


 “藤井君、わたしと同じことしてる”


(それ、吉田君が読んでた本なんやって。やから、わたしも読んでみてんけど、同じく難しくて途中で断念した本や)


 多分、他のも全部吉田君が読んでいた本。自ら進んで読む本なんて、漫画ばかりだ。しかも、スマホで電子版を購入するから、紙の本は自分で買ったこともない。


 藤井君と話をしていたら、朱音と吉田君の視線が刺さってきた。


「「ごめん」」


 藤井君と同時に謝罪して、そこからは図書室の中はペンの音だけになった——。

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