哀れなる三人

東堂杏子

哀れなる三人

「それでインストラクターを殴っちゃって、『我こそは天下無双の漢である!』と宣言してそのまま家に帰っちゃったそうです。で、翌日、心臓発作で亡くなったと。そのまま成仏できなくて彷徨っていたところあなたを見つけて取り憑いたようですね」


「あたしに……ですか?」

「そう、あなたに」


 そう言って、自称霊媒師はあたしの顔を覗き「哀れなものです」と悲しんだ。いやなに意味がわからない。

 半年前からやけに躰が重かった。

 この春から高三だし体調不良は大学受験に障る。心配した両親に勧められて受けた検査はもちろん異常がなく、紹介に次ぐ紹介でたどり着いたのがこのナントカ霊障研究所とかいう謎機関だった。

 そこで視てもらったところ、どうやらあたしに取り憑いているのは十年前に駅前のダンススタジオでレッスンを受けていた男性ダンサーで、その男性ダンサーには大昔の中国で戦国時代に憤死した大英雄が取り憑いていたらしい。


「ちょっと整理しますね。だから、天下無双の大英雄に取り憑かれたダンサーがあたしに取り憑いているということですか? つまりあたしは二重に祟られてるんですか?」

「そういうことですね」


 と言われたところで安っぽいキッチンタイマーがけたたましく鳴った。

 霊媒師はいきなり個人事業主の顔になって声色を改める。


「はい、まず初回60分カウンセリングのほうはここで終了となります。10分2000円で延長できますがどうなさいますか」

「帰ります……」

「除霊、しなくてもいいんですか?」

「いったん持ち帰ります。親にも相談したいので」


 このままでは大変なことになりますよと引き留められたけど、差し出された料金表には除霊一件につき25万円と書いてあってさすがに無理すぎる。

 ますますだるい。

 てことはつまりこれ、デバフが二重に掛かっているということか。そりゃごりごりにHPを削られてるわけだ。


 祟られている。

 祟られているのだ、このあたしが。

 明らかに普通じゃない状況に震え、興奮した。


 ずっと平凡だった。ずっと何かになりたいという気持ちがあった。

 でもきっと何にもなれやしないと諦めていた。

 あたしの人生なんてどうせこの先もたいしたことない。

 それは小学生のときに一ヶ月でやめたスケート教室。英会話レッスン。算数教室。水泳。バレーボール、器械体操、ピアノ、すべて長続きしなかった。 

 そういえばダンスも習った。友達に誘われて体験入学したヒップホップ教室。ダンスを学べばTikTokでバズってインフルエンサーになれますよとクルクル髪の講師は言った。体験レッスンの一時間で流行のアニメソングに合わせて腰を振るステップを習った。あたしには向いていなかった。TikTokのインフルエンサーにもなれやしない。あたしに取り憑いてるダンサーは有名だったのかな。TikTokやインスタはやってたのかな、十年前に死んだひとなら無理か。


 春まだ浅い突風の真昼、二駅ぶんを考えながら歩いた。


 スマホで『中国 古代 天下無双 憤死した将軍』で検索してみて、いくつか候補を当たってみたけどどれもピンとこない。そこであたしは溜息をついた。そりゃそうだ、本物の天下無双の大英雄ならそれを自称したりはしない。

 続けて、あたしの住んでいる街で十年前亡くなったダンサーについても検索してみた。もちろんローカルニュースにもSNSの過去ログでさえも引っかからなかった。インターネットは誰ひとり亡くなった命を惜しんでいなかった。

 ああ、やんぬるかな、あたしたちは何者でもない。

 何者として生きていけず、何者にもなれず、何の冠もないまま死んでいく。

 何者にもなれなかった古代人が何者にもにれなかったダンサーを選び、何者にもなれなかったダンサーが何者にもなれないあたしを選んだ。


 びゅん、と風が吹く。

 来週にはこの街にも桜が咲く。


 そうだね、少し悲しいけれどもうしばらくは連れていってあげる。もしもあたしが大学に受かったり、いい会社に入ったり、社会貢献したり、誰かの何かになれたなら、彼らにとっても喜ばしいかもしれない。

 それって一縷の希望、一筋の光。

 そしたらあたしたち三人とも救われるかもね。もしかしてそれを望んでくれているの? それであたしを選んだの?


 帰宅すると、ママがキッチンからひょいと顔を覗かせた。


「おかえり。どうだった?」

「うん、なんか、何者にもなれない人間って、死んだあとにも何者にもなれないんだなーって」

「何の話。オバケに取り憑かれてるんじゃなかった? 大丈夫?」

「実は、まあ、それはそうだった。でもなんとか折り合いつけてやってくよ。疲れたから夕飯までちょっと寝る」

「変な時間に寝ちゃダメだよ。まあいいけど、後で起こしてあげる」

「今夜のおかず何?」

「パパが焼鳥食べたいって。だからウーバーで焼鳥を頼むよ」

「やった! トリの降臨!」


 潜り込んだベッドの布団は暖かかった。

 あたしが外出している間にママが干してくれたのだ。


「ありがと……」


 この無償の愛にかじりついてもうしばらくは生きていける、と思った。

 ――「哀れな者です」。霊媒師の言葉が耳に蘇る。

 うん、でも、大丈夫。

 あたしたち無名の三人でどうにか生きていこう。そしてあたしがきっと覆してあげる。そのとき笑顔で解散しよう。

 いつか、でも、その方法はまだわからないけれど、きっと。

 きっとね。

 だってこんなに風が強い、まるでプロローグのような春の日なんだもの。

 



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