成り行き

「ねえ、紫亜」

「なぁに、エルちゃん」


 休み時間、ボケっとしながら次の授業の準備をしていると、いつもの高貴なオーラを発しながらエルちゃんはにこやかに話し掛けてきた。


「今日は何だかいつもより集中力散漫な感じがしてね。何か悩み事かい?」


 何故分かるのだろう、とは言わないけれど、エルちゃんは本当に心配そうな瞳で私を見ている。


 流石の私も昨日の今日じゃいつもの明るい北見紫亜の仮面のメッキが少しでも剥げているという事なのか、でも昨日の事は私の身から出た錆だし、エルちゃんにセフレ関係の事や優真の事を相談出来る訳が無い。


「ん〜。な〜んか今日眠たくてさ〜。昨日夜更かししちゃったから、それかも〜」


  いつもの調子でエルちゃんに大丈夫だよ、の気持ちを込めてにぱーと今の精一杯の笑顔で返した。


「……そうかい? それなら今日は家に帰ったら早く寝るんだよ。夜更かしはしないようにね」

「はーい。そうする〜」


 私の頭を優しく撫でてくれるエルちゃんに私は心の中でごめんとエルちゃんに謝る。


  多分、エルちゃんは私の強がりなんて気付いてる。気付いてて、私の事をそのままにしてくれているのは有難かった。


 それだけ、自分でも昨日の事を引きずってるんだと実感してしまう。


 今日はあんまり優真と会いたくないな、とぼんやり考えてしまった。今までそんな事を思わなかった癖に。







「紫亜、今日は暇かい?」

「え、特に値引きシールが貼られる頃にスーパーへ行く事くらいしか用事ないから暇だよ」

「そうかい。ならば、私の家で遊ばないかい?」


  放課後、目の前に座っているお貴族様は清々しい程、綺麗なキラキラとした雰囲気を振り撒いてそう言う。


  他のクラスメイトは部活に行く子は行ってて、それ以外の子は帰らずに私達を何故か見守っている。……主に女子が。


 ヒソヒソと「エル様のお家に紫亜ちゃんが誘われてる」とか「きたみんがエル様のお家に行ったら、これは事件よ! 何か起きるかもしれない! 壁になりたい」とかよく分からない事を言ってる人も居る。


  ……壁に何故なりたいのかはちょっと分からないが、とりあえず私はエルちゃんに「いいよ〜! 楽しみ〜!」と快く了承しといた。そして何故か盛り上がる教室のクラスメイト達。


 私はそんなクラスメイト達の反応にエルちゃんのガチ恋勢が居なくて良かったと少しホッとするのだった。


 そのまま、エルちゃん宅へと一緒に歩いていく。エルちゃんの家に行くのは初めてだな、と唐突に思い出す。


 エルちゃん関連だと最近濃い出来事ばっかり起きていたから、こういう普通に遊ぶなんてなんかちょっと落ち着く。


 エルちゃんが落ち着いてるからなのかな、まぁ、エルちゃんを見ている歩行者は基本男女共にエルちゃんをすれ違う度にガン見してるんだけども。


 なんだろう。高貴な美しさとかオーラが滲み出てるんだろうなぁ。エルちゃんって。


「ここだよ。どうぞ」

「おお〜。ここがエルちゃんのおばあちゃんとおじいちゃんの家か〜」


  見た目は普通の一軒家で中に入ると和室で凄い古風な家、という印象を受けた。


「あら、エル。お友達を連れてきたのね。……あらあらあら。ふふっ。綺麗な子ね」

「おばあちゃん、この可愛い子が紫亜だよ。私のクラスメイトで親友さ」


  そう言って、さりげなく私の肩を抱くエルちゃん。私もエルちゃんに全乗っかりして、自己紹介をする。


「そうです! 親友の北見紫亜です! おばあちゃん、お邪魔します! 後、褒めてくれてありがとうございます! 私は見ての通り可愛いです!!」


 そう言ってぺこりと礼をするとおばあちゃんは微笑ましそうに私達を見て「紫亜ちゃん、ゆっくりしていってね」と言ってくれた。


 ナチュラルに「親友」だとエルちゃんに言って貰えて嬉しいな。私もエルちゃんとは結構仲が良〜って思ってたから片想いでは無いんだと安心する。


  こういうサラッと言ってくれるのは最近色々心に来てたから、救われる。


 エルちゃんに案内されて、和室の一室に通される。そこはエルちゃんらしく物を綺麗に使っているから、きちんとあるべき場所に整理されている。

  本棚には色々な日本の歴史の本や観光雑誌等が置かれていた。


 日本の事を学びたいから来たと言うだけあって、エルちゃんは勉強熱心だなぁ。


「紫亜」

「なになに〜。なにするの〜?」


  お茶とお菓子を持ってきてくれたエルちゃんに呼ばれ、色々あるなと興味深く本棚を覗くのを辞めた。


「紫亜って将棋を指せるって前に言ってただろ?」

「うん。指せるよ〜。というか色んなゲーム全般出来るからなんでも来いだよ〜」


 昔、頑張って色々出来るようにルール覚えたし、家族ともたまにやる。一番上のお兄ちゃんとはよく将棋指してたし、二番目のお姉ちゃんとはよくオセロやってたし、三番目のお兄ちゃんとはよくスマホで麻雀ゲームで対戦やってた。


「じゃあ、やろう!」


 エルちゃんは嬉しそうに折りたたみ式の将棋盤を持ってきて、二人で駒を並べる。


「そう言えば、エルちゃんって囲碁将棋部だったっけ?」


 囲碁将棋部に入ったってエルちゃんから聞いた気がする。


「そうだよ。色々なスポーツの部活にスカウトされたが、おじいちゃんが将棋や囲碁が好きだからね。私もおじいちゃんと対局してみたいから囲碁将棋部に入ったんだ。先輩達や経験者の同級生は皆、優しくて初心者の私に懇切丁寧に教えてくれて有難いよ」


 エルちゃんって人当たり良いし、丁寧だからこそ囲碁将棋部の人達も冷やかしじゃないって思って嬉しくて色々丁寧にしてくれるんだろうなぁ。


私もエルちゃんのそう言う所好きだし。


「ふふっ。エルちゃんが楽しいなら良かった」

「紫亜は……」

「うん?」

「私が運動部じゃないって聞いても驚かないから助かるよ」

「そう? 部活なんて好きな所入る場所だから、エルちゃんがやりたい所に入って楽しそうにしてくれた方が私も嬉しいな〜って思うけど」


 まぁ、エルちゃんはその高身長に運動神経も良いからどんなスポーツやっても凄かったけど、実際囲碁将棋部に入ったエルちゃん、ワクワクしてて嬉しそうだったから、私も部活がいつも楽しいんだなって嬉しくなった。


「そうか。ありがとう」

「どういたしまして〜。やろ〜」

「そうだね。指そうか」


  お互いにお願いしますと対局前に一礼して、先行はエルちゃんが指す。


  駒を動かしながら、私達はわりと最近あったどうでもいい事やクラスの話等、学校では話しきれなかった話をしていく。


  エルちゃんは本当は私に悩み事を話して欲しくてこうして誘ってくれたんだろうけど、悪いけど話せないなと心の中で苦笑いをする。


 エルちゃんが勝負に勝ったら話してくれ、なんて言わないのが本当に優しいエルちゃんらしいけれど。


「ふむ。紫亜は手強いね」

「そうかな〜? はい。王手」


 手強い、とは将棋の事なのか私が悩み事を話さないから、なのかなんて、分かりきってても答えない。


「……投了だ」

「「ありがとうございました」」


  お互いに礼をして、エルちゃんはじっと詰まされた盤上を眺めている。


「紫亜は普通に強いね。私は最近やっと経験者の同級生に勝てるようになったから自信あったんだけどな」


 エルちゃんは先輩達にはまだまだ勝てないが、と付け加えながら苦笑い。


「ふっふっ〜。お兄ちゃんに鍛えられたからね〜」


  一番上のお兄ちゃんにはまだまだボッコボコに負けるけどね。いつか勝ちたいとは思っているけど。


「エルちゃんは矢倉囲いなんだね」

「ああ。色々と教えて貰ったけど、個人的に定番でやり易いからコレだね。紫亜は美濃囲いかい?」


  エルちゃんは初心者だから、定番的な型がやり易いのかもしれない。それに攻め方も棒銀で基本的な物だったし。


「ううん。相手によって型や攻め方を変えてるよ。一番上のお兄ちゃんが試したい型や攻めを私に容赦なく試す人だから変に鍛えられちゃった。後、変に強いからボッコボコにされて負けるし」

「なるほど、そんなに強いお兄さんが相手だったのか。そりゃあ強い訳だ」


 こんな事をエルちゃんに言ったら失礼だから言わないけど、お兄ちゃんの事も本当だけど、勝負事で自分が勝つまで辞めない系の人達と将棋以外のゲームでも勝負する事があったから、上手く手を抜いて負ける事を覚えた。ある意味そういう事でも鍛えられた気がする。


  エルちゃんは親友だし、そんな事をしたら失礼なのは分かってるからやらないけどね。


まぁ、運動に関しては普通くらいだからエルちゃんの方が全然凄い。勉強も出来るし。


「紫亜」

「なになに〜」

「頭を使ったから、甘いものでも食べようか」

「そうしよ〜」


  そう言って、エルちゃんは立ち上がって、部屋を出て、それから何かを持ってきた。


「え、」

「ふふっ。ほら、白玉あんみつだよ」

「うわぁ! すっご〜い! 白玉あんみつパフェだ!」


  パフェ用の入れ物がないので多分ワイングラスだ。そのワイングラスの一番下にシリアルを入れて、その上にクリーム、色んなフルーツ、白玉、アイスクリームに餡子に蜜が掛かっている。綺麗に盛り付けられた白玉あんみつは完全に白玉あんみつパフェだった。


 見た目も綺麗なので、お店で出される物と遜色なく、自分ではこんな物作れないので本当に凄いと感動している。


「そんなに喜んでくれて嬉しいよ。おばあちゃんも喜ぶよ」

「エルちゃんのおばあちゃんが作ったの!? すっご〜い! 美味しそう!」

「「いただきます」」


 一口、食べると想像以上に美味しい。前々からエルちゃんのお弁当の中身や前に交換して食べさせて貰った角煮からして凄い料理上手だと思ってたけど、これはお店やって貰いたいレベルで凄い。


「ふむふむ。エルちゃんのおばあちゃんにレシピノートとか書いて販売して欲しいレベルだよ」

「頼めば作ってくれるんじゃないかな? 角煮のレシピを教えて欲しいって紫亜に言われたよっておばあちゃんに教えたら凄く喜んでたから」

「こんな有料レベルで美味しいレシピ、なんか無料で教えて貰うのは悪い気が……」

「ふふっ。大丈夫だよ。おばあちゃんはそんな事を気にしない人だよ」


  二人で笑い合いながら、美味しい白玉あんみつパフェを食べてちゃっかりエルちゃんのおばあちゃんにレシピを聞いてきた。聞いて必死にメモ取ってる私をエルちゃんは微笑ましそうに目を細めていたけれど。


「あ、もうそろそろセールの時間だ〜」

「紫亜」

「ん〜? 何〜」


  そろそろエルちゃんの家も夕食の時間だろうし、帰ろうかなと鞄を持って立ち上がったタイミングで声を掛けられる。


「今日は来てくれてありがとう。玄関まで送るよ」


  ……ありがとうだなんて、私の方だよ。エルちゃんは私の様子が変だから心配でわざわざこうして、悩み事が話しやすいように遊んでくれたんだ。


「ありがとう。でも、大丈夫だよ。……本当に。気分転換出来たし、エルちゃんに充電して貰ったお陰で元気百パーセントの紫亜ちゃんになれたから、お礼を言うのは私の方! じゃあね! また明日。お邪魔しました〜」


 エルちゃんの家から出て、スーパーへ向かう。でも、その足取りは軽くて、少し心も軽くなった気がして、心の中で再度エルちゃんに感謝した。

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