天下無双の強者も布団にだけは勝てません

七四六明

天下無双の強者も布団にだけは勝てません

 世界最大の闘技場で、七日七晩掛けて繰り広げられた特大トーナメント。


 トーナメントの優勝者には賞金が貰えるのと同時、現闘技場チャンピオンへの挑戦権が与えられる。

 仮にチャンピオンに勝利すれば、今回貰える賞金以上の栄光と栄誉が与えられるのだから、トーナメントの勝者は迷わずチャンピオンとの決戦を選んだ。


「失礼しますよ、チャンピオン」


 担当の世話係が彼の部屋に入ると、まだいびきが聞こえて来た。

 あと三〇分もしないうちに試合が始まると言うのに、ウォーミングアップどころか起床すらしていない事に、世話係の女性は大きく溜息を吐く。


「チャンピオン! チャンピオン! ……チャンピオン・オルドル!」

「んあ……んん、今何時?」

「もう十三時半を過ぎてますよ。いい加減起きて下さい。試合始まりますよ」


 悩む事五秒。

 チャンピオンは布団にくるまり、眠る事を選ぶ。


「チャンピオン!」

「あと五分……あと五分で起きるから……」

「もう……闘技場じゃ無敵のチャンピオンが布団に弱いとか、他の方々には見せられませんね」

「いいんだよぉ、誰も見てないから……シルキーしか見てないから」

「そういう問題じゃありません! ホラ、早く起きて下さい! 今日は絶好の洗濯日和なんですから! その布団も洗って干したいんです! ホラ早く!」

「やめろぉ。俺のサンクチュアリを奪うなぁ」


 さすがチャンピオン、布団を掴む力が強い。

 が、彼の担当を務めるメイドであるシルキーは、もう幾度となくこの攻防を繰り広げて来たため、彼から布団を奪う術には長けていた。

 これ以上は布団が破けてしまう、とオルドルの力が緩んだ瞬間に、シルキーが布団を取り上げ、巻き取っていく。


「あぁ……俺のサンクチュアリィィィ……」

「もう! 戻ってきたらフカフカになってますから! 早く行って、さっさと勝って来て下さい」

「本当? フカフカにしておいてくれる?」

「そりゃあもう、フッカフカにしておきますとも」

「……しゃあない。じゃあ、頑張るかぁ」


 七日七晩続いたトーナメント大会も、遂に終幕。

 最後の戦いとあって、この日にだけ来ている人も多い。


 会場のボルテージは最高潮。

 様々な種族が満たす観客席を一周した飛竜が、戦場中央に着陸する。

 飛竜から降りた実況が、拡声魔法が施された筒を持って叫んだ。


『ヘイ! エブリワン! 遂にお待ちかねの時間だぜぇ! 準備は、いいかぁ!?』

「「「イェー!!!」」」

『今宵戦いを繰り広げるは、七日七晩続いたトーナメントを勝ち抜き、勝者となった挑戦者! 対するは、当闘技場が誇る最強のチャンピオン! それでは早速、両選手の、入、場、です!』


 東と西に設けられた入場門。

 まず最初に、東の門の両脇から火柱が上がる。


『七日七晩にも及んだ世界トーナメント。全種族のあらゆる闘技者が集まる事、五一二名! その中の頂点に立ったのは、火龍の血を引き継いだ龍人族ドラゴニュート!!! 剣も槍も通さぬ硬き鱗! 如何なる魔法をも粉砕する灼熱の炎! その実力は本物! 新たなチャンピオンとして、その名を歴史に刻めるか?! 三一七センチ! 一七九キログラム! 種族、龍人族ドラゴニュート! 〖灼熱のあぎと〗! ガトム・バルムンク!!!』


 左右で上がる火柱よりもデカい大男が、咆哮と共に現れる。

 戦闘民族に生まれ、体格と才能に恵まれながらも惜しまなかった鍛錬の日々が、今日彼をこの場に立たせている事は、会場の誰もが知っている。


 だからこそ見たい。

 彼がどのようにしてチャンピオンに挑むのか。

 チャンピオンがどのようにして、彼と戦うのかを。


『そして! 七日七晩のトーナメントを勝ち抜いた勝者を真っ向から迎え撃つのは、当闘技場が誇る絶対王者たる、この男!!!』


 西の門の両脇から上がる火花。

 その間から入場する男の登場に、会場が限界まで熱を上げる。


『五年前のデビュー戦以来、無敗を貫くこの男! 現在史上最年長記録となる、連勝記録を更新中! 最強無敗! 天下無双! その二文字を現代で背負うのは、間違いなくこの背中! 唯一にして無二の、を操る強戦士! 屈強なる戦闘民族相手に、今宵どのように舞ってみせる?! 一七三センチ! 七五キログラム! 種族、人間族ヒューマン! 〖無双の舞闘家〗! オルドル・エルダぁぁぁ!!!』


 登場と共に奏でられ始める、弦楽器の音。

 オルドルの手拍子に合わせて、観客席の彼を知る常連も手拍子を始める。


 皆の手拍子と弦楽器の音色に合わせて、オルドルは情熱的にリズムを刻む。

 からの裾を掴み、翻しながら回る、回る。ステップと手拍子はやがて速度を増し、体内を巡る魔力を起こし、体の組織を活性化させていく。


 いわばこれは、彼にとっての前哨戦。

 同時、敵を褒め称える称賛の舞踊。

 この舞を眼前にて披露する相手は、打ち倒すべき敵と決まってる。


 最後の一踏みで、ダンスが終わる。

 観客は沸き、熱狂する。


 起きて十五分と少しの体は大量の汗を掻いて、未だ眠気を残していた意識を覚醒させた。


「今のが敵を敬いながらも自らの勝利を約束する戦前の舞か……直接見たのは初めてだが、なるほど……気に障る事この上ない」

「ようこそ俺の闘技場へ! トーナメントを制した祝勝の舞は如何だったかな?」

「気に障るって言っただろ。舐めやがって。てめぇの連勝記録は今日でストップだ。また一から頑張りな」

「そっか。お気に召さなかったか……なら仕方ない。一緒に、心行くまで踊ろうじゃないか」

『両者の間で弾ける火花! 臨戦態勢万全だ! さぁいよいよ始めるぜ! 挑戦者、ガトム・バルムンク選手! 対! チャンピオン、オルドル・エルダ! ……開戦ファイっ!!!』


 開始早々、ガトムが動く。

 初手、貫手ぬきて地獄突じごくづき


 対してオルドルは突きの内側に入り、胴で受けながら回転。

 そのまま繰り出した後ろ回し蹴りで脇腹を穿ち、闘技場の洗礼を浴びせた。

 頑強が売りの龍人族ドラゴニュートの鱗が砕け、剥がれ落ちる。


 反撃が来るより先にオルドルが仕掛ける。

 ガトムの腹を足蹴に倒立。両腕で立つ体勢から体を回転させ、風の魔力を帯びて自らに遠心力を付けて加速。肩を地面に突いて肩と背中で回転し、連続で繰り出す回し蹴りと後ろ回し蹴りとが、ガトムの胴に畳み掛けられていく。


 同じ人間相手なら、これだけで決着する事もある。

 舞の名を、ブレイキン。技の名を――“嵐脚疾回ウインドミル”。


 そしてここから繋げるのは、片手倒立の状態から繰り出す足刀――“刀立ショーグン”。


「……! 舐めるなと! 言ってるだろうがぁ!!!」


 腹を突いた脚を持たれ、振り回されてから投げ飛ばされる。

 壁に足をついて滑る様に地面へ降りたオルドルに向かって、角を変形させたガトムが頭突きで飛び込んで来た。


『さすが頑強で有名な龍人族ドラゴニュート! チャンピオンのブレイキンをまともに喰らって、まるで効いていない!』

「ちょこまかと……」


 魔法で強化された壁を破壊しておいて脳震盪も起こしていないだなんて、確かに頑強。

 最低限の魔力強化しか施していなかった事は否めないが、それでも全く効果なしとは思わなかった。両手に火炎を纏うガトムに対し、オルドルは全身の力を抜く。


「“乱打火焔拳ガトリング・レッドブレッド”!!!」


 嵐のように襲い来る拳。

 が、オルドルは打たれる拳の勢いに負けるようにして自ら飛ばされ、最低限の動きで全て躱し続けて行く。


 オルドルが使っているのは防御特化の舞。

 相手の攻撃の威力と速度が大きければ大きいほど、回避の的確さは増していく。

 舞の名は、“フラ”。


 だがその真骨頂は、相手の技を的確に躱す事ではない。

 “歌秘言カヒコ”と呼ばれる、魔法で言うところの詠唱を腕の動きで行ない、自分の魔力を練り上げる技術こそ、最大の利点。


 故に、“フラ”から次の舞へと移行したオルドルの魔力は、最高潮へと達する。


!」


 繰り出された掌底が、鎧通しの如くガトムの体の内部を通って衝撃を貫通させる。

 足で刻むのは情熱のリズム。手から放つ魔力と衝撃波が伝うは感情。

 舞は、登場の際も躍った“フラメンコ”。技の名は、“歌情カンテ”。


「この……! “龍火咆哮ドラゴンフレイム”!!!」

!」

「何?!」


 炎が晴れ、次に繰り出した掌底が胸元を突く。


 火炎を吐くだけでは意味がないと察して拳に切り替えたガトムだったが、判断が遅かった。繰り出された拳を躱し、懐に入り込んで裏拳で胴を抉る。

 先に防御の要である鱗を破壊されていた事もあって、体の内側に響いた衝撃はガトムを跪かせた。


『ガトム選手、堪らずダウン! 天下無双、闘技場最強の舞を前に、龍人族ドラゴニュート屈指の実力者がまるで赤子扱いだ!』

「クソ……何で、何で俺が、こんな……!」


 更に角を鋭利に尖らせ、四肢を突いて突進の体勢。

 リズムを刻み終えたオルドルの足は地面をこすり、登場時にやったようにからの幕を広げ、翻してみせた。


「来な」

「……! “獰猛龍頭角ドラゴンダイブ”!!!」


 ギリギリまで引きつけ、最低限の動きで躱す。

 躱す際に体の向きを変え、突進の方向を誘いながら来いと促して来るオルドルへと何度も突っ込むが、ガトムの角の先端さえオルドルを捉える事は出来なかった。


『凄まじい速度で突っ込むガトムを、オルドルが躱す躱す躱す! まるで、牛を操る闘牛士のように、軽やかに躱す!!!』

「クソ……ふざけやがって!」


 角の形がまた変わる。

 より大きく広がる様に枝分かれし、オルドルを確実に捉えるために伸びる。


「“猛追龍頭鋭角ドラゴン・ワイドホーン・ダイブ”……!!!」


 さすがに間合いが広すぎて、今まで通りにはいかないと瞬時に判断。突っ込んで来る巨体に手を添え、跳び越えてから背中で着地。

 タップダンスを思わせる蹴りを連続で浴びせてから背中を足蹴にし、跳び上がったオルドルとガトムが向き直る。


 攻めも疲れる。

 微々たるダメージも、蓄積させれば巨体が揺らぐ。


 だがオルドルもまた、周囲の観客にこそ気付かれてないものの、強固な龍の体を打つ腕と脚にダメージを蓄積させ、腕の骨には亀裂が生じていた。


「これ以上は俺も辛い……だから、決めに行かせて、貰おうか!」

『あ! あの構えは!』


 それは、元は名も無き舞。

 今となっては、オルドル・エルダの代名詞。

 強敵相手にしか見せられない、決着トリを飾る必殺の舞闘。戦いの神、舞の神を自らに降ろす神秘の舞。


 曰く――“トリの降臨”。


『ト、“トリの降臨”だぁっ!!! 見た者全てが敗北必至! オルドル・エルダ、必殺の舞闘だぁっ!!!』

「……噂に聞く舞か。奴を天下無双と謳わせる、オルドル・エルダの代名詞。なら俺も、応えなくちゃなぁ!!!」


 自分の胸を強く叩く。さながら魔物のドラミング。

 そうして自分の心臓を刺激し、血の勢いを加速させた体は熱を帯び、全身を真っ赤に染めて自らの魔力を燃料に燃え上がった。


「“覚醒龍人ドラゴン・フォース”!!!」

『ガトム選手も力を解放! 決勝戦を決めた最強の身体強化魔法が、ガトムの体を真っ赤に染める!』

「……来な」

「行くぞオラァッ!!!」


 突っ込んで来るガトムの前で、両腕を巨翼を見立てて広げるオルドルが跳ぶ。

 真上に跳ねたオルドルを狙って繰り出された拳を踏み台にして、顔面目掛けて回し蹴り。角を追って顔面を捉えた直後に腕から下りて、広げた両手を鞭のように繰り出した掌打によって弾き飛ばした。


 そのままバレエダンサーのように軽やかなステップで前進。

 一挙に詰め、拳や蹴りを躱して跳び込んだ懐にて、手刀、地獄突き、掌底、打拳と乱打を叩きつけ、龍人族ドラゴニュートの体を覆う鱗に、ドンドンと亀裂を入れて行った。


 打たれて打たれて打たれ続けて、ガトムの体が左右に揺らぎ、回される。

 さながらオルドルのリードを受けて踊らされているかのように、回され続ける。


 これぞ“トリの降臨”。


 踊るのは使い手だけではない。

 敗者も最後の決めまで、使い手によって踊らされる。

 故にオルドルの手によって踊らされるように見えている時点で、ガトムの敗北は決まっていた。


 辛うじて保った意識で、揺らぎながらも立ち尽くすガトムへと、最後の一撃が繰り出される。


「これにて大締め、大トリの舞闘まい――」


 両手を十字の形に重ね、ガトムの腹部へ。

 わずか一秒の溜めにも本来のガトムならば反応出来たが、この時ばかりはその余力さえ残されていなかった。


「“能楽のうがく鳳物おおとりもの鳳凰ほうおう”!!!」


 三一七センチの巨体が飛ぶ。

 元に戻った腹部中央には十字の火傷から広がり、全身に入った亀裂から血が滲み、壁に埋もれる体から流れ出て行く。


「勝負あり! 勝者! チャンピオン! オルドル・エルダ!!!」

『決着ぅぅぅ!!! 天下無双のオルドル・エルダ! またまた、連勝記録更新! 彼を倒せる者は、いつ現れるのか?!』

「まだまだ踊り足りねぇよ! 俺と踊れる奴ぁ、出て来いや!!!」


 観客席を沸かせて、颯爽と去って行く。

 闘技場の裏側に戻るとタオルを受け取り、同じ闘技場で戦う他の闘士らから皮肉めいた労いの言葉をも受け取ったチャンピオンは、自分の部屋に戻ると真っ先に干したてのフッカフカ布団へとダイブした。


「あぁ……柔らかお布団……」

「せめてシャワーを浴びて下さい……さっきまでの雄姿は一体何処へやら」

「俺を倒せるのは、シルキーが干してくれる布団だけなのさぁ……」

「まったくもう」

「シぃルキー」


 こっちに来て、と手招きされる。

 何をして欲しいのかと思いながら誘われるまま招かれると、シルキーの手がいきなり引っ張られ、布団の中へと引きずり込まれた。

 そのまま抱き枕代わりに抱き締められ、胸に顔を埋められる。


「あぁ……やっぱどの抱き枕より、シルキーがいい……」

「ちょ、ちゃ、チャンピオン!」

「シルキー、ご褒美頂戴」

「ご、ご褒美って……後で陛下から何か頂けるでしょ――」

「陛下からは、シルキーは貰えない。そうでしょ?」

「ちょ、ま、まさか……ご褒美って、そういう――」

「シャルウィ、ダンス? シルキー」


 翌日、腰を痛めたシルキーに理由を聞いたが、誰も答えて貰えなかったという。

 誰にも事情を話せないシルキーは、心の奥底で思った。天下無双チャンピオンは、布団の中でも天下無双チャンピオンだった、と。

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