金曜日

 目が覚めた。不思議な夢を見た。というか、おそらく現実であった過去の輪郭を思い出した。マウスと始めた話したときのことだ。もう数年も前のことになるし、彼との思い出はそれ以降が濃すぎるから、ほとんど覚えていない。

 昨日の打ち上げでマウスは酔い潰れたせいか、彼はまだ寝ているようだ。酒は飲んでも飲まれるな、という言葉が事実だとするなら、マウスは酒豪じゃないが、酒は彼を眠らせるには十分マウス豪だった。


 朝ごはんを用意する。彼が遅くから起きてもいいように、温めて食べられるホットケーキを注文した。二日酔いにはきついかもしれないと瞬時に思い至ったが、AIの料理を作る速さの方が随分と速かった。悔しい。僕はパンケーキを食べながら、ネットニュースを見る。惰性の食事はそれなりに楽で楽しい。


 ネットニュースを一通り見終えると、今度は動画サイトの旅を始めた。1分かそこらの縦型動画が頭に微弱な刺激を与えては消えていく。旅も佳境に差し掛かったところだった。ある動画が僕の目に留まった。マウスたちの、昨日のライブの動画である。マネージャーが撮影して、投稿したものだろう。昨日見た通り、それは最高のものだった。

 ただ、今注目すべきはそれではなかった。その動画の高評価数だ。再生数は百万を超え、高評価数は一万近くある。大ヒットだ。あのマウスが、売れている。コメント欄を開くと、多数の賞賛で埋め尽くされていて、コメント欄がほぼ窒息死していた。

 急いでマウスを呼びにいく。なんだ、あの七夕は意味がなかったのか。少しだけ残念に思ったが、それを掻き消すほどの興奮が僕を取り巻いている。


「おいおい、売れてんじゃねえか」

「そう、驚くべきことに、売れているんだよ」

「驚くなよ」

「マウスも驚いてるでしょ」

「売れた驚きと寝起きがちょうど打ち消しあってるから超冷静だ」

「2.0×4.0は?」

「8.0」

 有効数字を気にするくらいには冷静みたいだ。マウスは他のメンバーにも電話を掛けた。彼は至っていつも通りのように冗談を交えて語っていたが、その声はほんの少しだけ残った眠気と明らかな震えを含んでいた。よく見ると、その目の淵は涙に濡れている。じっと彼を見つめて浸っていると、彼はこちらの方を向いた。

「お前も泣いてんじゃねえか」

 目の淵をのぞいている時、目の淵もこちらをのぞいてきた。いや、マウスか。

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