文化祭準備

「えーっと、展示、するの?」


 文化祭委員の言葉におずおずと手をあげて聞き返す。


「そうです! このクラスはもう展示くらいしかないです」


 文化祭。それがあるという事は出し物も決めなきゃならない。


 本当は一年三組はメイド喫茶を希望したが上級生や他のクラスとも被った挙句、抽選を行いそこでも希望を取れなかった。


 展示か〜。まぁ、展示なら交代で二人ずつ展示説明係が居れば良いから、それでいいかも、とぼんやり思う。


 メイド喫茶なら裏方に回って作る方がしたかったけど。


「えぇ〜!! エル様の執事服見たかった〜」

「俺だって北見のメイド服見たかったよ〜」


 などとクラスは大ブーイング。そんなクラスメイト達にもう一人の文化祭委員であるエルちゃんがブーイングを止めた。


「皆、それなら劇に挑戦してみないかい? クラス演劇はどこのクラスもやらないから、今、ねじ込めば勝ち取れるよ」

「劇……??」


 皆、突然そう言うエルちゃんに呆気をとられていた。


「まぁ、展示よりも劇なら午前の部と午後の部でやれば他のクラスを見て回れるよな」

「クラス演劇なら、一時間くらいの劇してやってない時は確か見て回れるかも〜」

「エル様ときたみんがヒーローとヒロインやってくれれば客も来るしね〜」

「むしろ私が客側からみたいわ!!」


 劇だなんてどうせ皆、ブーイングすると気楽に構えていたら、全然皆、乗り気だった。


「えぇ〜!! なんで皆、乗り気なの!?」


 つい勢い良くツッコミしてしまった。


 私が劇なんて無理無理無理〜!!!! 皆、勝手に主役をやらせようとしているけど、演劇なんてした事ないよー?!?


「だって、東は女、男に人気だしモテる。後、純粋に男の俺から見ても東は男装が似合う。きっとイケメン貴族になる」

「そうそう。それにきたみんだって、黙ってたら綺麗だし、笑顔は可愛いし、男女共に人気じゃん〜!!」


 黙ってたらって……褒められてるのか分からない。


「私、裏方が良いんだけど〜。衣装作るのとかやってみたいし」

「ダメダメダメ〜!!!! 紫亜ちゃん以外はエル様の相手役は出来ないわ!!」

「え、なんでぇ〜」

「二人共、ミステリアスなビジュだからとても良い……後、純粋に紫亜ちゃん以外はエル様と距離近くなると倒れるわ!! 顔が良過ぎて!!」

「あ、……うん……何も言えないね〜」


 それを言われると困る。確かにエルちゃんが微笑みかけただけで倒れるファンクラブ会員の人達、気が狂いそうになっている女子の先輩、同じ空気を吸っただけで気絶する同級生。


 そんな人達を見ていたから、何も、本当に何も言えなくなる。私。


「じゃあ、劇で賛成の人は居るかい?」


 和やかにそう言うエルちゃんにクラスメイト達は皆、顔を合わせる。


「「はーい!!」」


 私以外は皆、元気よく手をあげた。私以外は。


「紫亜、往生際が悪いよ」


 エルちゃんは頑なに手をあげない私ににこやかに言う。それは私にとっての死刑宣告と一緒だ。


「うわぁ〜ん!! い〜や〜だ〜!! ヒロインなんて、絶対長セリフじゃん〜!! 棒読みになったら浮くじゃん〜!!!」


 机に伏して、決死の駄々をこねる。だけど、やっぱりエルちゃんには通じない訳で……。


「紫亜、素人なのは皆、同じさ」

「エルちゃんは絶対になんでも出来るじゃん〜」

「ふむ。それなら……」

「それなら……?」


 考え込むようなポーズをした後にエルちゃんがにっこりと春風の様に微笑んだ。


「紫亜が私の相手役をやってくれるのならば、私が紫亜に売店のパンの好きな物を好きなだけ奢ってあげよう」

「……本当に?」


 あのフルーツサンド、クリームが濃厚なシュークリーム、後、最近新作が出たのかいちごサンドとか出てきたし、やっぱり卸してるパン屋が地元で有名という事もあって、本当に美味しいパン屋だ。前にエルちゃんに代わりに買ってきてもらった時以来食べられてない。 


 地元で有名なパン屋なので休みの日とか朝行っても人が多くて好きなパンは売店の時の倍、売れるのが早くて余計に買えないし。


 優真に頼めば、フィジカルモンスターだから簡単に取ってきてくれるだろうけど、一階下のクラスだけれど、クラス違いの優真にわざわざ言って頼むのも悪いな、と思って頼めずにいた。


「ああ。本当だよ」

「フルーツサンド、シュークリーム、最近気になってる新作のいちごサンド……食べたいな〜と思うけど、あの売店戦争で揉みくちゃにされてまたレーズンパンとツナサンドしか買えない。……ってなるから行けなかったけど、エルちゃんが行ってくれるなら、全然買えそう……うーん」


 食欲と嫌な演劇を脳内で天秤にかけてみる。そして食欲側に居た私は演劇側に居た私を蹴飛ばして、食欲の私側の私があっさり勝ってしまった。うーん。食欲に忠実。 


「……食欲の秋とも言いますしね。良いでしょう。エルちゃん。絶対だよ!! 誓約書書いてよ!! 指切りもしよう!!」

「紫亜が食欲に忠実で良かったよ」


 流石のエルちゃんも苦笑いで誓約書も書いて、指切りもしてくれた。


 よぉ〜し! クラス演劇頑張るぞ〜!! 








 ……頑張るとは、言ったものの。私は今、大変演技の難しさにぶち当たってる。


 セリフは本番までに何とかなれば良いと言われたけど、朝渡された台本を午前中にある程度死ぬ気で頭に入れた。セリフを覚えるだけの方がまさか先に何とかなるなんて思わなかった。


 脚本はオリジナルで行こうとクラスメイト皆、ノリノリで決まった。ちなみに脚本は文芸部の子がノリノリで書いて、演劇は昨日決まったのに今日には出来上がっていた。


 ……その文芸部の子は寝不足が限界突破したのか、午後からは保健室で大爆睡している。 


 脚本はこうだ。お忍びで城下に遊びに来ていた王子がこれまたお忍びで遊びに来ていた隣国の王女と出会う。


 たまたま城下で会う事を繰り返す内に二人は仲良くなり、お互いを好きになるが、二人は王子と王女。親が決めた王族の婚約者が居る。


 そして二人共、王子と王女な事がお互いに分かり、お互いの立場的にもう城下にこっそり遊びに来れなくなる事を悟って、お互い好きだったと告白して、もう会わないことを決める。 


 それから成長した二人は婚約者とついに会って、結婚する事になる。結婚式の前に顔合わせをして、その時にお互い驚くのだ。あの時のお忍び王子と王女だと。運命の再開を最高の場でした二人はそのまま運命の再開に抱き合う。


 そして、幸せな結婚式をして幸せなキスをして終わる。 


 とってもベタな話だが、私は好きだ。


 ベタなハッピーエンドがいいとクラスメイト達にもウケていた。


「とっても良い話なのに、私が下手くそでごめんね。エルちゃん……」

「気にする事はないさ。私も初めてなんだし、下手くそだよ」


 エルちゃんが下手くそ。……うーん。さっきから女子を演技で悩殺してる人が言うセリフかな。


「うーん。……あら、また会ったわね!」


 なーんか、棒読み。王女に感情移入しづらい〜とかじゃないんだけど。単純に私の演技が下手過ぎる。


「ああ。君も今日も暇ならあの広場に行ってみないか?」


 上手。エルちゃんは役者になれるよ。その証拠に無言で倒れているファンクラブ会員の人達居るし。


「練習しよう。私には地道な練習が足りない」


 放課後、役者組と大道具組、衣装組と別れてやっている。私はヒロインなのでほとんどエルちゃんとワンツーマンでセリフの読み合わせやシーンの練習してる。


「ごめん。エルちゃん、セリフの読み合わせにひたすら付き合って、このままじゃ、下手過ぎて浮いちゃう」


 自分がここまで演技が下手だとは思わなかった。これは家でも暇さえあれば練習しないと本当に皆に申し訳ない。


「ふむ。……やろうか」


 途中からクラスメイトの演劇部に入ってる、やるのはモブ役だけど役者側してるって子が役者組に居ると聞いて、その子にアドバイスを貰って、少しコツを掴めた。


 それから、今日はずっとその子にアドバイスを貰いながらエルちゃんとみっちり練習。


「二人共ありがとう〜。少しはマシになった〜」

「いえいえ、私は演劇部で先輩達に教えて貰った事言ってるだけだし、後はきたみんの努力だよ」

「私はいつでも紫亜に付き合うよ」

「本当にありがとう〜。助かります〜」


 二人にお礼し、文化祭準備期間はいつもより少し遅い時間に帰る事になる。


 ……という事は。


「あ、スーパー行かないと!!」

「きたみん、主婦みたい〜」

「JKでもあり、主婦でもあるそれが北見紫亜!! じゃあ、明日も練習よろしくね〜」


 今日付き合ってくれた二人にお礼をして今度はスーパーへ急ぐ。


 割引きシールは待ってくれないよ〜!!!


 お惣菜の割引き、めっちゃ助かるんだよ〜!! 最近、米とか野菜とかフルーツ高いし。


「あ、紫亜」


 なんて走ってると渡り廊下で優真とすれ違った。その優真に通りすがりに首根っこを掴まれる。


「ひぇ〜!!」


 力が強過ぎて前に進めない〜!!


「ちょっと待ちなさいよ。そんなに急いでどこ行くのよ」

「割引き〜!! 割引きシールがぁ〜!!」

「ああ……スーパーに行くのね。付き合おうか?」

「お願い〜!!」


 そう言って、優真も着いてくることになった。


 着いてきてくれるから、荷物持ちが増えて嬉しいな。なんて思う事もなく今の状況に困惑する。


「なんで私、おんぶされてんの?」

「スーパーに急いでるなら、私が走った方が速いじゃない」

「えぇ〜」


 私は優真におんぶされたまま、スーパーに向かっている。走る優真は人を一人背負ってるとは思えない速さ。


「うわーすごーい」

「何その、初めて新幹線に乗った子供みたいな反応」

「……あ、大丈夫? 私、重くない?」

「それは大丈夫。普段あんなに食べてるとは思えないくらい軽いから不思議に思ってる」

「えぇ〜。なんか微妙な反応だぁ……」


 そんな会話をしてたら、スーパーに着いたみたいで優真に降ろしてもらう。


 そしてそのままスーパーに入り、私は残っている割引きシールが貼られた惣菜を吟味。


「うーん。やっぱりいいやつはもうない〜」

「どれも一緒じゃない?」

「見た目とかお魚とかお肉ならドリップしてないやつとか選ぶんだよ〜」

「そういうもんなの?」

「そういうものなの〜」


 優真にそう返しながら、私はマシな惣菜や今晩のおかずを選び入れる。いつもなら良さげなのから選べたが、文化祭の準備期間中はしばらくこんな感じだろう。


「それくらいでいいの?」

「いいんだよぉ〜。すっごい安いのが今日しか買えない、とかだと買うけどそうじゃない日はその日の物を買うくらいでいいんだよぉ〜」


 カートをカラカラと押してそのままセルフレジへ。


 セルフレジの方が自分で持ってきたエコバッグに入れられるから早い。


 時間は有限だからね〜。


 レジが終わると優真がそのまま荷物を持って来てくれる。


「あ、そーいえば今日は泊まるの〜?」

「泊まる……けど、その……」


 優真にしては歯切れが悪い言い方。珍しい。


「うん?」

「抱きたい……な、って思ったけど今日は辞めておいた方が良さそうね」

「えっ……」


 急にそんな事を言われたので顔がぼっと赤くなる。優真が泊まる時はだいたいセックスをする日なので、特に聞かなかった……んだけど。


「その、紫亜のクラス。クラス演劇するんでしょ? ちょっと覗いた時に練習してる紫亜を見たから……」

「えーっと、家でも練習しなきゃ、とは思ってるけど、その……したかったらしてもいいよ。私、……優真に求められるの嬉しいし」


 すっかり林檎よりも赤くなっている両頬を両手で抑え、優真に本音を伝える。


「……紫亜が良いのなら、良い?」

「うん。……いいよ」


 優真にその改められて伝えられると緊張すると言うか……なんというか……。


 なんてドキドキしながらも夕飯の準備をするのだった。

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