幕間 分からない事だらけ

 朝、いつものルーティンのランニングを終え、私はそのままリリーの散歩中の玲奈と会ってクールダウンにそのまま玲奈と喋りながら散歩する。 


 リリーは相変わらず私の方に近寄らないけど。


 その後に帰って朝ご飯を食べて、支度する。今日は紫亜とのデートの日なのでパチンっと軽く両頬を叩いて、私は気合いを入れる。


 そうしていると、スマホが震え、メッセージが来る。


「紫亜からだ」


 メッセージ内容は「熱が出たので今日のデートには行けません。ごめんなさい」だった。 


「え、……」


 そのメッセージ内容を見た私は思わず固まる。


「……私、紫亜を怒らせるような事した?」


 鏡に映る私は自分でもびっくりするくらい動揺している。


 昨日の紫亜は元気そうだった。だから、私のデート当日に理由を付けていけないと言うのは私と会いたくないからかもしれない。


 それともデート場所が悪かった?? 前に行かなかった水族館に行こうって対して興味無いくせに言ったから??


 ど、……どうしよう。紫亜に当日ドタキャンされるとは思わなかった。


 と、とと、とりあえず、玲奈に相談してみよう。


「玲奈!」


 隣の家に居る幼馴染の部屋を訪ねる。家に入る時はご両親にはちゃんと挨拶はした。


「……なんですか。頭にジメジメキノコを生やして」

「初っ端から随分な挨拶ね」


 相変わらず玲奈は私に毒舌だ。母さんと同じくらい毒舌。


 見た目は本当に可憐な美少女。悪口や毒の一つも出てきそうにない程の天使。長年の付き合いからか、玲奈はわりと私に冷たい。まぁ、前はそこが好きだったんだけれども。


「で、用はなんですか? 優真ちゃんが来るとちよ丸大暴れ、リリーは怯えるんです」


 その証拠にリリーは私の横からすり抜けて何処かに行き、ちよ丸は私に猫パンチ(強)を二連発食らわせて玲奈の元へ。


「……その、紫亜に今日はデートに行けない、って言われて……私、紫亜を怒らせたかもって」


 しゅんとしながら、ジメジメしていると玲奈はため息をついて私に尋ねる。


「優真ちゃん。とりあえず、紫亜ちゃんのメッセージを見せてください」


 玲奈の有無を言わさない様な語気の強さに押し負け、大人しく紫亜から来たメッセージを玲奈に見せる。


「……文字通りじゃないですか?」


 呆れ顔の玲奈。その玲奈とは正反対に私は首を振る。


「いや、だって紫亜は昨日元気そうだったし、いきなりドタキャンってやっぱり私に怒ってるとしか……」


 そう言った所で玲奈の気持ちを代弁するかの様にちよ丸の猫パンチ(強)が飛んでくる。


「優真ちゃん。落ち着いてください。……元気そうに見えても次の日に風邪で倒れる人は居ます。皆が皆、優真ちゃんの様に身体が丈夫な訳ないんです」

「そ、そうなの?」

「だいたい私が突然風邪引いた時も優真ちゃん、私の家に来るまで中々信じてくれませんでしたよね」

「うっ……ごめん」

「それに紫亜ちゃんは優しい子ですから、優真ちゃんじゃないんですからドタキャンなんてしないでしょうし、優真ちゃんが怒らせても直ぐに拒絶する様な子ですか?」


 玲奈にそう言われ、私は考える。


 確かに紫亜は私が突然部屋に居ても怒らないし、無理矢理紫亜の家に着いて行っても追い出さない。自分がどんなに嫌な気分でも悲しい気分でも私に優しくしてくれた。


「違う」

「ですよね。だから、看病してあげてください。その方が紫亜ちゃんも喜びますよ」


 そう言って聖母の様に微笑む優しい幼馴染。


 看病……。確か、紫亜は一人暮らしだから今、一人で寝ているかもしれない。一人だと色々出来ないだろうし、大変だろう。


「そう……よね。病気って体力要るんでしょ。焼肉弁当とか買ってあげた方がいいかな」


 そうした所でちよ丸から猫パンチ(強)ダブルが飛んでくる。


 その後で玲奈が鬼気迫る真剣な表情で私の肩を掴んだ。


「……優真ちゃん。私も着いて行きます。優真ちゃんに任せようとした私が愚かでした」

「秒で手のひら返すの辞めてくれる」

「優真ちゃん一人では不安ですから。それにいくら、よく食べる紫亜ちゃんでも体調悪い時に焼肉弁当は流石に食べられないと思いますよ。まずはお腹に優しいお粥や素うどんです」


 そう言いながら、撫でていたちよ丸を降ろしてあげて、玲奈は立ち上がる。


「さ、善は急げ、です。早くスーパーに行ってきましょうか」







 スーパーに着くなり、玲奈はレトルトのお粥や冷却シート、ミネラルウォーターにスポーツドリンクをカートの中のカゴにテキパキと入れていた。


「優真ちゃん」

「……なに」

「なんでカゴに鍋焼きうどんをぶち込もうとしてるんですか」

「いや、これだってレンジ使えばそのまま食べれるヤツだから」


 うどん、うどんと探している内に見つけた鍋焼きうどんをカゴに入れると玲奈に腕を掴まれて、秒で止められる。


「……まぁ、鍋焼きうどんは風邪の時に食べる人もいるので入れてもいいですが、初めはお粥とかがいいと思います」


 数秒何か言いたげに玲奈は掴んでいた腕を離してくれた。


「それは紫亜ちゃんが食べれそうだと言ったら、出してあげてくださいね」


 風邪の時に食べる人も一応、居るから色々言葉は飲み込んでくれた様だった。


「……優真ちゃん。それは?」

「……焼肉弁当」

「優真ちゃんのご飯、ですよね」


 つい、やっぱり紫亜なら食べられるかも、と思って入れたのだが、玲奈の目が笑っていない。これは返答間違えたら、怒られるやつだ。


「……私のご飯……です」

「それなら良いです」 


 スっと玲奈は一度目を閉じて深呼吸をしていた。それから、カートと共にまた歩き出す。


「プリンやゼリーもいいなら、アイスは? 身体が熱いなら美味しいんじゃない?」


 何となく玲奈がお粥も食べれない場合に、とプリンやゼリーをカゴに入れていたがそれを見てふと思った言葉を言ってしまった。


 ……ちょっとアイス食べたいな、なんて思っただけとは言わないけど。


「まぁ、そっちの方が冷たくて美味しいという人も居ますからね。一応入れておきましょうか」


 そう言って玲奈はカップアイスを一つ入れていた。私はすかさず、もう一つ入れる。


「……優真ちゃん」

「何よ」

「……はぁ、自分が食べたかっただけ、なんて本音を紫亜ちゃんに言ったらダメですからね」


 見透かされているように玲奈は先に私にそう釘を刺す。


「分かってるわよ。言わないわよ」


 それから、二人で紫亜の家に行き、冷蔵庫に色々入れる。それが終わると私はカップアイスを一つ取り出した。


「……優真ちゃん、アイスを食べる前にする事がありますよね」

「何?」


 そう言ったと同時に玲奈が無言で私の足を踏む。


「……いった」

「……はぁ、紫亜ちゃんの様子を見てきてください。汗をかいてたから、タオルで顔を拭いてあげるとか、冷却シートを付けてきたりとかお世話です。何、さっき買ってきたアイスを先に食べようとしてるんですか。私が恋人なら、呆れて優真ちゃんとしばらく口をききません」


 心配してる癖につい、まだ少し暑かったからと寝込んでる紫亜よりも先にアイスを優先させてしまった私が悪い。……玲奈に言われて気付くなんて本当に恋人ととしてダメだ。


「……ごめん。これは私が悪い」 


 玲奈に言われて、カップアイスを冷蔵庫に戻して、静かに寝室の戸を開けて入る。


 ベッドの近くに行くと、ベッドの横に置いてある棚に風邪薬とミネラルウォーターが置いてある。


「……っ……んっ」


 紫亜の顔をタオルで汗を拭ってあげる。呼吸も浅くて、苦しそうだ。


「紫亜、疑ってごめん……本当に調子悪かったんだ」


 おでこに手を当ててみると熱い。玲奈に渡された冷却シートをおでこに付けてあげる。


「……ずるやすみじゃない」


 一瞬、私の言葉に返事をしたのかと思ったが、うわ言のようにもう一度そう呟く紫亜。


「……分かってる。ごめん」


 頭を撫でて、少し身体に触ってみる。汗をかいていて身体に熱がこもっていて熱い。


 うなされている様で、良くない夢を見てるのか。


「着替えさせたいけど、せっかく寝てるのに起こすのは可哀想……か」


 見ている夢は悪夢の方、っぽいから起こした方が……と思うが、薬を飲んでいるのなら、寝ている方が良いだろうと思う。


 身体の方もタオルである程度、汗を拭いてから私はほっぺにキスをする。


「私に移れば、紫亜の苦しみを背負えるのにね」


 私ならこんな風邪、全然平気だと思う。かかった事ないけど。だからこそ、移して欲しい。そう思って次は唇にキスをした。


「早く私に移して元気になってよ。紫亜」


 頭を撫でて、紫亜の呼吸が少し落ち着いたのを確認してから、寝室の戸を静かに閉め、玲奈の所に戻る。


「紫亜ちゃんはどうでしたか?」

「……苦しそうだった」

「そうですか。それなら、真心を込めて看病しないとですね」

「うん」


 しゅんとしている私に玲奈はふっと微笑む。


「紫亜ちゃん、洗い物も昨日出来てなかったっぽいんですよね。……なので洗い物くらい洗ってあげましょう」

「……そうね。そして、お粥くらい作ってあげよう」

「いえ、私が作ります」


 玲奈は私の顔を見て、正気か? とでも言いたげな表情。


「は、料理くらいレシピ通りに作れるって」

「……優真ちゃんは家事能力がヤバいという事を認識してください」

「わ、……分かった。玲奈に任せる」


 あまりにも表情を変えずに玲奈が言うのでつい、頷いてしまった。


 ……レシピ通りに作れるんだけど、私。


 それにしてもしっかり者の紫亜が片付けを後回しにしていたのは見た事なかった。紫亜はいつも洗い物等は食べてから直ぐにやっていた。でも、それが出来てなかったというのは多分、昨日から調子が悪かったという事だろう。 


「優真ちゃんは家事能力最低値なので、洗い物で頑張りましょう」

「最低値は余計よ!」


 うなされるくらい嫌な夢だったんだから、紫亜が起きたら、せめて私に出来るだけの看病をしてあげよう。それに……さっき食べようとしたカップアイスも紫亜にあげよう。自分の至らなさに戒めを込めて。

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