幕間 二人だけのルールがあるから
お化け屋敷に来てくれた紫亜とエルは二人共、何処か高貴で、柔らかな雰囲気のお似合いのカップルみたいだった。
紫亜の彼女は私なのに、と嫉妬をしたが紫亜が嫉妬をしたら嫉妬ポイントだ、と言っていたからそれがあるからどうにか平静を保てる。だから、一ポイント。そうカウントするだけ。
……紫亜の彼女は私なんだから。
でも、この気持ちを紫亜に悟られたくないし、普通にお化け屋敷の雰囲気がダメなので、紫亜達に視線を合わさずに林檎を握り潰す事に集中してやり過ごしていた。
玲奈と一緒に休憩タイムに入ったので、紫亜達と合流して色々見て回る。
射程でエルに勝負を持ち出され、勝負を受けた。
「優真」
「……何よ。集中してるんだから、話し掛けないで」
「私の代わりにミスコンに出てくれ」
「は、頭沸いてんの? 当日なんですけど」
「紫亜に良い所を見せたくないのかい?」
それは……そうだけど。私が出たら、ミスコンなんて優勝確実だと思うし、確かに紫亜に良い所を見せられる。
「……良いわよ。どうせ、もうキャンセル出来ないんでしょ」
それに今、ここで私がキャンセルしたら、普通に周りの人に迷惑がかかってしまう。だから、私は結局断れない。
「ふふっ。やってくれると思ってたよ」
少しため息を吐いてしまう。
何もかも、エルの思い通りに私は動いている気がする。だから、こいつが苦手なんだろうな。私。
「あのでっかいぬいぐるみを先に落とした方が勝ちよ」
「ほう。いいね。やろうじゃないか」
気を取り直して、エルと勝負を開始した。
結果は同時に大きいぬいぐるみを落としたが、エルが彼女の私よりも先に紫亜が好きそうな大きいクマのぬいぐるみを渡していて、紫亜も余程嬉しかったのか、はしゃいで喜んでいた。
それを見ていて少し、いやかなりモヤモヤするし、良い気分では無い。
それでも、私は紫亜と私だけのルールでこの嫉妬を抑え込む。だってこのルールは、紫亜と私の私達だけのルール。だから、二ポイント目。
このルールで紫亜は私の嫉妬を受け止めてくれる。だから、この大きいうさぎのぬいぐるみは玲奈にあげれる事が出来る。
玲奈は優しいから、空気を読んで遠慮しようとしていたが、紫亜の言葉もあって、普段から私に迷惑掛けられてるから貰ってもいいかと快く貰ってくれた。
……確かに普段から玲奈に迷惑掛けている自覚はあるけど、そこまで言う事はないと思うと少し不満には感じる。
二人の劇が始まるので、二人のクラスへ行く。
紫亜もエルも人気なので、教室はパンパンだ。後ろの方の席しか取れなかったが、この満員具合で席に座れただけでも良しとしよう。
最後尾の立ち見だと、玲奈が見れないかもしれないし。
あれだけ一生懸命、劇の練習をしていた紫亜。その練習が実を結んだのか、初めの頃よりも全然良かった。棒読みじゃなくなってるし。
……王子と並ぶ王女はお似合いで本当に誰も入る隙を与えていない。やっぱり私が思った通り、エルの王子は紫亜にピッタリの王子だ。練習相手でやっていた私の王子よりもピッタリ。
嫉妬ポイント三。
恋愛事は玲奈にしか興味なかった時から、エルと紫亜は周りにカップルと間違われていた、と玲奈に聞いた事がある。
その時の私は興味なかったけど、今は……紫亜の彼女だから、関係ある。
別れのシーン。
本当に二人共、好きあっている二人が別れるように見える。私が二人の間を引き裂くお邪魔虫。そんな風に思ってしまう。実際は違うのに、紫亜の彼女は私なのに。だから、嫉妬ポイント四。
私が不安になる度に、嫉妬する度に加算する。
でも、あれだけ下手だった紫亜が頑張って演技して、私が見に行くと行った時に嬉しそうに喜んでくれていた。それだけでも、彼女の私にしか言ってくれない事だろう。それを思い出して少し落ち着く。
一番最後のシーン。紫亜とエルのキスシーン。キスシーンはフリだと言っていたので、安心する。安心していた。
「……ぇ」
エルが本当に紫亜にキス、していた。
「「きゃあああああ〜!!!!」」
盛り上がる教室。動揺する私。
「優真ちゃん、大丈夫……ですか?」
「……大丈夫。そろそろミスコンだから、行くね」
強がり、でも嫉妬ポイント五。
一瞬、ステージ上の紫亜と幕が下りる時に目が合った気がした。
つい、下を向いて深呼吸。これで少し嫉妬が収まった、と思う。これは劇。紫亜は王女役としてキスした、だけ。
そう、思いたいのに、舞台上のエルが、私がいつも紫亜に向ける視線と同じ視線をしているのに気付いたからだ。いや、私は分かっていた。だからエルに突っかかっていた癖に。エルがまだ、紫亜の事が好きな事を薄々分かっていたから。
ミスコンの為に急がなければいけないので、私はまだ拍手が鳴り止まない教室から去った。
ミスコンに出た時はつい、オレンジをエルに向けて握り潰してしまった。エルは多分、私の嫉妬に気付いているだろう。涼しい顔をしていた。
ミスコン終了後、紫亜を連れてそのままカップルコンテストへ。
エルへの意趣返しに紫亜をお姫様抱っこをして、紫亜とキスをした。
エルはやれやれみたいな顔をしててムカついたが、それはそれで、大衆の面前で紫亜との恋人アピールが出来て満足した。
私と付き合ってるせいで何故か増えた紫亜への告白もキスするくらいラブラブアピールしたから、これで紫亜に告白する奴は減るだろう。
これで嫉妬ポイントを一つ消費。
紫亜が着替えに教室に行くらしいから、私もそれに着いて行った。
……まぁ、早く嫉妬に身が焦がれる前に二人きりになりたかったというのもあるが。
紫亜と二人きりになって、紫亜の優しさに存分に甘えて、嫉妬ポイントを全部使わせてもらった。
紫亜は頼めばするのに、と言ってくれたが嫉妬ポイントのルールを言い出したのは紫亜だし、紫亜との二人だけのルールを使いたかった。
このルールがあれば、嫉妬してしまった時に、不安になってしまった時にルールだと言えば、紫亜に甘えられる。甘えさせてくれる。
前みたいに紫亜の気持ちを無視して、強引に甘えていた私なんかよりも全然良い。
だから、このルールが使いたい。二人だけの約束だから。
文化祭も無事に終わり、何処のクラスも片付けをしながら打ち上げ。
「……こんな所に居たのか」
皆、文化祭の打ち上げで盛り上がる中、私は片付けているとはいえ、教室のお化け屋敷の雰囲気が嫌すぎて屋上で少し息抜きをしていた。
「私の勝手でしょ」
エルは私の返答に「そうか」とどうでも良さげに反応して、私の隣に来る。
「何の用」
今日はこいつに散々振り回されたので、単純に腹が立つ。
「私は今日、紫亜への想いを清算した」
「は?」
エルの言葉の意味が分からずに思わず聞き返す。すると、いつも私に刺々しいエルが珍しく苦笑した。
「……まだ、好きだったんだ。紫亜の事が」
それは……それは、何となく分かっていた。こいつは私と同じ目で紫亜の事を見ていたから。
「……知ってた」
だから、エルが紫亜と距離が近い度に嫉妬する。そんな事は無いと思っていながらも、もしかしたら、紫亜を取られるのではないかと焦ってしまう。
「ふっ、そうか。……安心してくれ、ちゃんと振られた」
「そりゃあそうでしょ。紫亜は私の恋人なのよ」
強がりでそう言うものの、内心は凄く安心した。ちゃんと、断ってくれた、と。
「だから、来世では添い遂げようと告白した」
「はぁ!? あんた、諦め悪すぎじゃない!?」
シンプルに悪あがきされてて、困惑してしまう。
「なんだ。別にいいじゃないか。今世は君が紫亜を幸せにする。来世は私が紫亜を幸せにする。これで痛み分けだろう」
清々しい程、眩しい笑顔でアホな事を言い出したこの女。無駄に輝いてて腹立つ。
「いや、来世も紫亜は私と添い遂げるに決まってんでしょ」
「は、そんな事は来世にならなければ、分からないだろう」
いつもの調子の口喧嘩に戻ってしまう。本当にエルは腹が立つ事しか言わない。
……だけど。
「でも、今世は紫亜を幸せにするのは私だから、ドロッドロに紫亜を幸せにする」
「……そうか。それなら、良かった」
本当にエルは紫亜に幸せで居て欲しいのね。だから、私の言葉にそんな安堵した様な顔をする。
「それで、来世はあんたとまた勝負よ」
「来世では紫亜を幸せにするのは私だからね。せいぜい足掻くと良い」
「なんでもう来世の分まで勝ち誇ってんのよ……ったく」
ぼんやりと空を見上げる。美しい夕焼けが夕闇に染まりつつある。本当に綺麗な空だ。
「優真、すまなかった」
真っ直ぐこちらを向いて頭を下げるエル。いつもなら、こいつが私に絶対やらない事なので驚いてしまう。
「え、」
「紫亜に怒られてしまってね。恋人が居る人に本当にキスしちゃダメだよ、と」
エルが珍しく紫亜の口真似をしながら言うものだから、少し面白い。
「ふふっ。……何その口真似、紫亜?」
「似てないかい?」
「いや、変に似てた面白い」
「ふふっ。……そうか。とにかく、君への嫌がらせだったとしても紫亜を困らせてしまったのは不本意だった。なので、君にも詫びよう、と思った所存だ」
腕を組み、少し困り顔をしているが、こいつ、あくまでもマジで私に誠心誠意謝るというか、紫亜に怒られちゃったから仕方なく私に謝りに来た感凄い。腹立つ。
「……心の底では私に謝ってないでしょ。あんた」
肩をすくめて、笑って誤魔化すエル。
「ふむ。それでは、言うべき事は言ったので、失礼するよ」
「ちょっと! 待ちなさいよ!!」
なんて言う間にスタスタと歩いてドアノブに手をかけていた。
あいつ、私よりも足長いから、歩くの早いわね。そういう所もムカつく。
「ああ。……そうだ。優真」
「何よ」
「……紫亜を悲しませたら許さない。これは紫亜の親友としての言葉だ」
「する訳ないでしょ。……でも、紫亜が悲しんでたら、遠慮なく私をぶん殴りに来なさい」
私の返答が少し予想外だったのか、呆気にとられた後に、直ぐさまいつもの表情。
「その時は遠慮なくそうさせてもらうよ。……でも、君は紫亜を幸せにするのだから、そういう事がないと良いけどね」
悲しませるつもりなどない。だけど、私は幸せだと思っていても紫亜が幸せだと、そう感じているとは限らないから、これは保険だ。
エルが私をぶん殴りに来たとしたら、私は多分自分を許せないだろう。
紫亜。私の嫉妬も不安も全部受け入れて、私も紫亜の不安も嫉妬も受け入れるから。
「……絶対に幸せにするから」
だから、紫亜もこんな自分勝手で嫉妬まみれな私をこれからも好きでいて。
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