成り行き 2

 あれから二週間ほど経って、テスト期間も入って来た事もあり、ふと思い出すあの日の自己嫌悪は頭の片隅へと追いやる。


  せっかく少しずついつもの調子を取り戻して来たから、このまま他の事にでも何か没頭出来れば良いなと、エルちゃんに「何か没頭するとしたら何がいいかな?」と相談したら小説とかいいんじゃないか、と図書委員でもあるエルちゃんにオススメされた。


  無趣味って程じゃないし、趣味と言えば羊毛フェルトで動物とか好きなキャラクターを作るくらいだ。でも、それも地味に貰った生活費から出た余ったお小遣いで買うから、材料もそんなに買えない。

それに確かに小説なら学校で借りればタダだし、しばらく楽しめるし、没頭も出来ると一石二鳥なのでその日の放課後に早速、図書室へと向かった。


 図書室に来るなり、何を借りようかと少し悩む。

とりあえず、図書委員のオススメコーナーの棚を見て、色々あるなとじっと眺める。


  この歴史の本は多分、エルちゃんかなと分かりやすすぎる本で少し笑ってしまう。


  おっと、図書室ではお静かに、だ。危ない。声が出そうだった。


 とりあえず、気になる小説を手に取って裏のあらすじを読む。ポンコツ探偵と有能な助手が殺人事件の謎を解いていくドタバタコメディ物のミステリ小説だった。


 ふむふむ。あんまり小説とか読まないから、こういうコメディ系のミステリ小説の方が頭に入るかも、と借りる事に決めた。


 でも、まだスーパーのセールの時間もまだだし、暇なのでここで読んでからにしようかなと読む事にした。


 読んでて、普通にポンコツ探偵と有能な助手のバディが面白く、普通に没頭して読んでいたみたいで下校を促すチャイムが鳴ってしまった。


「あれ、南ちゃんだ」

「あ、北見さん」


  今日の図書委員は南ちゃんだったみたいだ。


 その南ちゃんに本と貸し出し用紙を出して、本を借りる。


「あれ、もう一人の人は?」

「丁度、トイレに行ってるんですよ」

「ああ、なるほど〜。ここからトイレの場所って地味に遠いよね」

「ふふっ。そうですね」


  花が舞うように笑う南ちゃん。柔らかそうな茶髪の髪色が光に照らされて南ちゃんは何処か綺麗で童話に出てきそうな可愛い天使さんみたいだ。


「もうすぐ、図書委員って終わる?」

「そうですね。戸締りしておしまいですよ」

「じゃあ、途中まで一緒に帰ろ〜」

「良いですね。ちょっと待つ事になりますが」

「そこで待ってるよ〜」


 図書室前の廊下で待ってると、もう一人の人も慌てて帰って来て、ちょっとしてから南ちゃんがこちらに来た。


「帰りましょうか」

「帰ろ帰ろ〜」


  南ちゃんとこうやって二人で帰るのは初めてかもしれない。


  中学生時代南ちゃんと帰るなら、いつも優真が絶対居た。今、思えば優真は南ちゃんが好きだから、私達を二人きりにするのも嫌だったのかもしれない。


「そういえば、」

「なに〜?」

「さっき、北見さんが借りた本。私がオススメした本なんですよ」

「そうなの!? さっきちょっと読んでたけど、普通に面白いよ。これ、南ちゃん。ありがと〜」


 嬉しくなって南ちゃんの手を取ってブンブン握手をする。


  そんな私に南ちゃんはお淑やかに微笑む。


 こういう所を見るとやっぱり南ちゃんは可愛いなと思うから、優真が好きなのも分かるな。


「ふふっ。そんなに喜んでくれてオススメした甲斐があります」

「丁度暇つぶしになったしね。帰ってからも読むよ〜」

「読み終わったら感想教えてくださいね」

「いいよ〜。あ、連絡先交換しよ〜」

「良いですよ」


  確かいつも南ちゃんに連絡先聞こうと思っていたが、優真が私に「私から連絡するから」と言われて聞けなかった。今、思えば優真に牽制されてたんだな。私。


  南ちゃんってなんかちょっとポヤポヤしてるから、心配になるんだろうな。


 南ちゃんの連絡先のQRコードを読み取ってそのまま友達に追加する。


「出来たよ〜。これが私〜」

「私も追加しますね」

「お、南ちゃんの家って犬飼ってるの?」


  南ちゃんのアイコンは可愛らしい赤茶色の毛並みのチワワだ。


「はい。リリーって言うんですけど、図書委員がない日はそのまま帰ってリリーとお散歩するんですよ。優真ちゃんと一緒に行く日もありますね」


  一緒に……、か。


  私の所に来ない日は南ちゃんと一緒に帰ってリリーちゃんのお散歩に二人で行ってたって事か。


  そんな自分の知らない事実を知るだけで、胸にチクリと痛みが走る。


 帰り道が私の気持ちの様に少し仄暗くなって、夜が迫ってくる。


  なんで、こんなしょうもない事で南ちゃんに嫉妬してるんだろ。私。


 南ちゃんは私に聞かれた事を優しく答えてくれただけじゃないか。聞いたのは自分だから、自業自得だ。


  自分が聞いたのが悪いから嫉妬を辞めよう。切り替え、切り替え。


「私の実家にもマックスってゴールデンレトリバーが居てね、散歩すると引きずられるから、どっちがお散歩されてるのか分からなくなるよ……」


  マックス、私の事をとても好きでよくペロペロ舐めてくるし、私が実家に居ると、お散歩担当の三番目のお兄ちゃん差し置いて私と行きたがるもんな……。


  ちょっと遠目で思い出してると南ちゃんがくすくすと可愛らしく笑う。


「マックスくんは北見さんの事が好きなんですね」

「そーなんだよ。好いてくれるのは良いけど、マックスって年々大っきくなるから、お散歩大変なんだよ〜。……あ、」

「どうしたんですか?」

「せっかく仲良くなったし、北見さんじゃなくてきたみんか紫亜って呼んでよ〜。私もこれかられーなちゃんって呼ぶし」


  こんだけお喋りしてるし、だいたい中学生の時だって多少は話してたからあだ名でも名前でも良いから呼んで欲しい。


 なんとなく北見さんは距離感じる。


「えっと、……じゃあ、し、紫亜ちゃんって呼んでもいいですか?」

「いいよ〜。私も嬉しいし。あ、スーパーに寄らなきゃだった。またね。れーなちゃん」

「あ、待ってください!」


 この辺でれーなちゃんとお別れだなと思い出し、スーパーの方向へ歩き出そうとしたら、れーなちゃんは私を慌てて引き止めた。


「ん? どうしたの〜?」

「いえ、あの、今日は親が結婚記念日だからって一泊二日の温泉旅行に行ってしまして、私も今日はスーパーでお買い物しなきゃ……なんです」

「結婚記念日か〜。れーなちゃんのご両親、ラブラブだね〜」

「ええ、だから、今日は久しぶりにリリーと猫のちよ丸と三人でご飯なんです」

「へ〜。猫も飼ってるんだ〜。……あ、れーなちゃんって料理得意?」

「人並み、くらいでしょうか」


  考えるポーズをして、答えるれーなちゃん。そういう姿もほわほわしてて可愛らしい。


「ふーん。それなら、どうせ私も一人暮らしだし、れーなちゃんの所に泊まっていい? それで一緒にリリーちゃんのお散歩行ってから、料理作ろ」

「え、良いんですか?」

「いいよ〜。話聞いてたら、リリーちゃんに会ってみたいし、猫のちよ丸くんにも!」


  という事で、スーパー行って、れーなちゃんの家に行く。れーなちゃんの家に入る前に隣の家が西園という表札があるのを確認して、優真の部屋をチラリと見て入った。


「お邪魔します〜」


 家に入るなり、リリーちゃんが出迎えてくれて、私の周りをぐるぐると走り回ったかと思いきや、匂いをずっと嗅いでくる。


 一応、手を出して更に匂いを嗅がせてみると、凄い私の手にスリスリして来た。そのノリで頭を軽く撫でてみるとリリーちゃんは気持ち良さげになっていた。


「え、人見知りのリリーがもう懐いたんですか?」


 買い物した物を全て冷蔵庫に入れ終えたれーなちゃんが信じられないモノを見るような目で驚いていた。


「え、リリーちゃんって人見知りなの!? ……ぐわぁっ!!」


 急に頭にどすんという重み、視界が白いふわふわに支配される。


 そのまま後ろに倒れた私はその白いふわふわを顔から剥がす。リリーちゃんにほっぺをペロペロされながら、その剥がした白いふわふわ……もとい、ちよ丸くんを見つめる。


 綺麗な青い瞳でちょっと目付きが鋭い。白い毛が長く、大切にされてるのだなと分かるくらい毛並みも良い。


「ちよ丸! ダメじゃないですか。初めて来た人にそんな事しちゃ!!」


 れーなちゃんに怒られるちよ丸くんはふてぶてしい顔で私の顔をじーっと見つめている。


「ふむ。君がちよ丸くんか」


 私も剥がしたノリで掲げてるちよ丸くんをじーっと見つめると、もう私に興味を失ったみたいで私の手から離れて何処かに行った。


「……すみません。ちよ丸が……後、リリーも」


 未だにペロペロしてくるリリーちゃん。謎にリリーちゃんに気に入られてる。


「全然良いよ〜。お散歩行こ〜」

「はい。行きましょうか」


 れーなちゃんは花が舞うように笑う。なるほど。癒し系とはこういう事か。


 なんというかれーなちゃん見てるとなんか癒される。


  いや、多分今の私が首輪がピカピカ七色に光ってるリリーちゃんにひたすら周りをぐるぐるされ、お散歩だと言うのに何故か猫のちよ丸くんが私の頭の上に図々しく乗っかっているからだろうか。首が痛い。


「何故、君は私の頭に乗っかっているのかね」


 頭から剥がして、抱き抱えながらそう言うとちよ丸くんは「にゃあ〜」と言うだけで悪気を感じない。


「驚きました」

「ん? 何が?」

「リリーも初めての人は警戒して懐かないし、ちよ丸も他人にそんな抱き抱えられてても大人しくしてないんです」

「え、そうなの!?」

「はい。優真ちゃんなんて何故か嫌われまくってて、触ろうとするとちよ丸には手をはたかれて、リリーは近寄りもしないんですよ」

「ああ〜。優真ってなんか昔から動物に嫌われてるよね〜」

「なんでなんでしょうね。リリーはお散歩に一緒に行くようになってからやっと優真ちゃんに慣れたって感じですかね。触られるのは嫌みたいですけど」


 リリーちゃんに嫌われる優真を想像してみると、なんか面白い。


 なんでだろう。優真はフィジカルゴリラな事をリリーちゃんに見抜かれてるから、嫌がられているのか。


「笑っちゃダメですよ」


 なんて言うれーなちゃんもふふっと笑っている。


「あれ、ちよ丸くんは脱走とかしない? 大丈夫? このままでも」


  そういえば、人の頭に乗っかって落ち着いてから、今、抱き抱えてるけど急に暴れられた場合、リリーちゃんみたいにリードがないから逃げるかもしれない。


「ああ。……紫亜ちゃんの事をちよ丸が凄く気に入ってるみたいだから、大丈夫じゃないでしょうか。嫌だったらとっくに暴れて逃げてます」

「ああ。うん。猫ってそういうもんだよねぇ〜。私の髪が白いから同類だと思ってるのかな。誰が猫だよ〜」


 ちよ丸くんの顎をタプタプしてるとちよ丸くんも気持ちいいのか大人しくタプタプされている。


「まぁ、でも猫用のハーネスも一応持ってきてるので、付けましょうか」


  と、ハーネスをして貰ったちよ丸くん。マジで逃げない。


  なんか私に抱えられてるのが当たり前くらいのレベルでふてぶてしい顔をしてる。


  それから歩きながら、私達の共通の友達である優真の話で盛り上がる。


  れーなちゃんしか知らない優真を知って嫉妬してしまうかと思ったけど、ちよ丸くんを抱えて癒されてるせいかわりと、そんなに嫉妬をしなかった。


「ねぇ、れーなちゃんは優真の事、好き?」


 ずっとれーなちゃんに聞きたかった事でもある。

 何故、振ったんだ、という所も本当は聞きたい所だけれども、これは聞くのは流石に悪いと思っている。


「好きですよ。不器用な癖に優しい所が好きです」


そう言ったれーなちゃんは好きな人を想っている時の私と同じ顔をしていた。


「……そっか」


 それなら、れーなちゃんがもし、優真に告白したら、優真はまだ未練あるみたいだし、二人は付き合うだろう。その時に私は……私は二人の幸せを願えるのかな。


  無意識にぎゅっとちよ丸くんを抱き締める。少しキツかったのか肉球で私の腕に軽く猫パンチされた。


「わぁぁぁ。ちよ丸くん。ごめんごめん」

「ふふっ」

「もう真っ暗だし、帰ろ〜」

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