墓参り

 午前八時半。


「今日はお墓参りだ〜!!」


 掃除しやすい様にカジュアルな服装と掃除用具を入れたバケツ、両親へのお供え物も持って元気に霊園へ向かう。


「ふっふっふ〜ん♪」


 霊園に着いて、両親のお墓の前につくと手を合わせてから、枯れたお花を取って、周りの雑草とかゴミとかを拾ってゴミ袋に入れる。


「きれい〜♪きれい〜♪ピッカピカ〜♪」


 水をかけて、墓石の汚れを雑巾で落とす。そして、綺麗なタオルで乾拭きして、小物類も同じくそうして洗う。ちなみに周りに人が居ない事を確認して小声でご機嫌に歌ってた。


「よっし、終わった〜。きれ〜だ〜」


 月に一度、この作業が終わると達成感。


「……これ、昨日買った美味しいお菓子だよ。後、新しいお花〜」


 エルちゃんとこれは美味しそうだと楽しく選ん だ。だから、これはきっと美味しいお菓子。


 手を合わせて、両親に長い片想いが終わっちゃった事を報告する。


「ずっと好き、だった人なんだ。私が苦痛だった学校で、他人に心を開いてみようかなと思ったのも優真のお陰……なんだ」


 優真が好き「だった」とこれからは過去形になる。


「……明日、私、誕生日なんだ。お父さんとお母さんの思い出の旅館に明日泊まりに行くんだ〜。たのしみ〜。報告、おしまいっ!」


 そうして、手を合わせ終え、動物に散らかされると悪いので、お供え物のお菓子も回収して立ち上がる。


「また来月来るね」








「お昼何しようかな〜」


 掃除用具を入れたバケツは家に置いてきて、お昼はどうするか悩む。


 すると公園が目に入り、小さい頃はこういう公園に連れて行って貰えたなと懐かしくなる。


「そうだ! パン屋さんでパン買って、ここでご飯食べよう」


 うん。そうしよう。きっとここなら、空気も美味しいし、いつも以上にパンが美味しくなるはずだ。


 そう思い付いたので、好きなパンを買って来て、公園のベンチで食べる。


「サンドイッチ……美味しいな」


 レタスにハムにトマトが入っているシンプルなサンドイッチだけど、このシンプルさがいい。さっぱりと食べられる。


 マイペースにパンを食べながら、ぼんやり公園を見ていると、知らない親子が子供の自転車の練習をしている。何処か微笑ましい。


 何回も転びそうになる度に親が転ばないように補助してあげていて、自分も自転車を漕げるようになるまで大変だったと思い出す。


 ……本当は私のお母さんが生きている時に自転車が欲しかった。


 でも、そんな我儘はお父さんが亡くなって、代わりに一生懸命働いてるお母さんに言えなかった。


 皆がいつの間にか自転車に乗れるようになってて羨ましいから私も乗りたいと言えなかった。


 私は良い子だから、そんなのが無くてもお母さんさえ居てくれれば楽しいんだって自分の願望は胸の奥にしまってた。


 そして、お母さんも亡くなって、親戚の家を転々としてる時に自転車が乗れるようになりたい。自転車に乗って皆と遊びたい、とか些細なやりたい事がどうでも良くなってきて興味も薄れていた。


 今の家族に出会えて、優真達が自転車で何処か遊びに行っているのが羨ましくて、乗れない私は恐る恐る自転車が欲しい。乗れるようになりたいと六年生の冬休みに言ってみたら、「どういう自転車がいい? 買いに行こう」と好きな自転車を買ってくれた。


 練習も家族で沢山してくれて楽しかった。中学生になる前に乗れるようになった。


「あの子も乗れるようになるといいね……」


そうして思い出に浸っている内に最後のパンも食べ終わる。


「美味しい……けど、一人だと寂しいな」 


 そう思う自分に苦笑して、明日旅行行くから、その準備を早めにしとくかと自宅に帰る事にした。


「……あ、そういえば旅行行くなら冷蔵庫の中の食材、使い切らないと」


 荷物を詰めている時にふと、そんな事を思い出す。


「えーと、中身は……と、」


 卵、キャベツ、豚肉……。


「うん。小麦粉あるから夜はお好み焼きにしよう」


 色々精神的にダメージ負ってる癖にそういう事を考えるのは我ながら早い。


「……食べ物に関しては本当に貪欲なんだから」


 本当の両親が居なくなってから、余計に食に対して執着していた気がする。


 親戚の家に居る時はお小遣いが欲しい、なんて言える立場じゃなくて、その家の子に意地悪で「お前にはお菓子あげない」って言われて陰で取られたりもした。


 ご飯の時に美味しいおかずが出て来た時に食べようとしたら、取られてこっちあげるとか言ってその子の嫌いな食べ物と交換されたり、自由に食べられなかった。


「……あの頃は本当に良い思い出ないな」 


 冷蔵庫を閉めて、私はため息をつく。ダメだ。あの頃は本当に取り残されるくらいなら、両親と同じ所に行きたいと本気で思っていた。


 両親と楽しそうにしている子供を見る度に羨ましかった。


「……むぅ。辛い時期も思い出に出来てると思ってたのに、これじゃあただのトラウマだよ〜」


 今の家族が本当に優しい人達で良かった。このお菓子食べたいって思わず言ったら買ってくれたし。


「うんうん。今日の朝一に昨日買ったお菓子あげたら、喜んでたし、やっぱり美味しいお菓子は正義……」


 あの頃の思い出を掻き消すように朝の出来事を思い出して、忘れる。


「もう夕方か〜。そろそろ夕飯作って早く寝よ〜。明日、早いし」


 なんて思ってたら、呼び鈴を鳴らされる。


「ん? 誰だろ。家族かな?」


 朝、お土産あげに行ったし、もしかしたらその時に何か忘れ物したかもしれない。


 えっ……。なんで。


 誰だろうと覗いてみると、まさかの優真でどうして、という気持ちもあるが、早く開けないとずっと呼び鈴を鳴らしてきそうだ。


「はいはい〜」


 そう言って扉を開けると、そのまま抱き着かれて押し倒される。


「いった〜」


 ……うーん。夏休み終わるまでは会いたくなかったんだけど。


 優真って嫌な事あると、私が一人暮らしなのをいい事にだいたい私の家に転がり込んで来るからなぁ〜。


「紫亜!」


 顔を上げて私を見下ろす優真の目は、泣いてはいないがまだ泣き腫らした目をしている。


「え、なになに、れーなちゃんに愛想つかれちゃったの!?」

「……違う」


 あ、少し不機嫌そう。じゃあ、なんだろ。


 頭を捻ってみるが分からない。だいたい私は優真に振られたし、れーなちゃんはきっとあの後に告白して両想いになったと思うから、なんなんだろ。……あ。


「れーなちゃんにいきなりがっついたの? 優真、性欲強いし」


 言ってはみるが、自分で言っててそういう性事情で私の家に来るのはどうなのかとドン引きしてしまう。


「もっと違うわよ」

「えぇ〜。あ、じゃあ合鍵か! 鍵返しに来てくれたの? それなら、別に夏休み後でも良かったのに」


 もう思い当たる事はそれしかない。


 それが理由なら、私的に夏休み明けの方が私の心理的にも良いんだけど。


 ……振られちゃったし、今は少し気まずい。


「違う……違うのよ」


 ぎゅっと抱き締められる。


 だけど、もしれーなちゃんと付き合ってるなら、ダメだなと優真の身体を軽く押す。


「……っ」

「ダメだよ。優真、れーなちゃんにあの後告白されたんでしょ? 他の人と付き合ってるならこういう事、しちゃダメだよ」


 自分で言ってて、胸が締め付けられる程、痛い。

 まだ、引きずってるなぁ……。


「付き合ってない」

「え、」

「紫亜が好きだから、断った」

「……へ?」


 あまりにも驚きの答えだったので、本当に一瞬、時が止まったかと思った。


 とりあえず、リビングに行ってコーヒーを出しながら、優真に話を聞いてみる。


「えと、私の事が好き、……って本当?」


 つい最近まで屋上から飛び降りるくらいれーなちゃんが好きだったのに、私の事が……好き?? ちょっと私が混乱してる。


 恐る恐る聞いてみると優真はその私の態度が不満なのか、ご立腹だ。なんで言った方が偉そうなんだとは思う。


「本当よ」

「え、……いつから?」


 本当にいつからなんだ。私が好きという割りにはデートにれーなちゃんを選んでたし、本当に……いや、マジでいつなの!?


「昨日再確認した。ずっとエルに嫉妬してたし、玲奈にも紫亜ばっかり見てたでしょって言われた」

「再確認した……って、え、」

「私、玲奈がずっと好きだったから、振られて、紫亜に叱られて、玲奈の事が好きだからちゃんと逃げずに玲奈が私の事を好きだと言える日まで待とうって思ってたの」


 優真は机に置いたコーヒーを見つめる。


「それで玲奈の事を待ってみつつも、紫亜に叱られた日に紫亜が昔、見せてた顔してて、……そんな顔させないつもりだったのにさせた自分が嫌になった」

「昔、見せてた顔??」


 自分でも分からない。でも、転校して来た当初の私は色んな事で傷付いてて、酷い顔をしていた事は確かだと思う。


「あの時の紫亜、……何かを諦めているような、絶望してた顔、してた」

「……っ」


 それは……、それは多分、優真が勝手に居なくなろうとしてたから、……大切な人がまた……。


 だから、多分無意識に両親が二人共居なくなった時と同じ顔をしてしまったのだろう。 もう誰も頼れる人が居ない。信じられないそんな時の頃の顔を。


「紫亜は私の事、ずっと気にかけてくれたのに。……それから紫亜の事が気になってた。思えばその時からかも」


 その時かも……って。


「え、もしかして私が優真への気晴らしにって遊びに誘った日も……」 

「うん。だから、紫亜にそういう風に抱いてくれって言ったんだと思う。自分では私はそんなにチョロくない。玲奈の事は待てるから、紫亜に惹かれてるなんてもしかしたら違うかもとは少し思ってた。……でも、エルと紫亜が一緒に居る所を見るとエルに妬いてしまうし、私、紫亜が玲奈の家に居た時に嫉妬したの」

「え……」


 それはどっちに? その言葉が出るより先に優真は私を見て力無く微笑む。


「玲奈に、嫉妬してた。おかしいわよね。あれだけ好きだった相手なのに紫亜と一緒に居た玲奈に嫉妬してただなんて」


 あの日の虚しさは覚えているが、まさかあの優真の行動が私に惹かれていたからだなんて思いもしなかった。


「だいたい、紫亜に告白して貰った時、すっごく嬉しくて……自分でもびっくりするくらい泣いてしまったと同時に、私、自分の事ばっかりで紫亜の気持ちを考えてなかったな、って」 


 優真はコーヒーを一口飲んで置く。少し息を吐く。


「その後、私も好きって答えようと思ってたんだけど、紫亜に勘違いされて白猫のピアスは返されるし、合鍵も返してって言われたら今度は悲しくて泣いてしまって、何にも言えなかった。……私、紫亜をそれだけ傷付けてしまってたんだ、って」

「……嬉し涙だったの!?」


 優真の話を聞いて正直、かなり驚いてしまった。……というか嬉しくて泣いてたなんて予想出来る訳ないと思う。これは優真の日頃の行いが悪いから、私は悪くない。


「むぅ……、それでも言ってくれれば……あー、ごめん。今の言葉、忘れて」


 優真が豆腐メンタルなのは知っている。だって、れーなちゃんに振られた時もメンヘラになってたし。


「……紫亜も私の事、メンタル弱いって言いたいの?」

「れーなちゃんに言われたの?」

「二回もため息つきながら言ってた」

「あー」


 れーなちゃんがめちゃくちゃ呆れてるレベルだったんだ。優真のメンタルの弱さ。


「それで、……返事は?」


 優真にまっすぐ瞳を逸らさずに言われて、私は言葉に詰まる。


 私は……ずっと、ずっと……。


「そ、んなの……そんなの私も好きって言うにに決まってるでしょ〜!!」


 隣に座っている優真に抱き着いてそのまま勢いで押し倒す。


「好き。好き。大好き。……嘘じゃないよね?」

「……嘘の訳ないでしょ。私も紫亜が大好きなのに」


 なんだか、目頭が熱くなってくる。こんな感覚はお母さんが亡くなって、皆、置いて行ってしまったと絶望した日、あの日以来だった。


 だけど今はあの頃と違う。


「紫亜」


 優真はそのまま抱き締めて頭を撫でてくれる。


「……紫亜が泣いている所を見るの、初めてかも」


 私の頬に流れる暖かな熱を持った涙を優真は指で拭う。


「枯れたと思ってたのに、どんな辛い時も嬉しい時も出なかったのに、……なんでだろう。止まらないや」

「……それは、そのくらい嬉しいって事で良い?」


 優真は微笑んで私に軽くキスをする。唇が触れて、離れるだけのただのキス。いつもだったら、悲しい気持ちや虚しさが混じるのだけれど。今日は一つの感情しか出ない。


「うん。嬉しい。大好き」


 泣けないと思っていた白猫は自分の涙を思い出した。


 機能が失われていると思っていた涙は優真のお陰でその機能が動き出した。


 それは止まっている時計が動き出したのと同じで、私はあの頃、涙を枯らしてしまった自分にまた優真のお陰で人前で泣けるようになれたよ、と伝えられるだろう。


 それくらい、自分の片想いが実った事が嬉しくて、この日は一生忘れないと心の中のアルバムに保存した。


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