気晴らし 2

「次は卓球をしよう」


 と、優真はちょっとへばってる私ににっこり笑顔でそう言う。優真がにっこり笑顔な時はなんか多分裏がある。……何、とまでは読めないけど。


「いいよ〜」

「決まりね。じゃあ、負けた方は勝った方のお願いを一つ聞くってルールね」


  ほら、やっぱり。そう言う顔を私はしてしまったのだろう。優真は少し面白くなさげ。


「分かってたって顔ね」

「まぁね。こう見えて優真とは幼馴染だからね〜」

「何が幼馴染よ。私と遊びに行くレベルになったのは中学生になってからの癖に」


 ……危ない。優真に冗談でもそう言う否定を言われると私の北見紫亜の仮面に少しピシッと不吉な音を立ててヒビが入る。


「それでも小学校から仲良かったじゃん〜! じゃあ、自称幼馴染ね!」


  でも、今日は友達モードなので私はその仮面に使い古された接着剤を付けて、直ぐに明るく取り繕う。


「何よ。自称って」


 確かに優真の家に遊びに行ったり、皆で遊びに行ったりと優真と色々何処か遊びに行くようになったのは中学生からだ。


  まぁ、私が自転車で何処か行けるレベルになったのが中学生から、という注釈が付くけども。


小学校高学年になると皆、乗れててびっくりしたな〜。私は家族のお陰でやっと中学生になる前に乗れるようになっただけなんだけど。


  お陰でチャリで行ける距離でお出かけ、とかが増えてくるとどうしても一緒に遊べないから、それが悔しくて乗れるように頑張ったのもある。


 小学校高学年の頃はどうしても補助を無くすとコケまくってて、よく家族に補助してもらったりと大変だった。昔は本当に今ほどバランス感覚があんまりなかったからなぁ。


 などと楽しかった家族との昔の事をしみじみ思い出し、優真のさっきのセリフは忘れようと記憶の片隅に追いやる。


 その間に優真に手を引かれて、卓球コーナーへと連れていかれていて、優真と卓球コーナーに入る。


「早くしましょ。ちなみに長くなるから、一セットだけね」


 優真に急かされて、定位置に着いて、サーブをする。すると鋭いリターンスマッシュが私の髪を掠めるレベルのカウンターで決められて、秒で点を取られる。


「ん……?」

「ほら、まだ紫亜のサーブよ」


 優真が私にサーブを促すが、私は頭の中で即座に思う。これは負けゲームだ、と。


 サーブをし、優真にカウンターをストレートに返されて、早すぎるボールに私はもちろん取れない。


「これって負けゲームじゃん!」

「やるって言ったのは紫亜よ」

「うわぁ! 優真、本当に勝負事には本気だぁ!!」

「当たり前でしょ。勝負は本気じゃないと相手に失礼でしょ」


 次々と決まるスマッシュに私は返す事も出来ず、一点も取れずにストレート負け。


 まぁ、負けたけど今日思いっきり遊べて楽しかったし、良いか。今日は楽しかったし、友達としてだけどデート出来て嬉しかったし、楽しい日と胸を張って言える。


「……はぁ〜。で、お願いって何〜」


  卓球のラケットとボールを元の場所に戻しながら、優真に聞くと、優真は涼しい顔してこう言った。


「それは紫亜の家に言ってから言うから」









「私を彼女だと思って抱いて」

「は?」


  家に二人で帰って言われたセリフがこれ。これが多分、優真の言う「お願い」なのだと思う。


「いつものセフレじゃなくて、恋人同士だと思って抱けって事?」

「そ、乱暴にしても良いからそういう風に抱いて」


  何、それ。何それ何それ何それ。


 私の気持ちを知らない癖に、と優真に怒りが募る、が優真は私が本気で優真の事を好きだと知らないからこんな事が言えるだけだと自分を抑える。


いつもの私を取り繕えなくなったら終わりだと、ツギハギだらけの私の仮面にヒビがまた入るのを防ぐ為に少し息を吐く。


 どうせ、優真の事だ。南ちゃんと恋人同士だったらやりたかった事をとりあえず、今、やりたいだけなんだろう。


 振られた癖に未練タラタラな所は全然南ちゃんに隠せてないし、私が気付いてるくらいに分かりやすいから、多分南ちゃんも気付いてる。あの日に言ったいつでも待てるという言葉は本当なのだろう。


「そ。分かった。……電気消すね」


 そう察しながら消した電気と同時に急激に冷めていく自分。まるで氷の張った水の中に居るみたいに心が冷える。


  ベッドに優真を軽く押して沈ませる。ベッドはギシッという二人分の重みの音を立てた。


  ちゅっとキスをして優真を……片想いを拗らせたままの私でご要望通りの眼差しで見つめる。


 私はこんなに優真が好きなのに当人は知らない。


「優真、好き」


  本音。掠れるくらい小さな声で耳元で優真に囁く。


 軽くリップ音を鳴らして、軽くキスをする。それから段々とする貪るように舌を絡ませる深いキス。


 優真の事を追い求めて止まない私は優真の手をを強く握り締めながら、激しくキスの嵐を降り注がせる。


「愛してるよ」


  本音。こんな残酷な行為で言いたくなかった本音。でも、告白しても振られるから、本当は抱きながら言えるのは今日だけなんだろうとも頭で理解する。


  首や鎖骨辺りを愛撫して、服を脱がせる。下着姿の優真はやはり綺麗で目を奪われた。


  ……でも、運動したばっかりだと言うのに、帰るなりシャワーもお互い浴びないで抱けって、それは私がセフレの気安さなのか、私相手だから匂いも気にしてないというが地味に心にダメージを受ける。


  優真はきっと、好きな人相手なら身体を綺麗にしてから抱くだろうし、好きな人には自分の汚い所を見せたくないんだと思う。


 ……だから、こうやって汚い優真を見せられるのも、優真が私を本気で好きではないという証拠になる。


 ……優真、本当に残酷だ。


 私の気持ちを知らないからこんな残酷な事を私に願える。私のツギハギだらけの北見紫亜の仮面がその事を物語っている。


 ただの友達だと、南ちゃんみたいに大切な幼馴染じゃないと、実感する度に私は心が壊れそうになりながら、瞬間接着剤で引っ付けてカバーする。


  自分がちゃんと笑えているか、表情は作れているか、いつもの能天気な私で居れているか、隠す為に確認の連続だ。


「優真、きもちい?」

「……うん」


  暗くて表情が分かりにくいが、多分余裕はあんまりないのだろう。その証拠に私が優真を優しく愛撫する度に感じている時の声を恥ずかしさからか、抑えようとはしてるみたいだけど、漏らしている。

 好きな人を抱いてるのに虚しい。心が冷めていくのを止められない。


「優真、大好き。愛してる」


  こんな言葉は全部私の独り相撲。私の好きは優真には届かない。届かず、堕ちて沈んでいくだけ。

  でも、素直に告白出来ずにセフレになろうと逃げたのは私だからこれは自業自得。


 こんな残酷な事を私に求めてきたと優真に怒るのはお門違い。


 自分の心を傷付けてるのは私。私があの時、逃げなければこうなってなかった。ただの友達で居られた。


 ただ、優真が心配だから気晴らしに友達として遊びに行って、そのまま友達としての楽しい一日として帰って終われた。


  友達として終われなくしたのも私、だ。


  優真に触れるだけのキスをした。


「好きだよ」

「……はやく、して」


  本音で囁くも、恋人同士みたいにしてくれって言ったのは優真なのに、私の愛の言葉はあんまり響いてなさそう。


 私がセフレだからやっぱり軽く感じるのかな。

 暗くて、あんまりお互いの表情が見えないのはかえって良かったかもしれない。


  優真の反応を見てて苦しくて、苦しくてついつい覗かせてしまう底なしの水底に溺れている様な私の顔を見られなくて。


 苦しくても優真に友達として終われなくしたのは自分だから、友達で気楽なセフレ、いつもの北見紫亜だから。


 いつか覚悟を決めて玉砕して、この仮面が粉々に割れてしまった時は、その時は幼馴染でもないそれなりに付き合いの長くて仲の良いただの友達として優真に関わろう。


  そうやって虚しい気持ちを抱えながら、優真を優しく抱いた。


「大丈夫? 痛くない?」

「大丈夫。紫亜も早く手を拭いたら?」


 こういう所は体力お化けの優真だな、と感じる。抱かれた癖に全然元気。気になる部分をティッシュで拭いながら、涼しい顔してるし。


「今日はどうするの?」


 私も手をティッシュで拭きながら聞くと優真は服を身に付けながら、少し考えるポーズをする。


「このまま帰る」

「そっか、じゃあ、また今日みたいに遊ぼうね〜」


  わざといつもの明るい声で返事をした。そうしないといつも通りは無理だから。


「……そうね」


  その後に優真は宣言通り帰宅して、シャワーだけ浴びた後に私はまたベッドに倒れ込む。


  私の愛は届かない。


  私は友達としても恋人としても優真の一番にはきっとなれない。


「優真の一番は全部南ちゃん、だ」


 それだけは肝に銘じる。その事実だけは揺らがない。


ツギハギだらけの仮面を脱いで、私はボロボロになった心を補うようにそのまま瞳を瞑った。

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