幕間 ブーメランは返ってくる
「優真ちゃん」
待ち合わせに指定していたベンチで泣いている彼女の背をさする。
彼女と私は幼馴染だ。だから、不器用な彼女の決断を察する。
「優真ちゃんの不器用」
皮肉を込めて言ってはみるが私も優真ちゃんの事は言えない。
「……っ」
「それと今、言う事じゃないかもしれませんが、私、優真ちゃんの事が好きです」
「……へ、」
笑顔で言うと間抜けな返事が返ってくる。
「ふふっ。変な声ですね」
私の突然の告白に驚いて顔を上げる。その瞳はまだ涙が溢れていて、目が赤い。
「玲奈、今……」
「優真ちゃんの事が好きです、と言ったのです」
優真ちゃんの瞳を見て、再度告白すると、優真ちゃんは少し固まる。
そして困ったような表情。そしてまた涙が溢れてくる。
「……れ、いな……ごめん……私っ……もう玲奈の事……好きじゃない。待てなかった……」
優真ちゃんはぎゅっと拳を握り締めて、言葉を一生懸命繋げながら伝えてくれる。
「知ってましたよ」
優真ちゃんの涙をハンカチで拭いながら、答える。
知ってた。分かっていた。
私の投げたブーメランは返ってくると、そんな予感はしていた。
だから、だから思ったよりは胸の痛みは少ない。
元はと言えば、あの時に優真ちゃんを受け入れなかった私の投げたブーメランだ。
「紫亜ちゃんが好きなんですよね。……でも、その様子じゃあ、上手く言えなかったんじゃないですか?」
「……名探偵?」
「そんな訳ないでしょう。優真ちゃんは分かりやすいですから。……それに私も優真ちゃんがデートだと言うのに、紫亜ちゃんばかり見るので、ヤキモチ妬いて、少し紫亜ちゃんに意地悪しちゃいましたね」
「玲奈……ごめん」
紫亜ちゃんには宣言はしていたので、ついつい優真ちゃんと一緒に居る所を見せ付けてしまった。
自分でも嫉妬深いというか、そういう意地悪をしてしまう人間になってしまうとは予想内だった。
だから、そんな自分が怖くて優真ちゃんの告白を断ってしまった。ブーメランを投げてしまった。
随分早く返って来てしまったが。
「……ですが、どう言ったんですか? 多分、紫亜ちゃん振られたと誤解してますよね??」
そう言ってとりあえず、優真ちゃんが紫亜ちゃんに言った事を聞いてみる。
「私、……」
とりあえず、全部聞いた上で分かった。それは紫亜ちゃんも誤解する。
「優真ちゃん、馬鹿なんですか?」
「……玲奈、結構直球で言うわね」
「……はぁ、初めに泣きながら「ごめん」なんて言われたら、 そりゃあ紫亜ちゃんも誤解しますよ。それに優真ちゃんは長年私に片想いしてたから、まだ私の事が好きだと思ってて、意地を張ってデートに私を誘ったんですよね? それでも今日は紫亜ちゃんのデート相手のエルちゃんに嫉妬しまくって、やっぱり紫亜ちゃんが好きだと気付いたという事ですよね?」
まさか、優真ちゃんが泣いたのは紫亜ちゃんに告白して貰って嬉しくて泣いた嬉し涙なんて、紫亜ちゃんは夢にも思わないだろう。
「……はぁ」
「ため息、二回もついてるんだけど」
泣き腫らした顔をデート相手の私に晒してる癖に苦情は言う。
「優真ちゃんにシンプルに呆れてるんです。嬉しすぎて、言葉がまとまらない内に紫亜ちゃんに振られたと勘違いされて、そして、あげたピアスも返されて、合鍵も返せと言われてメンタルフルボッコにされてしまい、結局、何も言えずじまいと……」
「……そういう事になるわね」
「控えめに言って馬鹿ですね」
「全然、暴言が控えられてないけど」
「私、紫亜ちゃんに同情してきました。……今日、嫉妬して意地悪をしてごめんなさいと謝りたいくらいです」
優真ちゃんが豆腐メンタルなのは知っていたが、本当に絹豆腐で出来ていると思わなかった。せめて木綿豆腐くらいで居て欲しい。
まさか、優真ちゃんに失恋した私の方がこんな気持ちになるなんて思わなかった。私の幼馴染の愚かさに頭が痛い。
「優真ちゃん、頭は良いのに、どうして人の気持ちを考えられないんですか? 私が紫亜ちゃんなら、夏休みと言わずに一年くらいよそよそしくなりますよ」
「なんで、そういう時だけ、母さんみたいな説教が飛び出すのよ」
優真ちゃんのお母さまは確かに結構優真ちゃんに説教している所をよく見る。
私の家に泊まる時に急に手ぶらで行くので、そんなに入り浸って悪いと思わないかだの、多分、紫亜ちゃんの家に入り浸ってる事がバレて、同じ事を言われていたんだろう。予想が出来る。
優真ちゃんのお母さまは本当に優真ちゃんがこうなので大変だと思う。心中お察しします。
「……はぁ、それに一度振ってしまったら、その人が心変わりするとか考えなかったんですか?」
これは自分への戒めを込めて優真ちゃんに問うている。
自分も同じ過ちを犯してしまった。待てると言ってくれた優真ちゃんは待てなかった。
「私がそうだったから、……ダメでも仕方ないって諦める、……わよ」
自分が私に振られて、紫亜ちゃんに失恋を癒して貰って、好きになってしまった。そんな単純明快な話。
自分がそうなってしまったんだから、紫亜ちゃんに例えばエルちゃんを好きになりましたと言われたら、認めるしかないだろう。
エルちゃんと紫亜ちゃんはただでさえ、距離感が近く、二人とも綺麗でビジュアルがお似合いなせいで、皆から付き合っていると思われているくらいだ。
そのお陰か紫亜ちゃんは「いつも優しいからもしかしたら、自分の事が好きかもと勘違いしてしまうが、あの東と付き合ってる子だから告白も出来ない」と言われているし、エルちゃんのファンクラブの人達も相手が紫亜ちゃんだから、勝手に身を引いている。
エルちゃんは言わずもがな、ハーフでまるでおとぎ話の王子様の様な綺麗な顔と高身長で人気だし、紫亜ちゃんは大人しくしていればミステリアスで綺麗な子で、まるで血統書が付いてる高貴な猫ちゃん、でも喋れば人懐っこくて人気だ。
「分かればいいんです。なので、善は急げという言葉が有りますよね」
「有る……わね」
「なので、明日は紫亜ちゃんに即謝り、好きですと告白した方がいいです」
「そう……よね。このピアスも返さなきゃ」
「その意気です。……ったく、なんで私が失恋したのに優真ちゃんを応援してるんですか」
少し優真ちゃんに愚痴ってみる。
元はと言えば自分がどうなるかなんて後回しにして告白を受ければこうはならなかったのに、とは少し未練はある。
でも、そうしなかったから、こうなった。潔く身は引こうとは思うがそれはそれ、今日のデートで私を見てくれなかった優真ちゃんに意地悪はする。
「……っ! 本当にごめん! 今度埋め合わせするから」
「……ここのカフェのパンケーキ、すっごく朝、早く行かないと食べられないんです」
スマホで目を付けてたカフェを優真ちゃんに見せる。
「え、」
私の言葉に呆気にとられた優真ちゃん。
「ですので、一緒に行って並んでくれますか? ここ、クラスメイトが美味しいって言ってて気になってるんです」
「そんな事なら、いつでも良いわよ。奢るし」
「ふふっ、そうですか。それなら、夏休みの予定が空いてる日に行きましょうね」
「……分かったわよ」
そう約束して、私は優真ちゃんにあの煌びやかに明るく光っているナイトパレードを見ようと優真ちゃんが泣き腫らした顔をしているのを知っていて意地悪を言うのだった。
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