午前六時。いつもの起床時間。今日は優真とデートの日だ。


 よーし! はしゃぐぞ〜!! なんてテンションにはならずに私はベッドから起き上がれずにいた。


「頭痛い〜。なんか身体だるい〜」


 昨日までは元気に学校に行ってたのに、休みの日になってこの仕打ちは酷い。しかも優真とのデートの日に。


 昨日は優真とのデートだからと早く寝て備えようと思って居たのに、ただ早く寝ただけになってしまった。


 思えば昨日の私は何故かいつもすぐやっていた食器を洗うのすら面倒くさくなって、放置していた。


 もしや、昨日の夜から身体がなんかだるいなと思っていたのは風邪引いたから? なんて思いつつも思い込んだら、一気にだるさが来そうだと、考えを慌てて消す。


「熱……ないよね?」


 なんてもぞもぞしながら、やっとの思いでベッドから這い出て、箪笥たんすの引き出しに入れてる体温計を取り出す。


 脇に差し込んで、ピピッと音が鳴るのを待って、体温計を見てみる。


「三十八度五分……きゅ〜。ねつだぁ〜」


 自分に熱があると自覚したと同時に身体のだるさが一気に来て、大の字でベッドに倒れて、また身体をベッドに逆戻りさせる。


「優真にメッセージ送らなきゃ……」


 優真に「熱が出たので今日のデートには行けません。ごめんなさい」とメッセージを送り、私はまたベッドから這い出て、常備している救急箱から、風邪薬を取り出す。それと冷蔵庫から優真が飲むかもと買っておいたミネラルウォーターも出してそれを飲んでまたベッドに倒れた。


「これで寝てれば何とかなるかも〜」


 フラフラになりながらもベッドで暖かくして寝るのが一番だ、と瞳を閉じた。








 嫌な夢を見た。


 親戚中、たらい回しにされていた時に私は風邪薬が効かない発熱をした事があった。その頃の夢。


 熱が出た時にその日に風邪薬を飲んで学校を休んで、目を閉じて寝ようとしていた。親戚の子は「ズル休みだ〜」と私に言ってきたが、瞳を閉じて寝たフリをしていると、私の反応がつまらなかったのかそのまま学校へ行った。


 親戚の人からは具合がもっと悪くなったら、仕事を抜けて病院に連れて行くから連絡してねと言われたが、他人の私が共働きしている親戚の邪魔を出来るわけない。他人なのに甘えていい訳ない、と熱が辛くても連絡しなかった。


 幸い寝ていれば頭痛は少し引いた気がしたので、熱で身体がだるくても誰も頼れないから、早く治さなきゃ……とひたすら寝ていた。


 親戚が食べられるなら、と置いて行ってくれていたゼリーを食べて薬を飲んで寝る。それの繰り返し。


 そして親戚よりも早く帰って来た親戚の子が「ご飯食べてるから、やっぱりズル休みだ〜」と私に文句を言われ、「ちがうよ」と訴えたが聞いて貰えなかった。


 次の日も頭痛も発熱も治らなくて病院に連れて行って貰ったが、風邪ではなく原因が分からなかった。


 お医者さんから「ストレス性の発熱かもしれません」と言われ、「親戚はこの子は最近うちで引き取った子だから、環境が変わったからかもしれません」と言って、頭痛薬はくれたが風邪では無いので様子見となった。


 数日したら、熱も頭痛も引いたので安心した。薬が効かない発熱が治らなかったらどうしようと思っていたから治って良かったと安堵した。


 しばらくその家で暮らして、その家の子が熱を出した時に親戚が仕事を休んでいた。


 その子は親戚に優しく看病されて、病院に直ぐに連れて行って貰えて、おかゆを作って貰えていた。


 その様子を見ていた私は心底「いいなぁ……」、とその子を羨んだ。


 私も本当のお父さんとお母さんが居ればそうしてくれたのに、とぼんやり思った。


 だけど、もう居ない。私を愛してくれる人が居ないから、私は寂しくても辛くても悲しくても、誰にも助けて貰えない。ずっと一人。私は寂しがり屋の野良猫と一緒だ。


 それからそこの家の子は気に入らない私によく癇癪を起こし、私もそれがストレスだったのかよく原因不明の体調不良を起こしたりして、結局私はこの家と相性が悪いみたいだとその家から追い出された。


 その時に私は「ああ……。私は居候の余所者だから、この子のご機嫌を取れなかったから追い出されたんだろうな」と思ったのは覚えている。


「本当に嫌な夢……」


 目が覚めると汗びっしょりで気持ち悪い。


「着替えよ……」


 そう思ってベッドから起き上がるのも苦労した。フラフラする。


 こういう時に一人なのは心細い。自分はわりと寂しがり屋なのだと、自覚する。 


 箪笥から着替えを取り出す。そうして着替えていると、何だかリビングが騒がしい。それにリビングの光もこちらに少し漏れている。


 騒がしい事に頭が働いてない私でも分かる。誰か来ているのだと。


 不思議に思いながら、寝室の戸を開けるとそこには優真とれーなちゃんが居た。


「……あり?」


 寝室の戸を持ったまま、私は固まる。何故、二人が居るのかと。


 二人も私が開けた戸を見て、一時停止。そして優真が私に駆け寄る。


「ちょっと、紫亜! 大丈夫なの!? すっごい心配したんだけど」


 優真に肩を揺らされるが、頭が痛いせいかぐわんぐわんする。世界が回る。


「ちょっと、優真ちゃん! 紫亜ちゃんは病人なんですから、そんな事をしたらいけませんよ!」 


 シンプルに優真を止めに入るれーなちゃん。本当に助かった。なんかまた倒れるかと思った。


「あ、ごめん」


 手をパッと離され、私は視界がぐるぐる回って倒れそうになる。そんな私を慌てて抱き留める優真。


「……はぁ、騒がしくてすみません。そして勝手にお邪魔しています。紫亜ちゃん。優真ちゃんが病気になった事がないから、看病が出来ないかもしれないと思い、私も着いてきました」

「病気になった事ない人間っているんだぁ……」


 働かない頭でも優真が私と本当に同じ人間かと疑問に思ってしまった。


「居るんですよ。ここに。身体にウイルスバスターでも居るんでしょうね。……現に優真ちゃんが紫亜ちゃんに熱が出たなら、体力要るし、焼肉弁当でも買った方が良い? と、理解に苦しむ事を言うので、買い物にも一緒に着いて行ったので安心して良いですよ」


 流石の私でも熱が出た時に焼肉弁当は食べられない。吐きそう。というか、具合が悪い私に焼肉弁当を食べさせようとしてた優真を止めてくれてありがとう。れーなちゃん。


 私は心の底かられーなちゃんに感謝しとく。 


「あ、冷却シートがもうペラペラですね。優真ちゃん、替えてあげてください。私は紫亜ちゃんのお昼にお粥を作りますから」

「ごめんね。れーなちゃん。ありがとう」


 色々、優真にアドバイスをして疲れてそうな顔をしているれーなちゃんにお礼とお詫びの言葉を伝えておく。


「いいえ。良いんですよ。お友達だから遠慮なく頼ってください。優真ちゃんもたよ……いえ、具合が悪い時に優真ちゃんを頼る際は一度、私にもメッセージでも良いので送って貰えませんか? 優真ちゃん一人は不安なので」


 普段ほんわかおっとりしているれーなちゃんが結構なマジトーンでそう言うので「う、うん」と答えておいた。


 多分、優真にアドバイスするのが本当に疲れたんだろうなぁ。


「不安は一言余計でしょ。玲奈」


 そう言いながら、不満気に私の冷却シートを替えてくれる優真。


 そういえば、冷却シートなんて私、買い置きもしてなかったし、付けてなかったから優真とれーなちゃんがわざわざ買って来て付けてくれたのかな。 


 ありがたいな。……そして気持ちが暖かい。


「まだ紫亜は横になってなさいよ。お粥出来たら持ってくから」


 優真に強引にベッドに戻されて、また再び瞳を閉じる。頭がひんやりして気持ち良い。


 何だか久しぶりだな。こうして貰えるの。実家の家族もこうしてくれたし、昔、お父さんとお母さんも私を心配してこうしてくれたな……と思い出せる。


「出来ましたよ。冷蔵庫に卵があったので、勝手にたまご粥にしてしまいました。勝手に使ってすみません」

「ううん。いいよ〜。わざわざ作ってくれてありがと〜。れーなちゃん」


 れーなちゃんはトレイに乗せたたまご粥を持ってきてくれた。たまご粥の隣に小皿の梅干しもある。 


「梅干しも食べれそうなら食べてください。後、お薬とお水はそこにあるみたいなのでそれでいいですね」

「うん。ありがと〜。れーなちゃん」

「流しに置いていた食器やさっき使った鍋は私達で洗っておきましたし、夜ご飯はレンジで出来るレトルトのお粥も買って置きましたので、優真ちゃんに頼んでください。生活能力が低い優真ちゃんでも、レンジくらいは使えます。……病人の紫亜ちゃんにこれ以上うるさくしても申し訳ないので、私は帰りますね」

「何から何までありがとう〜。……って優真は残るの? 風邪移したら申し訳ないんだけど、これはれーなちゃんにも言える事だけど」

「いえ、私達の事は気にしないでください。……それに優真ちゃんは大丈夫ですよ。クラスのほとんどが流行病に掛かっていた時も掛からなかったですし、優真ちゃんはいつもどんな流行病が流行った時も一人ピンピンしてましたから。紫亜ちゃんの風邪が移る事ないと思います。むしろ移ってくれた方が病人の気持ちが分かっていいと思いますけどね」


 本当に優真って昔から身体が異常に丈夫なんだ……病気に掛からないという点では羨ましい。


「なんか、玲奈。そういう時だけ本当に母さんみたいな説教するわね」


 また不満気な優真にれーなちゃんはにっこりと微笑む。


「よく優真ちゃんのお母様から、優真ちゃんの愚痴を聞きますから……苦労されてますね、と聞いているだけですよ」

「それ、玲奈、母さんに共感してない?」

「ふふっ。どうでしょうね。……では、失礼します。お大事に。紫亜ちゃん。……優真ちゃんが看病しようとして、変な事をしようとしたら、全然メッセージや電話して貰っても構いませんからね」

「それ、私がやらかす事前提じゃない……」

「うん。そうするね」

「……紫亜まで」


 手を振ってれーなちゃんを見送ると優真は少し不貞腐れてる。


「看病くらい出来るわよ……ただ看病に必要な物が分からなかっただけだし」

「残ってくれてありがとうね。それだけでも心強いよ〜」


 それは本音。一人だとやっぱり病気になると心細い。だから、優真が居てくれて嬉しい。


「本当に?」

「本当だよ。一人だとどうしてもだるくて、何やるにもキツいし、どうせ、今日治らなかったら流石に家族に連絡しちゃお〜って思ってたんだよ」


 流石に体調悪い状態ではご飯を買いに行けそうにもないし、作るのも無理だろうなと思っていた。


 一人暮らしは自分で何でもしなきゃいけないから、こういう時に大変だ。


「そう。……それなら、いいけど。たまご粥、食べれそう?」

「うん。少し冷めたから食べれそう。猫舌だから、熱いままはむり〜」


 そう言うと優真はたまご粥をすくってフーフーして私にスプーンを向ける。


「ほら、あーん」


 言われた通りに口を開いて食べさせて貰う。うん。れーなちゃんが作ってくれたから美味しい。


「……私、家庭科だけは壊滅的に悪かったのよね。でも、料理は普通くらいだと思ってたんだけど、玲奈や母さんに前に料理くらい作れるって言ったら、見た目はレシピの写真通りなのに味がヤバいって言われたし、今回は玲奈が私が作るからって圧が強かったから任せた」


 何処か不服げな優真。私は料理を作る優真をそういえば見た事なかったかも。


 小学生の頃に転校して来た時以外優真と同じクラスになれなかったってのもあって、優真と仲良くても優真の家庭科の調理実習の事なんて事細やかには覚えてなかった。


 それに前はレシピ通りにしか作れないって言ってたけど、見た目だけはレシピ通りってどうしたらそうなるんだろう。いつか作る所を見てみたい。


 何でも出来てそうな優真が唯一苦手な科目が家庭科なのも、優真も完璧じゃないんだなってのが分かって、知った時はなんか嬉しかったな。


「少しずつ教えるから一緒にやろ〜」

「匙投げないでよ。母さんも玲奈ももう投げた」

「投げないよ」


 一緒に優真と出来るのが嬉しいから、投げない。


「そ。それなら安心した。自分で食べれそう?」

「うん。大丈夫」

「食べれなかったら、残していいから」

「分かった。ありがと〜」


 少しフーフーして食べる。食べないと薬が飲めないし、中々治らない。


 私としてもまた美味しい物を食べたいので、早く治したいな、とは思う。


 それに今日は優真とのデートだったのに、熱出して出来なかったから悔しい。


 たまご粥を食べ終わると、それを見ていた優真が回収してくれる。


「ごめんね。ありがとう」

「別に良いわよ。私が元気なんだから、体調悪い時くらいは私に全部やらせときなさい」


 当たり前でしょ、と言いたげな優真に私はそうか、と思った。


 ……私は一人暮らしになって初めて風邪引いて、一人で嫌なあの頃の夢も見て、不安だったんだ。


 また、昔みたいに心細くて、頼れる人も居なくて一人でやらなきゃ……って思ってた。 


 だから、直ぐに家族に連絡して助けて貰えば良かったのにそれが出来なかったんだろうな、と思う。


「紫亜、私、残ったお粥食べてるから、寝ててなんか不便があったら呼んで、呼べなければスマホのメッセージ越しとかでも良いから。……食べ終わったら、そっちに行くからそれまで、だけど」

「……優真、ありがとうね」

「恋人でしょ。頼ってよ」


 私に近寄ってギュッと抱き締めてくれる。暖かくて心地よい。やっぱり、優真の事が好き。好きなんだ。好きだから、安心する。


「……うん。今日デート出来なくてごめんね」

「なんで謝るのよ。紫亜が悪い訳じゃないし、デートはいつでも出来るんだから、……むしろお家デートでしょ。これも」

「えぇ〜。私、看病して貰ってるのに〜」

「紫亜はそうじゃないかも、だろうけど。私はそうなの」

「れーなちゃんはああ言ったけど、移したら、悪いし〜」

「移った事ないから大丈夫よ。遠慮しないで」 


 その言葉だけは否定出来ないな、と思うからズルい。優真が異常に身体が丈夫なのは知ってるからかな。


「……じゃあ、我儘言うけど、明日の朝まで一緒に居て」

「明日と言わずに普通に日曜日も泊まるから良いわよ」

「初めからそのつもりだったんだ」

「だから、玲奈が不安そうな顔してたでしょ」


 あ〜。だから変な看病してたら言ってくれってれーなちゃんが言ってたのか。


「……安心して、寝てて。目が覚めても居るから」

「ありがとう。……優真」


 私はその言葉を聞いて、私から離れた優真を見ながらベッドに戻る。そして、頭を撫でてくれた。


 それが気持ち良くて私はまた瞳を閉じた。なんだか、夢じゃないからここに居ると言ってくれているみたいで凄く安心して寝られた。

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